表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
古井咲コノハの9日間  作者: 式織 檻
26/44

5日目⑦「街探索」

「……はぁ~~~~」


 初めてレイド国の外壁に相対した私は、感嘆の声を漏らすだけだった。

 私の背丈の数十倍――それこそ、ちょっとしたビルくらいの高さの石塀が、だだっ広い草原の中にでででんと建っているのだ。右を見ても左を見ても、もはや視線が届かないくらい、地平の方へ伸びている。大きい街とは聞いていたが、さすがにここまでとは思っていなかった。

 馬車を降りた私達は、その立派な長壁の中、唯一空いている出入り口の扉の方へ向かった。

 甲冑を着た警備員みたいな人に、何やら身分証みたいなものを見せるラスティさん。数言の問答の末、私達はそのまま中に入れた。


 中はすこぶる賑わっていた。


 雰囲気はエイネ街と同じようだが、それよりも建物が多く、人も多く、喧騒も大きかった。艶やかに着飾った人やいかにもな兵士の格好の人、買い物帰りの主婦やデート中のカップル、お年寄りから子供まで、多種多様な人が行き交っている。元の世界のニュースでよく見る都会の人混みと同じようなレベル。ラスティさんは「各国から色々なものが集まる」と言っていたが、なるほど、この視界の中だけでも、目が回りそうなくらいの人ともので溢れている。


「……すごい……ですね。……今度は人ごみに酔いそう……というか、すぐ迷子になりそう……」

「はっは、まあ、この国は広いからね。敷地面積はエイネの十数倍だ」


 得意げに胸を反らすラスティさん。


「世界的に見ても稀有な都市だからね、このレイド国は。この国で手に入らないものは無いとまで言われているのさ。きっとコノハが元の世界に帰る方法についても、何かしら――少なくとも、手掛かりくらいは見つかるんじゃないかと思うね」

「そうですね……」


 溜息と共にそう返しつつ、ひとしきりのキョロキョロを終えた私は、改めてラスティさんに向き直り、


「わかりました――じゃあ、私、ちょっとこの街を見て回ってみようと思います。……ただ、その、レストランとか道具屋とか宿屋とかがどの辺にあるかだけ教えてもらえませんか? 出来るだけリーズナブルなやつ」

「オーケー。案内してあげるよ――というか、一通り街を案内してあげようじゃないか。レイド生まれレイド育ちのこの俺が、ね」

「……はぁ、それはありがたいんですけど――でも、シオンちゃんを、その、お城に連れてかなくていいんですか? 急いでるんでしょう?」

「一応、入り口のとこにいた警備隊に伝えてるから、シオン様がお着きになられたことはすでに城の方に報せが行ってるさ。馬車がつかまったおかげで、予定より早く着けたからね。夕方くらいまでならブラブラしてても多分大丈夫だよ」

「……そうなんですか?」

「それに…………特にシオン様は、一度城に帰ったら、おいそれと外出ができないご身分だからね。折角のチャンスだし、少しばかりシオン様もご案内したいというのもあるのさ――シオン様、いかがでしょうか?」

「異論はない」


 こくりと頷くシオンちゃん。こころなしか、頷くスピードがいつもより早いような気がした。……もしかしてシオンちゃんも、この街歩き、悪い気はしていない?


「オーケー、決まりだ」


 ラスティさんは私に得意のウィンクをかまし、ぱちんと指を鳴らした。



 こうして、私とラスティさんとシオンちゃんとラメル――そしてウェツァさんも伴って街中を見回ることになった。



 ラスティさんの言う通り、この街はだだっ広く、一、二時間で隅々まで歩き倒すのはおおよそ不可能だった。ので、中心街――特に、ラスティさんの行きつけの道具屋や服屋、雑貨屋、本屋なんかを一通り回った。

 この世界のお店と言えば、私が行ったことがあるのはエイネの服飾店とヴィーツェの道具屋くらいだったが、このレイドのお店の品揃えはそれらと比べると段違いだった。同じくらいの広さのお店でも、商品の種類は二倍以上。さらに言えば――恐らく、都会だからだろう――道具も服も値段が高く、それぞれがファッショナブルなものが多い気がした。

