5日目⑤「方向音痴」
「……あの、お、お知り合いですか?」
九十九パーセント肯定の返事が返ってくるだろうと見越した疑問を投げかけてみると、
「ああ、そうさ」
「……まあ、一応」
と、二人から異口異音ながらも似たような回答が返ってきた。
次いで、ラスティさんはこの無愛想な男の人を親指で指し、
「こいつはウェツア。レイド士官学校の時の同期さ。卒業後は騎士団の同じ小隊に配属になったんだが、こいつはあっさり一年で辞めてしまってね。今じゃ賞金稼ぎで食ってるのさ」
「……賞金稼ぎじゃない。トレジャーハンターだ」
「そのトレジャーでなかなか稼げず、結局懸賞金で食ってるのは事実だろう? ……はははは、コノハ、この夢も希望もなさそうな仏頂面でトレジャーハンターってのが、また可笑しいだろ?」
ウィンクしてくるラスティさんに、あはは、と私はどっちつかずの愛想笑い。
と、急にウェツァさんがラスティさんを睨みつけ、
「というか、どういうことだ、ラスティ! どうしてこんなところに、シオン様がおられる!」
と真正面から凄んだ。
「レイドから何キロも離れたこんな場所、しかも魔物がウロウロしている建物の中だ! 危険極まりないにも程がある! これはそっくりさんだとか、そういうオチか!」
「いや、正真正銘のシオン様だ」
「まさか、お前が連れだしたのか!」
「それはそうなんだが、一応違う」
「どういうことだ!」
顔をどんどん近づけてくるウェツァさんを、どうどうとなだめるラスティさん。
「まあ、何というか、例のやつさ」
「例のやつ?」
「家出さ」
「…………家出」
ウェツァさんは急に押し黙った。そして困惑顔と共に、シオンちゃんの方を向いて、
「そ、そうなのですか、シオン様?」
「異論はない」
無表情で頷くシオンちゃん。
「な、何でまた……どうして家出など?」
「それに答える権限は、私にはない」
シオンちゃんはこれまた淡々と答えた。
困ったような顔でウェツァさんはラスティさんを見たが、ラスティさんは肩をすくめるのみ。
…………権限?
先日、私がラスティさんに聞いた時も教えてもらえなかったけれど……。どういうことだろう? 誰か偉い人の命令ということだろうか? 国王様とか? 王女様とか? いやでも、ラスティさんは確か、別の意志とか何とか言っていたっけ?
「……じゃあ、そこの少女は、どうして連れてきたんだ?」
ウェツァさんは、今度は私を指さしながら言ってきた。
「彼女も、場違いと言えば場違いだろう。先刻の素振りからして、戦闘に慣れているとはとても思えない」
「コノハは、どうやら壮大な迷子らしくてね。情報収集のため、エイネ街からレイド国へ案内している最中なのさ」
「……それは、こんな所に連れて来る理由になっていない」
ウェツアさんの相変わらず毅然とした物言い。
やれやれと言わんばかりに、ラスティさんは再度肩をすくめた。
「ちなみに、シオン様の頭に乗っている猫は聖獣でな」
「そうなのか? ……まあ確かに、言われてみれば、微弱ながらも魔力は感じるが。……で、それが何だ?」
「シオン様は、どうやらその猫を保護するためにエイネの方まで足を運ばれたようだ。……そして、その猫はこのコノハの守護聖獣らしい――無視はできないだろう?」
「この猫がこの娘を守護しているという、その根拠は?」
「シオン様は、『エイネ渓谷へ行く』とコノハのみに向けてお伝えになられた」
「……つまり、今回の家出は、この少女にも何かしら関係があると?」
「可能性はゼロじゃない」
「ましてこの時期、か……」
顎に手をやり、何やら考え込むウェツアさん。
私について話しているみたいなのに、当の私はまったく話についていけない。
幾分重い空気が出来上がってしまい、かといって私がそれを壊すわけにもいかずに戸惑っていると、
「……まあ、委細は後で考えるとして、今度はこっちの質問だ」
と、ラスティさんが顔を上げた。
「どうしてお前がこんなところに?」
「仕事だ」
当然だとばかりに腕を組むウェツァさん。
「この小屋の魔物退治がレイド国に依頼されてきたが、人手が足りず、騎士団員を派遣できなかったそうでな。その仕事が賞金稼ぎの方に振ってきたんだ」
「それをお前が請け負ったと?」
「ああ」
「……けど、村の人は誰も討伐員が来たなんて言ってなかったんだがなあ。お前、ちゃんと依頼者に説明したか?」
「……村? どこの村だ?」
「「……え?」」
私とラスティさんは顔を見合わせた。
「……いや、ここから歩いて三十分くらいのところさ。一本道だから、迷いようはないと思うが。……お前、レイドからどうやってここに来たんだ?」
「徒歩だ」
相変わらずの無表情でウェツァさんは答える。
「地図の通り西へ進んで、見えてきた山を登ったら、依頼書にあった通りの建物が見えたからな。入って、中の魔物を討伐していたまでだ」
……う~ん? どういうことだろう?
いや、ウェツァさんの言う意味もわからないでもない。けど、そもそもこの建物は、生い茂った雑木の中にぽつんとあり、村へ続く小道が脇から一本伸びているだけなのだ。道なりに来た場合、村を無視してここに辿り着くのは不可能だと思うのだけれど……。
小首を傾げていると、
「ああ、こいつは昔からそうなんだ」
と、溜息まじりにラスティさんが教えてくれた。
「士官学校の校外学習でも、徒歩十分の距離の移動でも迷子になるし、地図を持っててもあらぬ方へ導かれる。有体に言って、パーフェクトな方向音痴なんだよ、こいつは」
「……方向音痴」
なるほど、そういうことか。
さっきは良いように言っていたが、つまるところこのウェツァさんは、森の中をさまよった挙句、運よくこの建物に辿り着き、ラッキーで任務を遂行できていただけなのだ。
ふと、ここで思い出す。
先程、このウェツァさんに言われた言葉。
『ふん、とんだ方向音痴だな』
……方向音痴はお前だッ!




