5日目⑨「イヤリング」
『――なるほど。その世界観における長距離移動手段は、馬車になるわけか……。ふーん、なるほどなぁ……』
これが、この二日分の私の冒険譚を聞いた直後の榊君の感想だった。
今日使った修復魔法のカードは、スマホをちゃんと満充電の状態にしてくれた。
おまけに今回はすんなり繋がってくれたし、今日の榊君はいつも通りか、ややテンションが高いくらいだった。なので、私は心置きなく、昨日から今までの私の足跡を通して説明したのだ。榊君も、うんうんとテンポの良い相槌と共に聞いてくれた。
そして一通りの説明が終わったところで、
『……しかし、もったいないなぁ』
と、榊君は急に声のトーンを落とし、嘆息まじりに呟いた。
「え? 何が?」
と問い返すと、
『その、地下のダンジョンの物置部屋のことさ』
と榊君。……だんじょん? もしかして、制御小屋の地下のこと?
『木箱がたくさんあったのに、何も見ないで離れたんだろう?』
「うん、まあ、その時余裕なかったし……」
『それがもったいないのさ。きっとその中には、色々と役に立つアイテムなり装備なりがあったはずさ。なんなら、他の仲間と合流した後に拾いに戻ればよかったのに……。それをみすみす放置してきちゃったんだから、そりゃあもったいないさ』
……いや、それは窃盗になるのでは? あの小屋にあるものはすべて、あの村の所有物だろうに。
『今からでも戻れない?』
「無理だよぉ……」
私の心底のリアクション。……明日またあの馬車で往復とか、絶対嫌だ。死んでも嫌だ。
『まあ、戻るのが難しかったとしても、少なくともこれからは、アイテムの取り逃しには極力注意した方がいいよ。……例えば、今君は城にいるんだろう?』
「え、うん、お城に泊めてもらってるけど……」
『その城だって、いつでも入れる保証はないだろう?』
まぁ、今回は、ラスティさんの顔利きで特別に入れてもらっている状態だ。
『だったら、その城の中で手に入るアイテムは、今のうちに全部入手しておかないと。戻れなくなる前に』
いやいやいやいやいや……。それこそ、窃盗で捕まってしまうし、怒られるどころでは済まなくなっちゃう。ゲストどころか犯罪者だ……。
突飛もない提案にフルフルと首を振っていると、
『……でも、パーティ離脱イベントが発生したってことは、いよいよ攻略も本格的になってきてるねぇ』
榊君は、今度は何やら嬉しそうに説明してくる。
『きっと、進行が一段階上がったってことじゃないかな。導入部分が終わったというか。多分、次のダンジョンあたりじゃ、何かしらのパズル的要素が出てくるんじゃないか?』
パズル? ……生粋の文系の私には、そら恐ろしい単語だ。
『ふふ。まあ、そこまで難しいものじゃないよ。倉庫番的なのもあることもあるけど、大概は『先入観で動くと騙される』みたいなやつさ。例えば、隠しスイッチを見つけて押さないと延々と先に進めなかったり、何の気なしに扉に入るとそのままトラップにかかったり、見えない扉や通路があったり、とかさ』
隠しスイッチに隠しトラップ、隠し扉、隠し通路……。
『あとは、宝箱がトラップだったり、一度階下に落ちないと進めない、とかかなあ、パッと思いつくのは……。実際にダンジョンに入らないとわからないけど、ありがちなパターンだとそんなところだと思うよ。迷ってるうちに解決策が見つかるものだけど、早目に発見できれば戦闘回数は少なくて済むからね。まぁ頑張ってみてよ』
「う、うん、わ、わかった……」
頷いたところでスマホ画面を見ると、電池残量が二パーから一パーに変わるところだった。間もおかず、ピーピーと鳴りだす。
「……ごめん、もう電池切れそう」
『ん? それなら別に、充電しながら話せば――いや、まぁ、今日もそれなりに話してるか。オーケー。じゃあ、また進んだら教えてよ』
「うん、ありがとう。お、おやすみ」
『はいはい、おやすみー』
ぷつりと通話が切れた。
一呼吸置き、ふう、と息を一つ吐く。そしてスマホを枕の脇に置いた。
