6日目①「散歩」
眩しくて、目を開けた。
うーと唸りつつ薄眼で見ると、カーテンの隙間から光が差し込んでいるようだった。
三度ほど寝返りを打ち、上体を起こす。
自分がだだっ広い部屋の、だだっ広いベッドのど真ん中にいることにびくりとなる――そうだ、今私は、豪奢なお城の一室に泊めてもらっているのだ。
時計を見ると、六時半。
昨日も昨日でわりと歩き通しだったので、疲れて夕飯後にさっさと寝てしまったのだ。おかげでこの時間の起床でも(学校に行く日より三、四十分早い)睡眠時間は十分。結構すっきりとした目覚めだった。
朝食は確か七時半と言っていたはず。まだ一時間くらいある。
とりあえず洗面所に行って顔を洗う。
カーテンを開け、窓を開けると、庭園が広がっていた。昨夜ラスティさんが言っていた通り、だいぶ広そうだ。
部屋の隅にある勝手口を開けて、改めて見渡してみた。
レンガ道がまっすぐ通っていて、その両脇に垣根が植えられている。所々に花壇や実のなった木々も見える。朝日を反射して、眩しいくらいに瑞々しい風景だった。
――少し歩いてみようかな。
とりあえず外着に着替え、勝手に持っていかれると困るもの(財布やら携帯やら)をポケットに入れて、外に出てみた。
少しばかり涼しい朝の空気。木々の匂いと、どこからともなく漂ってくる花の香りが、何とも心地いい。
肩くらいの高さの垣根によって、道が形作られている。小さい子用の迷路みたいな感じ。探検してるような気分になって、しばらく歩いてみた。
広葉樹の緑や花々の赤や黄や青を楽しみつつ。
数分歩いた頃合いで、そろそろ戻ろうと方向転換したところ
――なぁ~
と、か細い鳴き声が聞こえてきた。
もしかしてラメル? ――と辺りの地面をきょろきょろ見てみると、垣根の根元に、茶猫が一匹うずくまっていた。しかし、ラメルではない。ラメルよりいくらかほっそりしていて、落ち着きもなさそうな子だった。
「ここの子?」
と、この茶猫の前でしゃがんでみると、少々びくりと首を震わせながらも、この子は動かない。私の顔を見上げながら、僅かに後ずさるばかり。その動作が何やら不自然で、よくよく見てみると――どうやら、右の後ろ脚を怪我しているようだった。
「……あらら」
そう言えば以前にもこんなことがあったような、と思いつつ、私はポケットから修復魔法のカードを一枚取り出した。
お城の人に頼んで診てもらう方が確実ではあるけれど――ただ、無料で寝泊まりさせてもらってる人間がさらに頼みごとをするのも憚れると思って、私は試してみることにした。
カードを振ると、白い光が猫を包みこんだ。
猫はうずくまって、おっかなびっくり私の方を見てくる。
使ったカードが手元から消え、果たして――と思って猫を見ていると、光が消えても猫の足に変化は見られない。さらに後ずさる猫も、足をかばうような歩き方のままだった。
「……うーん、動物には効かないのか」
溜息交じりに呟いたところで、いきなり
「――魔法カードですか?」
と背後から声が投げかけられてきた。
びっくりして振り返ると――いつの間にか背後に一名。ポニーテールの小顔で、どこかのお嬢様かと思いきや――よくよく見ると、昨夜謁見した、アイシリス様だった。夕飯の間中見惚れていた長髪を、今朝は後ろで縛っているのだ。
「あ、お、お早うございます」
「ああ、驚かせてしまいましたか? ふふ、申し訳ありません」
柔和に笑うアイシリス様。
「コノハさんも、朝の散歩ですか?」
「う、あ、はい。ちょっと出てみようと思って、その、ぶらぶら歩いてまして……そしたら、この子が」
「怪我してるんですか? どれ――」
