3日目⑤「邂逅」
「ふふ。大丈夫かい、コノハ?」
ラスティさんに手を取られ、私は立ち上がった。
生まれたての仔馬のように膝を震わせつつも、何とかかんとか直立になる――膝が震えるなんてのは、十六年の人生で初めての体験だ。火の玉の魔法が目の前から飛んでいくのを見たせいか、それとも魔物が黒焦げになるのを見たせいか……。
もうちゃんと立っているというのに、ラスティさんは手を離してくれない。がっちりと手の甲を握られている。(まあ、半分予期はしていたが)。手を借りたのはこちらなので振り払うわけにもいかず、
「あ、ありがとうございます……もう大丈夫です」
と私は笑顔を(無理やり)作った。ラスティさんは演技じみた微笑と共に、ようやく手を離してくれた。
私は自由になった手で尻に付いた土を払いながら、
「……ところで、今のは何だったんですか?」
と聞いてみた――いい加減、ちゃんと聞いておかないと命に係わると思っての質問である。聞くのが遅すぎた気がしないでもないが、正直、今回のこれでようやく『この世界』の状況が見えてきたところなのだ。魔法、武器、魔物……元の世界とは、色んなものが違い過ぎる。この『違い』は死活問題たり得る。
私の質問に、ラスティさんは小首をかしげ、
「『今の』?」
「今倒した、土の化け物――魔物って言ってたやつです」
「ふふ。魔物は魔物さ」
ラスティさんは肩を持ち上げながら言う。
「密度の高いエーテルを取り込んでしまった動物や植物、その他の物体が、意識的あるいは無意識的に暴れて、他者に襲い掛かるようになってしまったものさ」
「……その、『エーテル』っていうのは?」
「なんだ、そんなことも知らなかったのかい?」
ラスティさんは大仰に驚いたような顔で言った。しかしすぐ苦笑になり、
「……ああ、そういえば、コノハは『別の世界』から来たって話だったか。さっきの呪文書も、もしかして貰い物とかなのかな?」
「スクロール?」
「君が使ったんじゃないか。『炎の球』の呪文書」
ああ……ノーラさんに貰った火の玉の巻物のことか……。
「ふふ。本当に色々と知らないんだなあ。それはそれで可愛らしいけれど、この世界で生きるにはいささか危険だね――ええと、簡単に説明するとね、エーテルっていうのは魔法の動力源みたいなものさ」
「動力源」
「そう。そのエーテルに、大昔から伝わる呪文を使って各属性の作用を加えて、魔法として発動させるのさ」
ふうむ……わかりやすいようなわかりにくいような、漠然とした説明だ。飲み込めた気はしないが、イメージとしては何となくわかるような気がする。
「エーテルってのは、この空気中にも漂っているし、人間の体内にも蓄積されているものさ。物理的に知覚はできないけれどね。それを呪文なり何なりで集めたり抽出したりして、魔法の発動に使う。当然、エーテルの密度が高いほど魔法の威力が高くなる。だから、そのエーテルの密度をわかりやすく『魔力』なんて言ったりする」
「魔力」
この言葉は聞いたことがある。よく聞く気がする。この世界の言葉でもそういう表現なのか、それとも翻訳するとこういう表現になるというだけなのか。
「……あともう一つ教えてほしいんですけど、何で今の木の魔物は枯れ枝が弱点だったんですかね?」
「ふふ、見てみればわかるよ」
ラスティさんに促され、私は火の玉で燃やされた(燃やした)、枯れ枝が積まれていたところを見てみた。
周囲の雑草は黒焦げになり、元々あった枯れ枝も消し炭になっていて――そこから、焦げた『木の根』がのぞいていた。
「……根っこ?」
「そう」
パチン、とラスティさんは指を鳴らす。
「この大木が取り込んだエーテルの塊――『核』を、こいつは根っこの部分に隠していたんだ。しかし動き回るたびに土の上に露出してしまうから、葉や枝で覆っていたんだろうけど……ふふ、結局コノハに見つかったというわけさ」
見つかったというか、単に目についたというか……。
「体積が大きい魔物と闘う時は、その体躯全体に攻撃を加えるのは難しいからね、こうやって『核』を探してそこを叩くのセオリーさ」
なるほど。勉強になる。覚えておこう――いや、これ以上この知識が役に立たない方が断然ありがたいのだけれど。
ここで、ラスティさんは獣道の先を指さした。
「さあ、そろそろ先へ進もうか。ほら。こいつの幻術魔法も解けて、道もはっきりした。見なよ。あそこに小屋が見える」
言われてみると、もうすぐそこに小屋があった。平屋だが、そこそこ大きそうな建物だ。出発前に聞いていた、この『エイネ渓谷』の中心にある避難用の小屋だろう。
「……正直、疲れましたし、お腹も空きました。休憩しましょう」
「そうだね。頂いたお弁当、あそこで食べようか。……ランチには殺風景な場所だが、こんな成り行きでレディと二人で食事できる機会を得られるとは、何と幸運なことだろうね」
恥ずかしげもなく私の顔を見ながら言ってくるラスティさん。
一応護ってもらっている手前、邪険にもできず、私も笑顔を返す。が、いい加減ほっぺたの筋肉がつりそうだ……。
小屋の外観は、こんな森の中にあるにもかかわらず小綺麗だった。なんでも守護魔法がというのがかかっているため、魔物は近づけないようになっているとのこと(まあ、そうでもなかったら避難用にならないだろう)。
ラスティさんは腕組みし、周囲を見回しながら、
「食事の後、この周囲に範囲を絞って探索魔法を使ってみようか」
「探索魔法――ラスティさん、そんなのも使えるんですか?」
「いや、独力では残念ながらできないよ。こんな時に呪文書に頼るのさ」
ラスティさんは腰元の道具袋を軽く叩いた。私は「ああ、なるほど」と答える。
獣道をてくてくと歩き、小屋の前にたどり着く。
「さあ、どうぞ」
と、扉を開けるラスティさん。促されるまま、私は小屋の中に足を踏み入れた。
結構広めのロッジみたいなつくりの建物だ。丸テーブルとソファーとベッドが並んでいる。どころか、簡易的なキッチンやシャワールームまでついていて、何とも居心地のよさそうなところだった。
そのソファに女の子がちょこんと座っていた。
長い金髪の十歳くらいの女の子。くるりと振り返り、私の方を見てきた。
「……あ、コノハ」
「ああ、シオンちゃん。いた、いた……――
――……いたぁぁあああああああああ!」




