2日目①「教会前」
「それじゃ、この辺でバイバイだね」
ノーラさんは教会の前に着くと、ニンマリ笑顔で私に笑いかけてきた。
「いやー、面白い話が聞けて、あたしも楽しかったよ」
「いえ、こちらこそ、色々頂いて、すいません。助かりました」
「あたしはこれでもシスターだからね。困ってる人がいたら助けるのは、仕事みたいなもんだよ。あっはっは」
ノーラさんは豪快に笑う。
何とも、私が今までイメージしていた『シスター』とはだいぶ印象がかけ離れたタイプの人だ。この豪快さに最初は面食らったものだが、思い返せば、テレビで見たゴスペルを歌うようなシスターには確かこんな感じの人もいた気もする。あまり自信のない記憶だけど。
改めて見ても、この人が教会で祈りを捧げている姿なんて想像できない。もしシスターの恰好(修道服と言うんだっけ?)をしていなかったら、日焼けした男勝りのお姉さんという感想しか持てなかっただろう。服装は大事だ。
「あたしも数日はこの教会に滞在するつもりだから、また何か困ったら訪ねてきてね。相談に乗るよ。もしどうにもならなかったら、この教会に身を寄せるってのもありだし」
「はい、ありがとうございます」
私はぺこりと頭を下げる。
「……そうだ、ついでにこれもあげよっかな」
思いついたように言いながら、ノーラさんは肩にかけた革製カバンを漁りだした。
私は慌てて、
「えっ? いや、これ以上は申し訳ないですよ! 宿代貰って、パンも分けて貰って、この翻訳のネックレスも貰って、護身用の巻物も貰って、もう充分です!」
「はっはっは。奥ゆかしいな、コノハちゃんは」
ノーラさんはおかしそうに笑う。
「気になさんな。あたしとしても、余りもの押し付けてるようなもんだし。これだって、使う当てがないから、そろそろどっかで売ろうかと思ってたくらいなんだから」
そう言いながら、ノーラさんはカバンから何かを取り出した。手のひらサイズの、束になったカードのようなものだった。
「ほら、コノハちゃん、『元の世界』のアイテムもいくつか持ってきてるんでしょ? それがいざって時に使えなかったら、もったいないじゃない。だから、それを直すための魔法カードだよ。全部で八枚」
「八枚も……」
「元は十枚セットで売ってたんだけど、愛用の皿が割れた時と郵便受けが壊れた時に使っちゃった。だから残り八枚。実は家にもまだ何枚も残ってるからね。手に余ってたのさ。ぶんぶん振れば使える簡単なもんだし。気にせず使って!」
「え、あの、えっと……」
私はもごもごと言いよどんだ挙句、
「……じ、じゃあ、頂いておきます。ありがとうございます」
再度ぺこりと頭を下げる。
「ふふふ。あたしもこうやって旅してる最中に、コノハちゃんみたいに『他の世界』から迷い込んだって人には何人か会ったことはあるんだよ。ただ、一期一会というか、その後は結局再会する機会もなかったから、その人たちがどうしたのかまでは知らないんだよね。力になれず申し訳ない」
「いえ、め、滅相も……」
私はさらに恐縮する。……というか、『一期一会』なんていう小難しい(と私が勝手に思っている)熟語がさらっと出てきたが、この『翻訳魔法』のネックレスとやらはどんな性能なんだろう? この前、英語の問題集をパソコンで機械翻訳させてみたら、わけのわからない暗号文になって返ってきたものだが。
「そいじゃ、とりあえずコノハちゃんは宿屋に部屋を取りに行きな。お金があっても、部屋が埋まってたら、結局野宿になっちゃうからね」
「そ、そうですね。じゃあ、行ってきます」
「宿屋の部屋取りにゃ、特に難しいもんもないし、一人で行けると思うよ。頑張って!」
「は、はい。ありがとうございます」
私は三度目のお辞儀をする。
そして大きく手を振っているノーラさんに手を振り返しつつ、とぼとぼと一人、町の中心部にあるという宿屋へと向かったのだった。