そう言って、アイシリス様は猫を抱きかかえた。猫は特に怯える様子もなく、逆に興味深そうにアイシリス様の顔を見上げている。
「どれどれ――ふむ、まあ、これくらいの怪我でしたら」
そう言って、アイシリス様は猫の足に右の掌をかざした。すると、その掌からだいぶと強い白い光が発せられる。
その光は二、三秒で収まり、アイシリス様は猫を地面に下ろした。
「これでどうです?」
アイシリス様が見下ろす中――猫はトコトコと、足を引きずることなく歩き出した。
「ふふ、良かった良かった」
「か、回復の魔法ですか?」
私が尋ねると「ええ」とアイシリス様は頷いた。
「初歩的な呪文ですよ」
「……そ、そんなこともできるんですね」
「ええ。戦となれば、味方の治癒手段は重要ですからね。あって困る呪文ではありませんよ。しかし――」
アイシリス様は私の手元を興味深そうに見てきた。
「――先程のカードは、どのような魔法だったのですか?」
「え、いや、貰い物なんですが、その……修復魔法だそうです」
「修復魔法?」
アイシリス様はさらに興味深そうに私の顔を覗きこんでくる。
「ふうむ、私も見たことがないものですね」
「……ヴィーツェ村のお店にも、古いのが一枚残ってたくらいでしたね」
「古い魔法なのですねぇ。修復の効果だが、動物には効果がないと……。面白い。後で調べてみますか――あなたも貴重なものを使ってしまわれたのですね」
「あ、いや、何と言うか……反射的に、というか……あまり考えずに……」
「ふふ。お優しい方だ」
アイシリス様は柔和に笑った。
「なぁ~」
おもむろに、茶猫がアイシリス様の足にすり寄ってきた。怪我を治してもらった感謝を伝えてきているのか、あるいはさらにご飯を催促しているのか。
アイシリス様は再度茶猫を抱きかかえた。
「ご飯がまだのようですね、この子。では、リャーナに用意してもらいましょうか」
茶猫の頭を撫でる。猫はされるがまま、気持ち良さそうに目を細めた。
「では、コノハさんも、そろそろ朝食の時間ですし、お戻りになられたらいかがでしょう。私のお薦めの紅茶を添えるよう言っていますので、お口に合えば嬉しいのですが」
「あ、ありがとうございます」
……王子様が直々にそんなことしてくれるのか。
「では、また後ほど」
にこりと笑い、振り返ると、猫を抱えたままアイシリス様は歩き出した。
しかし五歩目を踏みだしたところで、ふと立ち止まり、
「……そう言えば、コノハさんは、どれくらいこちらに滞在される予定なのでしょう?」
「え? ――あ、いや、特に決まってはいなくて……。とりあえず、元の『世界』に戻る手掛かりが見つかったら、その時に失礼しようとか、考えてますけど……」
「そうですか」
何やら嬉しそうに微笑むアイシリス様。
「実は明日、この国のお祭りがありましてね。私も視察がてら、顔を出そうと思っているのですが――どうでしょう? 良ければご一緒しませんか?」
「お祭り、ですか?」
何やら楽しそうなワードだ。イメージだけでワクワクしてくる。こんな時に楽しんでる場合か! というツッコミが自分自身に投げかけられたが――考えようによっては、王子様の一行と行動を共にしていた方が、何かあった時に安全というのもあるかもしれない。そもそも、私としても御好意を断れる立場ではないわけだし……。
と、自分の中で言い訳を組み立て、私は頷いた。
「え、あ、はい。御迷惑でなければ、ぜひ……」
「良かった」
再度微笑むアイシリス様。
「では、明日の夕方、お迎えにあがります」
「……わ、わかりました」
私が頷くと、微笑と共に再び歩き出すアイシリス様。
その背中を見送り、しばし呆然とした後――はっと我に帰り、私は慌てて部屋へと踵を返した。