 私としてはこの世界の商品事情の情報収集――というか、勉強みたいなものだったが、他の三人はというと、私を案内しつつの完全なるショッピングだった。


 ウェツァさんオススメのハンバーガー(元の世界とほとんど同じだった)を食べたり。

 ラスティさんがシオンちゃんに深めの帽子(極力バレないようにするため)を買ってあげたり。

 シオンちゃんが物欲しそうに見ていたアイスクリームを四人で食べたり。

 ラメルのおやつを買ってみたり。

 魔法の道具を買い足したり。

 若いお姉さん二人組がラスティさんとウェツァさんに声を掛けてきたけど、彼女らは私の方を見るや、舌打ちをしてそのまま離れて行ったり……。


 そんなことをして、二時間近く歩き回った。

 何となく私もこの街の全体像がわかってきた頃合で、休憩がてら、私達は(これまたラスティさん御用達の)喫茶店に入ることにした。

 奥の方の四人がけのテーブル席に着いたが、この店はいわゆるセルフサービス形式らしく、カウンターに注文しに行かなければならないとのこと。

 すると、


「……なら、俺が行ってこよう」


 と、ウェツァさんが立ち上がった。


「ラスティはアイスコーヒーでいいか? コノハはどうする? 紅茶にしとくか? 軽食も頼めるが?」

「あ、えと、紅茶だけ、お願いします。ホットの」

「わかった――シオン様はいかがなされますか?」

「……自身で具体的な選択肢を確認する」

「左様ですか。では、こちらへ」


 そう言って、ウェツァさんはシオンちゃんを先導して、カウンターの方へ注文しに行ってくれた。

 空いたシオンちゃんの席の上で丸くなっているラメルの背中を撫でつつ、


「……ウェツァさんって、何と言うか、見かけによらないですよね」


 と呟いた。


「思いの外、世話焼きというか、ジェントルマンというか……」

「ふふっ。意外だったろう? 面喰ったろう? はっは。なんせ、今、オレも驚いているくらいだからね!」


 と笑うラスティさん。……ラスティさん、も?


「あいつとはそれなりの付き合いだが、ここまで人に気を遣ってるところなんて一度も見たことがないよ。士官学校の時も、隊にいた時も、辞めた後も、イメージ通り、ブスッとしたまま最低限の行動を起こすのがあいつのデフォルトだ」

「……そうなんですか? じゃあ、何でまた今日に限って……」

「十中八九――――君だよ、コノハ」


 緩やかなモーションでラスティさんは私を指さした。


「恐らく、似ているんだ」

「似ている? 誰にです?」

「あいつの妹だよ」


 ウェツァさんの妹? ……ええと、さっき言っていた、よく馬車酔いしたっていう?


「俺は写真で見ただけだが――覚えている限り、だいぶ似ているんだよ。その顔といい、雰囲気といい、表情といい、ね。それがあいつの琴線に触れて、世話を焼かずにいられなくなってるんだろう。くくく、わかりやすいやつだ」


 ラスティさんは、噛み殺すようにくすくすと笑った。

 私は首をひねる。

 ……うーん、そんなこともあるんだろうか? そりゃあ、ラスティさんが言うならそうなのかもしれないけど……。でも、あの男前の兄の妹さんというのなら、鼻筋もすらっとしていて、目元もぱっちりして、何と言うか、私とは似ても似つかなそうなものだけれど……。

 その妹さん、どんな方なんです? ――という質問が口から出そうになったが、ふと、馬車でのウェツァさんとラスティさんの表情が反芻される。あの時のあの雰囲気からして、果たしてこれは掘り下げていい質問なのかと一瞬迷っていると、


「……そうだ、話は変わるが、コノハには一つ謝っておかなければならないね」


 と、ラスティさんは表情を戻した。

 一つだけかなぁ、と心の中で首を傾げつつも、私は聞き返す。


「何がです?」

「さっきのヴィーツェの山小屋でのことだよ。大丈夫と言ったのに、結局君を危険な目に遭わせてしまった」


 ああ、なるほど。確かにそれは、まあ、そうですね……。


「本当に申し訳なかったよ。……いや、君も見た通り、シオン様の周囲には半オートで防御壁が張られているからね。三十分の距離にある村に直接的な被害がない話からして、あそこにいる魔物は雑魚だという確信もあったし。君もシオン様の傍にいれば危険はないと踏んでいたから誘ったんだが……。あの転送トラップは予想外だった」

