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古井咲コノハの9日間  作者: 式織 檻
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5日目④「大鎌」

「…………何だ? 迷子か?」


 その男の人は、私を見下ろしながら言ってきた。そしてジロジロと私の顔を覗き込み、いぶかしむように片眉を吊り上げる。


「……こんなところに、一人で迷い込むとは。しかも、見るからに丸腰じゃないか。……近くの村の娘か?」

「……え、えと、一応、そ、そういうわけでは――」

「ふん、とんだ方向音痴だな」


 無表情で鼻を鳴らす男の人。

 この人はどこの誰で、何の用でこんな所に――という、当然の疑問を頭に浮かべつつ、一体今何が起きたのかと、私は周りを見渡した。

 私の背後には、でかい塊が六個、ボテボテと落ちていた――さっきまで立ち塞がっていたエビの化け物、三体分の胴と足が、分断された状態で伏している。


 ――ぶった切られている。


 単刀直入に言えば、そんな状態だった。刃こぼれした包丁で無理やり大根を切ったような。当然のごとく、エビはそれ以上動かなくなっている。

 そして、この男性の右手には、大きな大きな鎌が握られていた。

 全長は私の背丈より大きい。

 刃先から水がぽたぽた垂れ、表面に少しばかりシミが付いている。

 ――この人が、エビの魔物を倒したの?

 ――三体を一気に?

 ――私を抱えたままで?

 そんなことが人間に可能なのだろうか? と、呆けつつもそんなことを考えていると、


 ――ボンッ、ボンッ


 頭上から聞こえてくる破壊音。

 びくっ、と私は肩を震わせ、慌てて、


「あ、そ、そうだ、あの、も、もう一匹、魔物が、わ、私を追ってきてて――」

「大丈夫だ」


 男の人は私の言を遮り、くしゃりと私の髪を撫で、


「守ってやる」


 と、何とも男前な台詞を呟く。

 程なく、ドスドス足音を鳴らしながら、ナマズの魔物が上から降りてきた。

 私とこの男の人を見止め、一瞬ぴくりと止まったが、しかしそのまま、ナマズは口を膨らました。


 ――その瞬間、


 私の頭上でゴウッと風切り音がし、鎌がすごいスピードで飛び出した。

 ナマズの口から放たれかけた水を切り裂き、そのままナマズをも千切り、ずしんと石の壁に突き刺さる。

 衝撃の余波で、ぱらぱらと天井から小石がこぼれ、砂埃が舞う。

 ナマズの体は、ボタリボタリと床に倒れ落ちる。

 それ以上、動かなくなった。動きようもなかった。


(つ、つよー……)


 というのが、私の率直な感想だった。ラスティさんも先刻似たようなことはしていたが、それよりも強引で、力任せの技だった。


「……ふん」


 鼻を鳴らすと、男の人は再度私の方を見てきた。

 私の背中を左手で抱えたまま、にこりとすることもなく、私の顔を覗き込んでくる。

 短髪で、つり上がり気味の目と眉。いかにも軍隊か何かに所属してそうな無骨な表情だが、顔の造りはなにぶん端整だ。

 何だかどこかで見たことがあるような顔だ――と思ったが、思い出した。私が小四か小五の時にハマって見ていたドラマの主演俳優だ。俗に言うイケメン俳優というやつ――と、この人はだいぶ似ていた。

 目元の感じは榊君とも似てなくもないような――などと思ったところで、私はようやく、今の自分が男性に抱きかかえられてお互い見つめ合ってという、少女漫画の大ゴマで見るような体勢にいることに気付いた。

 わたわたと立ち上がろうとすると、


「……まあ、いい。ついでだ。村まで連れて行ってやる」


 そう呟く男の人。そして不意に――うっすらと笑みを浮かべた。


「立てるか?」

「……は、はい! 大丈夫です!」


 柄にもなくアセアセとしながら立ち上がると


「……コーノハ~~~~」


 と、上の方から聞こえてきた。次いで、たんたんという軽快な足音と、ぽつぽつといういかにも軽そうな足音の二重奏が響いてくる。

 程なくして、踊り場の角から顔が覗き、


「ああっ! コノハ! よかった! 無事だったか!」


 と、満面の笑みのラスティさん。

 次いで、シオンちゃんもその下から顔をのぞかせる。茶猫を頭上に載せたまま。

 ラスティさんは跳び上がり、すたんと私の前に降り立って、


「いや、ドコドコ音が聞こえてたから、魔物に出くわしたのかと思って、慌てて追ってきたんだが…………とにかく無事ならよかった! で、そちらの方は――……ん?」


 とラスティさんは首をひねる。そして暗がりの中、目を細めて、私の傍らに立つ男性をまじまじと見つめ――



「――……って、おい、ウェツァ、お前かッ!」

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