5日目⑩「会食」
(アレは忘れ物で、このお城の人は誰も知らないんだから、持って行ってもバレるわけない。アレは忘れ物で、このお城の人は誰も知らないんだから、持って行ってもバレるわけない。アレは忘れ物で、このお城の人は誰も知らないんだから、持って行ってもバレるわけない。アレは忘れ物で――)
と、自分への言い訳を呪文のように心の中で繰り返し唱えつつ、メイドさんに先導され、私及びラスティさんが入ったのは大きな広間だった。
バスケやバレーができそうなくらいの空間の真ん中に、これまた大きなテーブルが陣取っている。そのテーブルにはシミ一つない白いクロスが被せられていて、その中心には蝋燭立てが置かれていた。
本当にもう、何と言うか、貴族のお食事会だ。
メイドさんに促されるまま、私とラスティさんは対面に座った。目の前には、銀ピカのナイフとフォークが置かれている。……これ、もしかして、マナーとかが問題になる場面なのだろうか? こちとら、どっちをどっちに置いたらいいのかもよくわかっていないのに……。
御馳走お楽しみモードから一気に緊張状態に陥りながら、ふと右奥――上座の方に目をやると、そこにも食器が置かれていた。
――誰かもう一人来るの? ……あ、もしかして、シオンちゃんの分?
まあ確かに、巫女様なんだから、上座に座ることになるのかな? 席がちょっと遠いのが残念だが、顔を見れるならよかった。一応、食事の時はこれからも会えることになるのだろうか?
そんなことを思いつつ、しかし食事が運ばれてくる気配もないので、私は目の前のラスティさんに質問してみた。
「あの、ちょっとお聞きしたいんですけど、もしこのお城から一旦出ようと思ったら、だ、誰に言えばいいんでしょう?」
「ん? どこか行きたいところがあるのかい?」
「いや、具体的にどこってわけじゃないんですけど――元の『世界』に戻る方法を探すのに、本屋へ行ったりとか情報の聞き込みとかしようと思って……」
「ああ、そうだったね。……ええと、関係者が一緒にいない場合は、ちゃんと時間を掛けて検査しないと入れないことになっているから、できればオレも同行したいところだけど――うーん、どうだろう? 明日の午後、周辺警備で裏山の方を見回る予定にしてるから、もしよかったら、それに着いてくるかい? 終わった後、少しばかり街中にも寄ろうと思っているし」
「あ、じ、じゃあ、お願いします」
私はぺこりと頭を下げた――「警備」という単語に不安がないでもなかったが、機会を逃すわけにはいかないし、時間を無駄にするわけにもいかない。
「そうだね。もし、ずっと部屋にこもっていると息が詰まると言うなら、中庭には出れるようになってるから、散歩でもしてみるといいよ。部屋から出入りできるようになってるから」
「そ、そうなんですか?」
言われてみると確かに、部屋の奥の方にもう一つ別のドアがあったような気がする。部屋に着いたときはすでに薄暗かったけど、窓から見る限り、周りは庭園みたいな感じだった。敷地の広さからして、本当に小一時間散歩できるようになっているのかもしれない。
私はきょろきょろと部屋を見回し、
「……それで、ええと、今は何待ちなんですかね? もしかして、そっちの席に、シオンちゃんが来るとか――」
と言いかけたところで、
「こちらです」
ギィと扉が開き、メイドさんの声が聞こえてきた。
次いで、開いた扉から、すっと人が入ってきた。
――何ともまあ、これまた美人さんだった。
眩しいくらいに煌く金髪ロングに小顔。背もすらっと高い。ゆったりしたローブに身を包み、素人にもわかるくらいの上品な歩き方をしている。その顔には薄っすらと笑みが浮かべられていた。雰囲気からして、やんごとなき方であることは私にもわかるくらいだった。
テレビに出てるモデルさんを実際に生で見たらこんな感じなんだろうな、というのが最初の感想だ。
部屋に入って三歩、私と目が合うと、にこりと笑ってくれた。そして頬を真っ赤にして照れている私の眼前、その方は空いている上座に静かに座った。
そして第一声、
「……お待たせして、申し訳ありませんでした」
(……………………へッ?)
思わず声を上げそうになった。のけ反って背中から転びそうになった。――思ってたより、なんか、声が低い?
というか、どちらかというと…………男性の声?
