5日目⑧「レイド城」
「……ふはぁ~~~~~~」
レイド城を目の前にした際の私のリアクションは、外壁に相対した時と同じか、あるいはそれ以上だった。
まごうことなき『お城』がそこにあったのだ。
喫茶店でウェツァさんと別れた後、城下町の中心地から検問所を二ヶ所抜け、小高い丘を登ること十分。石造りの塀の中に純白の建物がそびえ立っていた。屋根も煌びやかなライトブルー。窓枠の段数から察するに、恐らく四階建てだ。西洋風の城と言われて思い描くそのままの造形が、夕日に照らされて輝いていた。
その風貌をしばしぽけーと眺めた後、真正面にある赤、金、銀で豪奢に装飾された大きな扉の方へ赴くと、全身甲冑を着こんだ兵士が二名、直立不動で立っていた。
ラスティさんがそのうちの一人に何やら報告すると、その兵士さんは扉を開け、急ぎ早に城の中へ入っていく。
それを見届けたラスティさんはくるりとこちらを振り返ってきた。そして後ろ手で扉を開け、
「さあ、どうぞ」
と招き入れてくれる。
促されるまま、私は城の中へ足を踏み入れた。
まぶしくて、一瞬視界が真っ白になった。
鮮やかな赤じゅうたんの上、真正面にはぴかぴかに磨かれた階段。左右には高級そうな壺が台座に置かれている。壁はやはり真っ白で、巨大な絵画が飾られている。天井からは、私よりも大きいんじゃないかと思うくらいのシャンデリアがぶら下がっていた。
言うなれば、小さい女の子が夢見るお城の内装がそのまま現実になっていた。
大口を開けたまま呆気にとられていると、白いシャツに黒のロングスカート、そして白いふりふりの帽子を被ったメイドさんがつかつかとこちらに近づいてきた。
「お帰りなさいませ、シオン様、ラスティ様」
手を前で組んだまま、ゆっくりと頭を下げるメイドさん。その顔は、職務を全うしているためか、ほとんど無表情。黒髪が煌めく相当な美人さんだった。
「そして……お客様も、ようこそお越し下さいました」
急に視線を向けられ、「え、い、あ、こ、こちらこそ」とわけのわからない返事をしてしまう私。しかしメイドさんは、そんな私の挙動不審を気にするでもなく、
「さあ、シオン様。お部屋の方へ参りましょう。湯浴みの準備も済んでございます」
「あ、リャーナさん、悪いけど、この猫ちゃんも連れて行ってくれるかな? シオン様のお部屋に」
「畏まりました」
ラスティさんのお願いに、再び頭を下げるメイドさん。そして顔を上げると、そのまま左の方へ進んでいく。ラメルを頭に載せたシオンちゃんも、その後について行った。
奥にある扉に鍵を差し込み、開けると、メイドさんとシオンちゃん、ラメルも中に入っていく。姿が見えなくなって、すぐさまガチャンと、鍵を閉める音が聞こえた。
(……そうか、そりゃあそうか。巫女様だから、セキュリティも厳重にしとかなきゃね)
私は一人ごち納得する。……しかしそうなると、シオンちゃんにはそうそう会えないということになるのか? 私がこのお城を離れるまでに、せめてあと一回くらいは会えるだろうか? と気を揉み始めたところで、
「随分かかったようだな、ラスティ」
と、今度は上の方から聞こえてきた。
顔を上げると、正面の階段の上方から、男性が一人降りてくる。口に白いヒゲを蓄え、目元には小さいメガネ、そして濃い青のコートを身にまとった壮年の方。兵士というより、何かしらの書き物を仕事にしてそうな人だった。
「ただいま戻りました」
ラスティさんは急に姿勢をただし、右手を胸元にやり、頭を下げる。慌てて私もぺこりとお辞儀した。
「出立しておよそ十日。しかも聞けば、何のことはない、エイネにいたというではないか。この十日間、貴様は一体どこをほっつき歩いていたのだ」
「時間を要してしまったことにつきましては、私の力不足故、面目次第もございません」
厳しい表情のおじさんに対し、ラスティさんは苦笑い。
「ふん、私も今日は時間がない。詳細の報告はまた明日受けよう」
「御意に。明日朝にお伺いします」
「……で、そちらの方は?」
不意に、コートのおじさんは私の方を見てきた。
