5日目②「貯水池」
――そろりと目を開けた。
薄暗い。しかし、ある程度は見える。
天井を見ると、丸いガラスから光が細々と差し込んでいる――地上からの明かり取りだ。さっきの部屋にも同じようなのがあった。これのおかげで、松明なんかがなくとも視界は確保されている。
ぐるりと周りを見渡した。
石造り壁も、板張りの床も、さっきの部屋とまったく同じ。同じ建物内ではあるのだろう。それくらいはわかる。
――一体私は、どの辺に飛ばされたのか?
今さっきいた制御室は、山中の小屋に入って、二階ほど地下へ降りたところにあった。階段はまだ下へと続いていたので、恐らく、ここはあの部屋からさらに下に位置した場所なのだろう。その証拠に、明かり取りの光もさっきの部屋より随分と弱々しい。
よくよく見ると、部屋の半分が真っ黒だった。
光が届いてないのか、もしくは汚れているのか――と思ったが、薄っすらとちゃぷちゃぷした音が聞こえる。これは……水音?
……ここは『貯水池』だ。
ここに、一時的に水を貯めているのだ。貯めておいて、川の水位をコントロールするのに使うか、もしくは干害の時に使うのだろう。ここの水流も、さっきの制御室でコントロールされるんだろう。
――現状は、まあ、何となくわかった。
簡単に言えば、変な罠にかかって、私一人がさらに地下に飛ばされたのだ。
それ以外の害はない。ラスティさんも『防衛用』と言っていたし、あの罠は魔物の仕業じゃなくて、元々仕掛けられていたものだったのかもしれない――それこそ、魔物が入り込んだ時、誘い込んで別の場所に飛ばし、逃げる時間を稼ぐために。
その防衛装置で被害に遭っていては本末転倒だが。
……まあ、そんな考察は後回しだ。
ともかく、早く戻って、ラスティさんとシオンちゃんに合流しよう。そう思い、出口を探そうと辺りを見まわした、その時だった。
――ジャブ、ジャブ
……水音が、急に大きくなった。
ちっちゃな地震でも来たかな? もしくは、ラスティさんが何かレバーを動かしたかな? ――という、私としては実にポジティブな希望的観測をしたのだが、まあ、正直、この状態でそれはないということは、私もわかっている。十分わかっている。……そもそも私たちは、『魔物退治』に来たのだ。
恐る恐る振り返る。
さっきまで平らだった真っ黒な水面に――影が二つ。
暗闇の中、ぎらりと、瞳が鈍く光る。
「――――ッ」
声にならない声を上げ、私は咄嗟に駆けだす。
それを号砲とするかのように、影がザバンと空中に飛び出した。
さっきも見た、ナマズの化け物と巨大エビの化け物。
それぞれ一匹ずつ。
ナマズの口がぷくりと膨らみ、次の瞬間、ずどんと音が鳴る。
放たれた水鉄砲。
私の足元に着弾し、地面をえぐる。
「……ひ……ぅ」
転びそうになりながら、息も絶え絶え、私は逃げ惑う。
後ろを見、前を見。
必死に扉を探す――しかし見当たらない。
二発目の水鉄砲。
今度は壁に衝突し、衝撃で飛ばされた。
転びながら、手をつき、何とか立ち上がる。
と、いつの間にか、目の前に巨大エビ。
「………………ッ!」
見上げた次の瞬間、その大きなハサミが振り下ろされる。
咄嗟に転がる私。
私の背後で衝撃音。
石造りの壁が破壊された。
巨大エビの懐から這いだし、私はなおも駆け回る。
扉を探すが、見当たらない。
見当たらない、見当たらない。
そして――
――ついに、壁の隅に追い込まれてしまった。
ジリジリとにじり寄ってくる影。
静かに私を見下ろすナマズとエビ。
ナマズの口が、私の眼前、ぷっくりと膨らみだす。
――咄嗟だった。
……いや、違う。そもそも『これ』は、こういう時のために準備したのだ。想定通りなのだ。
私は腰元の道具袋から、巻物を二つ取り出す。
そしてそのまま、眼前でばさりと一枚開く。
ナマズが口をぱかりと開けた、その瞬間――
――バジジジジジジィィィイッ
手元で光が明滅し、轟音が鳴る。
その反動で壁にたたきつけられ、ごちんと頭をぶつける。
目を白黒させつつも前を見ると、モクモクという煙。
ナマズが立ち尽くしたまま、ぷすぷすと焦げ付いている。
良かった、当たった! ――と安堵するのもつかの間、今度は巨大エビが私に向かって飛び掛かってきた。
私は二本目を開き、エビに向ける。
――バジジジジジジィィィイッ
先程と同じ、光と轟音。
見ると、巨大エビも黒焦げになり、そのまま動かなくなった。
「…………は、はぁ、はぁ」
息を上げながら二匹の様子をうかがった。が、どちらもそれ以上動く気配はない――た、倒せた?
恐る恐る立ち上がり、そろそろと、二匹と距離を取る。
今に急に動き出すんじゃないかと戦々恐々としながら離れたが、やはり二匹は動かなくなっていた。
這いずるようにしてさらに数十メートルの距離を確保し――ようやく一つ、私は大きく息を吐いた。
「……二本買っといて、良かった。…………ほんと良かったッ!」