「そちらが、ラスティのゲストのコノハさんですか?」
「はい。エイネでシオン様を保護して頂いていた方です」
「そうですか。ふふ。でしたら、精一杯おもてなしせねばなりませんね」
ラスティさんとこの美人さんの会話のさなか、目を白黒させつつもよくよく観察すると、確かにこの方、女性にしては肩幅は広めだし(ゆったりした服なのでわかり辛いが)、輪郭もどちらかというと凛々しいし、喉仏もでているよう……。
「ああ、申し遅れましたね。私は、レイド国の騎士団長を任されているアイシリスといいます。以後お見知りおきを。ふふふ」
……騎士団長さん。
……やっぱりこの方、男の人だ。
ぱっと見ではわからない。まったくわからなかった。歌劇で女性が演じる王子様そのものだ。お化粧もしていないか、していても薄めなくらいなのに。
何ともはや、こんな人が実在するのかぁ、と呆気にとられつつ、
「こちらこそ、よ、よろしくお願いします。というか、色々と、その、ありがとうございます……」
しどろもどろながらも、慌てて返事をする。
「ふふ、可愛らしい方だ」
と、こっちが消えたくなるくらいのお世辞を言ったアイシリスさんは、次いで、パンパンと手を叩いた。
すると、先刻の黒髪のメイドさんが、カートを転がして部屋に入ってきた。そのカートの上には銀の半球型のカバーが置かれている。アイシリスさんの横に留まり、メイドさんがそのカバーを上げると、湯気立つスープが三皿出てきた。クリームの匂いが部屋に広がる。
テキパキと三人分の配膳が済むと、
「ふふ、さあ、頂きましょう」
というアイシリスさんの声の元、ようやく夕食が始まった。
見たことのない豪華な食事が次々と運ばれ、王子様とアイドル顔に見つめられ、おまけにテーブルマナーにあたふたして、という内心は混乱の極みみたいな食事だったが、それでも私としては、だいぶと楽しい一時だった。
アイシリスさんもラスティさんも驚くほどの聞き上手で、気づけば、まるで自分が人気芸人にでもなったかのように私はつらつらと話していた。
内容は主に私の『世界』のことで、こちらには魔法なんてないこと、魔物なんていないこと、代わりに機械が発達していて電気が使われていること、そして自動車や飛行機のことなどだった。専門的な知識などないのであくまで一般的なことを話すだけだったが、二人ともずいぶんと興味深げに私の話を聞いてくれていた。
そして一時間くらいたった頃合い、メインディッシュの魚料理を平らげたところで、
「ふふ。楽しい時間でしたが――やれやれ、そろそろ私は失礼しないといけませんね」
アイシリスさんが口を拭いながら言った。
「打ち合わせが一件残っていましてね。間が悪いことこの上ないですが、まあ、立場上仕方がありません。……ふふ、もしよろしければ、また夕食をご一緒させてください」
そう言って、再度私ににっこりとほほ笑むと、アイシリスさんは立ち上がり、足早に部屋を出て行った。
――やっぱり騎士団長さんて、忙しいんだな。
正味一時間弱、食後の休憩も取る暇はなさそう。というか、最後のデザートのプリンを食べれていない。そんな忙しい方を相手に、果たして私は有益な話し相手になれただろうかと思いつつ、
「……騎士団長さんがわざわざ私みたいな一般人と食事なんて、よくあるんですか?」
と、ラスティさんに聞いてみた。
「まあ一応、見聞を広めるために、ゲストが来た際は極力同席したいとはいつも言ってるねえ」
と、思案気な顔で答えてくれるラスティさん。
「ただ、オレも他の団員も、ほとんど誰かを城に招待することなんてないから、今回は久しぶりだったんだ。だから今日は忙しい中でもなんとか時間を作って、無理にでもって感じだったのさ」
そこまでのことだったのか……。
「というか、コノハもだいぶ緊張してたね?」
「そ、そりゃあそうですよ」
と私。
「……偉い人ってのもありますが、何と言うか、仕草があれもこれも上品な方で、私の場違い感というか…………騎士さんというより、まるで王子様みたいな人でした」
「……まるで?」
ラスティさんはきょとんとした表情になった。そして、くくくくくと息を漏らしながら笑い、
「いやいや、『まるで』も何も、本物の王子さ」
…………というと?
「騎士団長はオレの手前での自己紹介で、あくまで兼任――アイシリス様は、れっきとしたレイド国の第三王子さ!」