「……まあ、確かに、私も何度も死ぬかと思いましたし、おかげで折角買った魔法の巻物も消費してしまいましたけれど――」


 私の渾身の嫌味に、ラスティさんは苦笑い。


「――ただまあ、一応、無事でいられたので、それ以上は気にしていないです。あれがなかったら、ウェツァさんと合流できていなかったかもしれないし」

「そうだね。許してもらえるとありがたい」


 言いながら、深く息を吐くラスティさん。


「……ただ、あえて言わせてもらえれば、もし君がこれから長いことこの世界で旅するのであれば、ああいう経験は遅かれ早かれ必要になっていたと思うよ。君の故郷のことは知らないが、少なくともこの国では、あの程度の魔物は当たり前にいる。逃げるなり追い払うなり、自分なりの解決方法を持っていないと、あれ以上の危険な目に遭うのは確実だ。是非とも、今回のオレやウェツァの立ち回りを参考にしてもらえればと思うよ」

「……そうですね」


 私は心の底から頷く。


「そういう意味では、私も感謝しています。……ただ、一つわからないのが、あの討伐にシオンちゃんを連れてく必要があったのかってことなんです。いくら、その、防御壁があったとしても……やっぱり、できるだけ危険な所には連れていかない方がいいんじゃないですか? 安全な場所で待っててもらうべきだったんじゃないですか? ……あれも、さっき言っていたみたいな、普段外出できないからなんですか?」

「それも理由の一つではあるが……」


 ラスティさんはいくらか奥歯に物が詰まったような表情になった。そして少しの間逡巡するような間を置いた後、ずいっと私の方に身を乗り出してきた。


「……オーケー。君を危険な目に遭わせた手前もあるし、ある程度踏み込んで説明しよう。そこまで事細かな話ではないが……それでも、他言無用だよ?」

「は、はい、わかりました」

「うん――ええと、前も言ったかもしれないが、シオン様は時々我々の予想外の行動を起こすことがある。突発的な『家出』がその最たるものさ。その真意をお聞きしても、今朝のように、満足な回答は得られない。だから、シオン様は何か、我々とはまた別の意志に衝き動かされて行動しているというのが、現状の見立てだ」


 こくりと、私は一つ頷く。確かに、それは聞いた。


「回答は得られない……けれど、せめてその傾向だけでも知っておきたいというのが、オレや団長、そして騎士団の総意だ。巫女様ご本人の意向を軽んじるつもりは毛頭ないが、危険な目には絶対に遭わせたくない――だから、目の届く範囲で極力自由に行動してもらい、我々はそれを守りつつ観察する。それが、外出した際のシオン様への基本的な対応になるんだ」


 ……極力……自由に。


「つまるところ、シオン様を突き動かしている意思について、何でもいいから情報が欲しいという話さ。何も分かっていない現状のままでは、いつシオン様を本当に危険な目に遭わせてしまうかわからないからね。オレ達はそれが怖いのさ――コノハ。この数日見た限り、君はシオン様の信頼をだいぶと得ているように感じる。もしまた今朝みたいな機会があったとしたら、我々の対応方針を尊重してもらえると助かる。……当然、シオン様ご本人の意思が第一、というのが前提だけどね」

「……はあ、まあ、シオンちゃん本人が良いのなら」


 と私がもう一つ頷いたところで、ウェツァさんとシオンちゃんが帰ってきた。

 ウェツァさんが持っているトレイには、コーヒー二つに紅茶が二つ――そして、パンケーキが載っている。たぶんこのパンケーキが、今回のシオンちゃん御所望のものだったのだろう。

 紅茶を口に含みつつ店外の方を見ると、空が赤い。日も沈みかかっている。


「……そうですね。この街のこともある程度わかってきましたし、そろそろお開きの時間ですね。今日は本当にありがとうございました。……最後に、これ飲み終わったら、宿屋の場所だけ教えてもらえますか? そうしたら今日は――」

「……ん? コノハ。宿屋の場所なんか聞いて、どうするんだい?」

「どうするって、そりゃあ、私の寝るところが――」

「はっは、心配ご無用さ」


 コーヒーを飲みながら、片目を瞑るラスティさん。



「我がレイド城に泊まればいいじゃないか」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