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古井咲コノハの9日間  作者: 式織 檻
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4日目③「道具屋」

 当然のことながら、魔物退治には、明日の朝向かうことになった。

 午前九時頃に村を出発し、昼前にはその魔物を蹴散らし、水路を変えてもらい、昼過ぎには山を下りて、その地下道を通してもらう。そして夕方にはレイド国へたどり着けるよう西へ移動――という強行軍らしい。というのも、その魔物が巣食っている小屋と言うのは、ここから歩いて三十分くらいのところにあるのだそうだ。

 もう勝手にしてくれ……と思っていたのだが、宿を取りに行く際、ラスティさんが


「さあ、早く部屋に入ろう。明日は早起きだからね」


 と言ってきた――私にもついて来いと言っているようなものである。

 いくら私が『レイド国へ連れてってもらっている』立場とはいえ、さすがにそれはあんまりだとラスティさんに抗議したのだが、巫女であるシオンちゃんがいれば心配はないと言われ、さらに疲れている旨を話しても、だったら俺がおんぶするさの一言で一蹴されてしまった。

 二度三度の問答でも、この結論は変わらず。

 何だかもう、『これはこういう成り行きなんだ』と諦めるしかないような話だった。

 それならば最早、私のするべきことは決まってくる――今日は夕飯をお腹一杯食べて、早めにぐっすり眠る。これだけである。

 村の中ほどにある宿で受付をし、私たちはさっさと部屋に入った(各々一部屋ずつ、三部屋を先払いで取ってくれた。さすが国に雇われている騎士様、お金持ちなもんだ)。夕飯まで一時間と言われ、それまで足のマッサージでもしてようか、もしくは湯船にお湯を溜めて足湯でも――と思ったのだが、私にはやり残していることがあった。



 そんなわけで、私は宿のご主人に場所を聞き、村の道具屋さんへと向かった。



 時間も時間なので店じまいの準備をしているところだったが、閉店時間にはギリギリ間に合ったようだった。コンビニくらいの大きさの店内に、ハサミやペンやホウキみたいな日用品から、よくわからない小瓶や壺まで、所狭しと並べられている。各道具の説明書きが読めないので、見た目で予想がつかないものは名前も用途も本当にわからない。

 時間もなさそうなので、私はカウンターで店番のおばさんに聞いた。


「このお店って、魔法カードは売ってますか?」

「魔法カード? ああ、そりゃあ売ってるよ。道具屋だからねえ。流通してるもんは一通り揃えてるよ。なんせ、この村唯一の道具屋だからねえ」

「ああ、そうですか、よかった……」


 私は安堵しつつ、


「じゃあ、修復魔法のカードってあります? おいくらですか?」

「しゅ……修復魔法?」


 急に、おばさんがきょとんとした顔になった。

 もしかして名前が違ったか? と思ったが、


「……あるにはあるが、そんな数はないよ」


 との返答。……どういうこと?


「なんであんたみたいな若いもんが知ってるのかは知らないが、だいぶ昔――それこそ何十年も前に、いくらか出回ったりはしたけど、すぐに見なくなったよ。なんせ、『修復』と言いつつ、モノの時間を戻す『時空間魔法』の類だからねえ。作れる魔術師もほとんどいなくて、次第に他のカードに比べて値段もつり上がって、結局流通も止まっちまったのさ」

「……そ、そうなんですか?」

「そうさ。そもそも、そんなもんが世に出回ってたら、みんな道具を直し直しでずっと使えることになるからねえ。ウチみたいな道具屋は商売あがったりになってたろうよ」


 うふふ、とおばさんは可笑しそうに笑う。

 ……どういうことなんだろう?

 ノーラさんには、余っているからと、半ば押し付けられる感じで貰ったものだったけれど――これ、もしかしてものすっごく貴重なものなんじゃないだろうか? 言われてみれば確かに、『道具の時間を巻き戻す』なんてとんでもないことをしているわけだし、これがあったら、色んな商売に影響がありそうなものだ。

 もしかしたら、ノーラさんは私に気を遣わせないようにあんなことを言ったのだろうか? あるいは……ノーラさん自身も、その貴重さを知らなかったとか?

