5日目①「トラップ」
「へぇ……。これが水路機構の制御室か……。随分と大仰なもんだな……」
翌日の朝、ヴィーツェ村を出発してからおおよそ三十分後、ラスティさんは管理室に据え置かれている大きな機械を目の前に、腕を組んで感嘆のため息を漏らした。
教室ぐらいの大きさの古ぼけた部屋。
その壁際にやたらと大きな机が置かれており、その上にドカンと、木と金属でできた筐体が鎮座している。その前面には(ショベルカーの運転席に付いているような)鉄製のレバーがいくつもせり出していて、背後には沢山の銅光りした管が繋がっている――多分、そのレバーをあれこれ操作することで、後ろの管を伝って、あちこちの水路をコントロールするんだろう。具体的な仕組みはまったくわからないけど。
「……ふうむ、一応ある程度の操作方法は記してあるし、操作目的ごとにレバーもまとめて設置されている。……おまけに防塵対策も十分されているし、潤滑油の投入口まで備えられているとは……。さすがはテクニティカの遺産、てところか……」
機械を眺めながら、ラスティさんはしばらくぶつぶつと独り言を呟いている。何やら感じ入るものがあるのだろう。この感動(?)を邪魔するのもアレだと思い、私は一歩下がる――その際、壁際に積み上げられた死骸が目に入る。
――この小屋に巣食っていた魔物の死骸である。
この部屋に入り、ものの数秒でラスティさんが切り捨てたもの。
ヒレが人間の手みたいになったナマズと、私の数倍の大きさの巨大エビだった。しめて八体。一言で言って――気持ち悪い。唯一の救いは、ここを魚屋の店先だと思い込めば、何とか直視に耐えられることくらいだ。
……弟のゲーム画面を見ていた時は、特に何とも思わなかったものだけれど。
実際『魔物』なんてものが目の前に居たら、そりゃこうなるよな、という感想だ(よだれを垂らした狼や木の化け物もそうだったけど)。近年はその魔物の中でも人気な奴がいると聞くが、少なくとも、実際に飼いたいなんてことは絶対に思ってはいけないだろう。リアルになればなるほど、幻滅するのは必至だ。今の私のように。
ちなみにシオンちゃんは、その脇で涼しい顔をして立っている(ラメルを頭に載せたままで)。
戦闘の際、ナマズが口から吐き出した水鉄砲が何発か私の方に跳んできたのだが、私の眼前でばしゃりと弾け飛んだ。見ると、私の横にはシオンちゃんが立っていて、私たちの周囲には、うっすらと、白い壁みたいなものが立っていた。
――シオンちゃんによる防御壁。
ラスティさんが「シオン様がいれば大丈夫」と言っていたのはこういうことかと、(一応)納得する。エイネ渓谷の小屋に張られていたのと同じか、それより強力なものなんだろう。
ナマズの水鉄砲の内、防御壁から外れたものは周辺の石造りの壁を粉々にしたので、その威力は証明済み。同時に、シオンちゃんの防御壁の性能の高さも私に実証されたのだった……。
……まあなんにせよ、無事に任務を果たせそうで良かった。
ラスティさんも、木の化け物の時に使った火の魔法を放つこともなく、剣を振るうだけで魔物を倒してしまった。今回のはある程度余裕のある相手なのかもしれない。ここの魔物が弱いのか、もしくは存外ラスティさんが強すぎるのか、私にはわからないことだが。
一応、今回の依頼内容は『この小屋に巣食っている魔物の退治』となっている。
まだ見ていない部屋もあるので、言葉に準じるなら、そちらの確認もしなければならないだろう。
私としては、魔物が弱いなら弱いで、さっさと駆除して村へ戻りたいのが本音だ。予定通りなら、今日の午後もまた数時間歩かなければならないわけだし。
足も痺れてきたし、そろそろ機械の見学に満足してくれないかしらと、ラスティさんの背中を眺めながら、壁に寄りかかった――その時だった。
――ヴォン
そんな小気味良い音が聞こえてきて、何事かと肩を震わせると――足元が眩しい。
見ると、私の立っている床が赤く光っている。
その光は丸い模様になっていて、その内側にはごちゃごちゃと文字みたいなものが描かれている。
「な、何これッ……!」
慌てて跳び退こうとしたが、足に力が入らない。足が動かない。
音と私の声に反応し、ラスティさんとシオンちゃんがこちらを振り返る。私の足元を見るや、厳しい表情になり、
「…………くっ、転送トラップかッ!」
「ちょ、これ、ど、どうなるんですかッ……?」
「落ち着けッ! 多分大丈夫ッ! 防衛用だッ!」
「で、でも――」
言っているうちに、私の四方は白い光に包まれてしまう。
こちらに駆け寄り伸ばしてきたラスティさんの手も、届かない。眼前で消えてしまう。
すべてが真っ白。何も見えない。
ふいに、
「――下へ降りなさい」
そんなシオンちゃんの声が聞こえてきた。
次の瞬間、
――ヴォン
という音がまたして、視界がブラックアウトした。