ラスティさんは私の前で掌を広げ、
「こちらは、エイネでシオン様を保護していただいていた方の一人。コノハです。私のゲストとして今回招きました」
ラスティさんがちらっとこちらを見てきたので、
「う、あ、こ、コノハです。宜しくお願いします」
と、私は慌てて再び頭を下げる。
「ふん、貴様のゲストというわけか」
「はい、ゲストルームの使用許可を頂きたいのですが」
「ここは別棟とはいえ、国王も出入りされる城内なのだ。貴様の宮廷ではないのだぞ?」
「純粋なゲストでございます。私の恣意はございません。……ははっ、まあ確かに、来月の今頃どうなっているかは保証できかねますがね」
このぴりぴりした空気の中余計な冗談を挟むな! と、私はラスティさんを睨みつける。
「チッ……。こちらへ来なさい」
と、コートのおじさんは私を手招いた。
びくびくしながらも前へ進むと、おじさんは私の額の前に掌をかざした。
と、私の全身がフワンと、青白い光で包まれた。
びっくりしてラスティさんの方を向くと、手を横にスライドさせ「そのままじっとしてて」というジェスチャー。仕方なく、私は大人しくすることにした。
私の目をまっすぐ見て来るおじさん。一瞬怪訝そうな表情にもなったが、しかしそのまま光は消えて行き、おじさんも手を降ろした。
「……ふん、まあいいだろう。連れて行きなさい」
「ありがとうございます」
頭を下げるラスティさん。
コートのおじさんはくるりと後ろを向くと、そのまま階段を上って奥の方へ行ってしまった。
「よかったよかった」
安堵の表情で、ラスティさんが私に笑いかけて来る。
「え、と……あの、い、今のは?」
「探知魔法さ」
とラスティさん。
「今のエンジャーさんは、宰相でありながら魔法部隊の隊長も兼任されてる方でね。新しい人が来た場合は、エンジャーさんの探知魔法で不審な道具や魔力を有していないかチェックしてもらわなきゃならないんだ」
……ようは、空港とかの持ち物検査みたいなものか。
「これで晴れて許可も貰ったし、早速部屋へ案内しよう」
そう言うと、ラスティさんは扉の横につるされているベルをちりんと鳴らした。
ほどなくして、また別のメイドさんがやってくる。服装はさっきの人と同じだが、茶髪で、どちらかというと可愛らしい感じの人だった。……ただ、表情はやはり至極控えめだった。
「やあ、ヘリナさん。こちら、俺のゲストでね、今エンジャーさんに許可をもらってところなんだ。ゲストルームに案内してくれるかい?」
「畏まりました」
頷くと、この茶髪のメイドさんは、
「さあ、こちらへどうぞ」
と右の通路の方へ進んでいく。
随分と長い廊下をずんずん歩き、その突き当たりでようやくメイドさんは立ち止まった。そしてそこにある扉を開ける。
「こちらの部屋をご使用ください」
言われて、部屋の中へ入る。
何とも広い部屋だった。
高級ホテルの一室のような内装(実際に行ったことはないので想像だが)。さすがに王室とかよりは質素なのだろうが、それでも気後れするくらい豪奢だ。キングサイズのベッドが中央に陣取り、すみずみまでぴかぴかに掃除されている。
「ご夕食はいかがなさいますか?」
「折角だし、今日は広間で食べようか。俺もご一緒させてもらおうと思うけど……いいかい?」
「あ、はい」
「……畏まりました」
そう言って、茶髪のメイドさんは部屋を出て行った。
「ここでの夕飯は、いつも七時からだ。時間になったら呼びに来るから、それまでゆっくりしてるといいよ」
「はい、ありがとうございました」
「じゃ、また後ほど」
ラスティさんも部屋を後にする。
だだっ広い部屋に一人取り残された私。とりあえずカバンをベッドの脇に置く。
奥の暖炉の上に、壁掛け時計があった。時間は六時過ぎ。
(……あと一時間)
今日は思いの外長い一日だった。だいぶ疲れてはいるが、寝てしまったら、恐らく夕飯の時に起きれなくなる。
ふかふかのベッドに腰を降ろし、軽く伸びをする。そして
バッグから携帯を取り出した。




