3日目⑦「人形」
ずんっ
――という音が聞こえてきそうな佇まいで、女将さんは店先で待っていた。腕を組み、胸を張り、肩を怒らせてという、完全無欠の仁王立ちである。この世界の言葉で何と言うのかは知らないが。
私とラスティさんと旦那さんと茶猫が見守る中、シオンちゃんはトコトコと女将さんの前に進み出て、
「……ただいま、帰りました」
と、呟くように、無表情のままで言った。そして、
「……ごめんなさい」
と、その小さい頭を下げる(直前に私がアドバイスした通りの行動である)。
これを見下ろしながら、女将さんは鼻息と共に、
「何がだい?」
と問いかけてきた。
この問いかけに、シオンちゃんは僅かにきょとんとしたような表情になる。次いで、しばらくの考えるような間があった後、
「行先と理由を明確にしなかった」
と答えた。
「時間を優先し、最低限の文言で済ませてしまった。あれを見た際の皆の思考をまったくシミュレートしていなかった。伝わるまでにかかる時間及びその精度の検証をしていなかった。その後の私の行動予定の伝達、そちらへの行動選択の提案をしていなかった。放棄していた。これらは私の完全な落ち度――」
「――違うだろうッ!」
女将さんの一喝。
私とラスティさんと旦那さん――そして周りの居合わせた人や店内の人まで――びくりと肩を震わせる。
「『心配かけてごめんなさい』だろうッ!」
声を張り上げる女将さんに、シオンちゃんは面食らったような表情を向ける。
「これだけの人に迷惑かけて! 私にも、ウチの人にも、騎士さんにも、コノハにも心配かけて! みんなどれだけ一生懸命にお前を探してくれたと思ってるんだい! どれだけ大変な思いをさせたと思ってるんだい! ……あんな森の中に一人で入って、無事で済まなかったらどうするんだい!」
シオンちゃんの顔をまっすぐ見下ろし、声を張り上げる女将さん。そして、
――ゴチンッ
金髪の頭頂部に、ゲンコツが落ちた。
「なぁぁぁああっ! ちょ、し、シオン様に、な、何てこと……」
ラスティさんは顔を蒼白にし、大慌てで、シオンちゃんに駆け寄ろうとする――しかし、旦那さんがその肩を掴んで止めた。
頭をさするシオンちゃん。
その前で女将さんは膝立ちになり、今度はシオンちゃんをぎゅっと抱きしめた。そして耳元で言い聞かせるように、
「……もう二度と、こんなことするんじゃないよ」
「…………はい」
ぽかんとした表情のまま、しかし何となく何かを理解したような声で、シオンちゃんは答えた。
しばらくの無言の抱擁の後、女将さんはおもむろに、すくりと立ち上がった――そしてパッといつもの笑顔になり、
「さ、みんなもお腹空いたろう。ちょっと早いけど、夕飯にしようかね」
と、快活に言って、店の中に入っていった。説教はこれで終わり、ということだろう。後にはまったく引きずらない、女将さんらしい切り替えだ。
旦那さんもシオンちゃんの頭をぽんぽんと叩いた後、続いて店に戻っていく。
ラスティさんは、はあ、と溜息をつき、
「だ、大丈夫ですか、シオン様? とりあえず中へお入りください……。たんこぶにならないか、見なければなりません」
と気疲れしたように中に入っていった。
私はシオンちゃんの傍に寄り、
「……シオンちゃん。わかった? びっくりしたかもしれないけど、女将さんも、シオンちゃんのこと凄く心配してたから――大事だから、大切だから、あんなに怒ったんだよ? だから、もうこれ以上、心配かけるようなこと、危ないことはしないって、約束してね?」
と、フォローのような説明をする。
シオンちゃんは、この歳で、国お抱えの巫女様という立場だ(具体的にどんな職務でどんな偉さなのかは知らないけど)。もしかしたら、立場上大事にされこそすれ、こんな感情的になられるほど、親身に怒られたことなどないのかもしれない。これが初めてなのかもしれない。ならば、誤解されないようにしなければ――女将さんの愛情ゆえのものだということをちゃんとわかってもらわなければ、と思っての説明である。
私の言葉に、シオンちゃんはこくりと頷いてくれた。
その反応に私は満足し、
「さ、私達も中に入ろう」
と言って立ち上がった。そして店の扉を開ける――その間際、背後で、薄い呟きが聞こえた気がした――
「――ただの、人形なのに」