……何はともあれ、今日はちゃんと話せてよかった。アドバイスの内容云々より、どちらかと言うと、話せた安心感の方が大きい。榊君との繋がりは、やはり、今の私にとって生命線なのだ。
ふかふかのベッドにごろんとなり、天井を見上げる。
どうやって掃除しているのかは知らないが、天井までぴかぴかだ。正直、場違いすぎて落ち着かない。掃除した人も、まさか私のような見ず知らずの田舎者がその仕事の恩恵にあずかるとは夢にも思わなかっただろう。何だか申し訳なくなる(もしくは、魔法を使えば一瞬なのだろうか?)。
などと思いを巡らしつつ――ここで一旦、落ち着いて考えてみる。
明日からどうするか、だ。
私の最終目的は、変わらない。一体どこへ行けば、あるいはどんなものを手に入れれば、私は元の『世界』に帰れるのか。その手段を見つけて、実行すること。
それを達成するための援護策として、資金稼ぎだったり、榊君のアドバイスだったりが必要なのだ。
……さっきの感じからして、このお城は簡単に出入りできるようなところではないようだ。でもだからと言って、この部屋にずっといたのでは、私の探索が全然進まない。……それだけじゃなくて、このお城を追い出されたとき、私はほんの数日で資金が尽きて路頭に迷うことになるだろう。
……そうだなぁ、やっぱり、明日お城を出て街を散策していいか、後でラスティさんに聞かないと。もし出れたら、その時に、何か食いつなぐためのアルバイトなんかも探しておかなきゃならないかもしれない。
というか、この世界全体の地図も欲しいかな。それだけで認識がだいぶ変わるだろう。本屋さんで売ってるか、もしくはこのお城にも何かあるかな?
何となく明日以降の行動指針が見えてきたところで、私は起き上がる。そして――今さっきの榊君のアドバイスが脳裏に蘇る。
『その城の中で手に入るアイテムは、今のうちに全部入手しておかないと』
……いや、ゲームならばそうなんだろうけど。……そしてそういうのが死活問題になったりするんだろうけど。
ただ、ここはただのゲストルームだし、さっきのシオンちゃんの部屋へ行く扉じゃないけど、セキュリティだって十分なされてるだろう。私が触れられるものの範囲に、そんな便利なアイテムや高価なものがあるとも思えない。
そう思いつつ、この私の反証を裏付けるため、私は試しにベッド脇テーブルの引き出しを開けてみた――当然のごとく、中は空っぽだ。底板の黄色い木目が覗き、薄っすら木の香りがするのみ。
その後、部屋の入口近くの靴箱、壁際の大きな化粧箪笥の中。湯沸かしが置かれた台の引き出し、備え付けのクローゼットと順に開けていった。が、中は全部空洞。髪の毛一つ落ちていない。
そりゃそうだと思いつつ、私は最後の引き出し――洗面所の鏡台の引き出しを開けた。
ここだって、当然空っ――ん? いや、何か小さいものが入っている。
クローバー型の装飾がついたイヤリングだ。
その装飾部分は何かの宝石でできてるらしく、紫色に鈍く輝いている。
「綺麗…………だけど、何でこんな所に?」
誰かの忘れ物だろうか? 片方しかないし。
摘まみ上げ、眼前まで持ってきてマジマジと眺めてみる。と――
――リーンゴォーーン
急に音が鳴り響いた。
びくつき、何事かときょろきょろ見渡すと、
――リーンゴォーーン
再度同じ音。部屋のドアの方からだ――――ああ、これ、もしかして呼び鈴か。
私は慌てて引き出しを閉め、扉の方へ駆け寄る。
がちゃりと開けると、そこにはニンマリ笑顔のラスティさんと無表情の茶髪メイドさん。
「やあ、コノハ。どうだい、そろそろ夕飯の時間だけど?」
「あ……もうそんな時間でした?」
振り返り部屋の壁掛け時計を見ると、確かに六時五十五分だ。
「わ、わかりました。今行きます」
私はあたふたと中に戻り、ベッドに広げっぱなしだったケータイやカードをバッグにしまう。そしてふと、
握りしめたままだったクローバーのイヤリングを眺め――先刻の榊君の言葉を心の中で反芻しながら――そっと、ズボンのポケットにしまった。