 そう考えている間に、おばさんは足元の棚を引っ掻き回して、一枚のカードを取り出した。


「ほら、これさ」


 と言って、カウンターに置かれたカード――模様は、私が持っているのとまんま同じ。けれど、色がだいぶ黄ばんでいる。それこそ、何十年もの時が経過したように。


「……これ、貴重なものなんですね?」

「ああ。とはいえ、売り物は売り物だよ」


 おばさんはにこりと笑う。


「ただ、ずっと埃被ったまま、棚の隅に置きっぱなしだったからねえ。ちゃんと使えるかも怪しいし、まあ、安くはしとくよ。八百円だ(翻訳ネックレスのせいか、『この世界』の通貨は、なぜか『円』に訳される)。ただし、使えなくても返品はお断りだよ」

「そ、そうですか。じゃあ、それ、買います」


 言って、私は「100」と彫られた硬貨を八枚、財布から出し、カウンターに置く――正直、迷いはない。使えない可能性があろうと、私は買うしかない。私にとっては、命と同じくらい貴重な道具なのだ。


「――まあ、もしかしたら、このカードがまた生産されるようになったのかもねえ。ほら、こんな山ん中の村じゃ、都会の流行りなんて、終わったくらいにやってくるもんだからねえ。船で川を下れた時は、レイド国との往来も結構頻繁だったんだけど、今はなかなかそうもいかないからねえ」


 おばさんは硬貨を数えながら、若干愁いを帯びたような声で言う。


「ただまあ、魔獣や魔物が巣食うかどうかなんて、天気の良し悪しと同じで、ワタシらにはどうしようもないからねえ。この村の水路機構が壊されてないだけ、まだありがたいもんさ」

「魔法で守られているんですか?」

「いや、そんなことはしてないよ」


 私の質問に、おばさんは首を横に振る。


「そんなことしてたら、いちいち魔術師さんを雇わなきゃいけなくなるからねえ。色々大変だったろうよ。この水路構造は、大事なところは鍵付きの頑丈な扉で守られてるから、魔獣に侵入されても、なかなか壊せないようになってるんだとよ。そのおかげで、簡単な補修だけでこれまでずっと維持できてるのさ」

「へー、そうなんですね……」


 いつの間にか、会話が買い物の話から村の説明みたいな世間話になってきていた。直近では私に関係ないような話の気もした――しかし、一応言われたのだ。アドバイスをもらったのだ。『情報収集には出来る限り努めた方が良いよ』と。何が、どんな情報が、後で役立つかわからない。できるだけたくさん聞いておきたい。

 ならばと思い、


「その水路って、いつ頃できたんですか?」


 と聞いてみる。


「あの湖の畔の小屋といい、周りの柵といい、だいぶ年季が入ってましたけど」

「たぶん、五、六百年くらいかねえ」

「……五、六百年ッ?」


 情報の一発目で驚かされた。


「そうさ。そんくらい前からずっとあるよ。それこそ、ワタシが生まれるずっと前からねえ」


 私の驚き具合に、嬉しそうにするおばさん。


「ワタシも親に聞いた話でしかないけど、六百年くらい前に、『テクニティカ』っつう、魔術師の集団がいたんだと。団員は数人だけど、だいぶと高等な魔術師の集まりだったそうさ。そのうちの一人が、この村に来たとき、あの湖とその風景にいたく感動したそうでねえ。その景観とこの村を守るために、水流を利用して色んなことができる構造をこの山の地下に作ったんだそうだ。おまけに、魔力を全然必要としなくて、操作室のレバーを動かせば全部操れるようにしてくれたんだと――まあ、その構造を作るのに、魔法は使ったろうがねえ。この構造のおかげで、水害も減ったし、川の往来も便利になったし、畑仕事もし易くなったし、干害が起きてもある程度耐えられるようになったのさ。ほんと、ありがたい話さね」

「……はー、凄いお話ですね」


 私は感嘆する。伝聞とはいえ、おとぎ話というわけではさすがにないだろう。現に、その構造が今もこうしてあるのだ。

 テクニティカ――その名前からすると、何だか魔法と対極にあるようなイメージだが、翻訳の問題である可能性もあるため、結論は出せない。ただ、魔法というものがあれば、『元の世界』のいわゆるテクノロジーも、相乗効果で凄い発展する可能性があるんだなあと、一つ新たな発見をした気がした。


「お嬢ちゃん、観光だろう? あれだったら、お土産でも見るかい?」

「あ、いえ……」


 水を向けられ、私は慌てて首を横に振る。残念ながら、私は観光で来たのではないのだ。そんな心に余裕のある状態ではない。旅の途中であり、魔物退治の途中でもあり、もっと言えば、迷子の途中でもある。


 ――と、ここで、私ははたと思いつき、


「……このお店、魔法カードがあるってことは、呪文書もあるんですか?」

呪文書(スクロール)かい? そりゃあるけど……あんたみたいな女の子が、何に使うんだい? 護身用かい?」

「はい……まあ、そんなところです」


 とぼやかして答えつつ、


「種類は、何があります?」

「そりゃあ、一通りはあるさ」


 と、おばさんは、今度は背後の棚をごそごそと漁る。


「どれが欲しいんだい? 護身用ってんなら、『炎の球エメラ・ヴァル』かい? もしくは治癒系かい?」

「えっと……」


 正直これ(・・)は曖昧で独りよがりなイメージでしかないし、それに賭けてしまう怖さも、あるにはあった――が、私は意を決し、答える。



「私が欲しいのは――」

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