プロローグ
この後語られる一連の話の主役は、残念ながら僕ではない。
僕のクラスメイトである高校二年の女の子――古井咲木ノ葉なのである。
僕の出番など、結局のところ端役もいいところだ。話の大部分は、木ノ葉が、常識的に考えればまあまずないだろうという大問題に巻き込まれ、翻弄され、相当に苦労したという話で、その詳細については僕も終わった後に聞かされただけである。
少なからず僕がこの件に絡んだのも、言ってしまえばただの偶然に過ぎない。
木ノ葉の家と僕の家はそれなりに近所にあり、幼稚園も小学校も中学校も一緒だった。
幼い頃に公園なんかで一緒に遊んだこともあったらしく、木ノ葉と僕とは、言ってみれば幼馴染と言えなくもなくもないような関係なのかもしれない。
ただ、実際によく話すようになったのは高校に入ってからだ。
そんなものだろう。
幼馴染の恋愛話なんてのはフィクションの世界ではよく聞く話だが、現実的に考えれば、まずその幼馴染が異性であるかどうかで約五十パーセントのふるいにかけられるわけだし、さらに同学年かどうかでも変わってくるし、最終的には、そいつとそりが合うかどうかで付き合い方が全然違ってくる。
僕たちの場合は、三番目がネックだったのだろう。
だから、僕からしたら――恐らく木ノ葉の方もそうだと思うが――小さい頃からお互い姿形を知っているクラスメイトという認識でしかなかった。携帯のアドレスを交換したのも去年のこと。委員会の連絡で必要に迫られて、という実に色気のない機会だった。
しかしまあ、それからはある程度仲良くさせてもらっている。
実はこれにはもう一つ理由があって、僕が入っている部活(テニス部)の先輩に、木ノ葉の従兄がいるのだ。そしてこの従兄――萩人先輩――が、友達付き合いの極めて少ない木ノ葉に目をかけているようで、
「木ノ葉に何かあったら、よろしく頼む」
と言われているのである。
当然のように、「何かって何だよ」というツッコみは心の中で散々繰り返しているが、この萩人さんは怖い先輩の部類に入る人なので、僕は口に出すのをぐっと堪えている(ちなみに、僕が『木ノ葉』と下の名前で呼んでいるのも、この萩人先輩と正確に区別するためである)。
そんなわけで、そんな理由から、僕と木ノ葉はつつがなく一年弱の友達付き合いをしてきたわけだが、二年に進級した直後の五月――いわゆるゴールデンウィークに、木ノ葉は先述の大問題に巻き込まれたのである。
これも僕は後から聞いた話でしかないのだが、その『きっかけ』をかいつまんで説明すると、つまりはこうなる。
しめて九日間あるこの大型連休に、古井咲家はヨーロッパへの海外旅行を計画していた。が、あろうことか、木ノ葉はその前日に大熱を出してしまったのだそうだ。
旅行をキャンセルしようかと家族内で議論になったが、そんなことになっては自分がいたたまれないと、申し訳なさ過ぎて死んでしまうと、一日寝てれば治るだろうからと、嘆願し、懇願し、土下座し、木ノ葉はどうにかして他の三人――両親と弟――に旅行を決行してもらった。
そして一日目の夜、だいぶ回復してきた木ノ葉は近所のスーパーで夕飯を買い、帰路を歩み、そしていつものように家の玄関を開け、中に入ったところ――
そこには、あまりにもわけがわからな過ぎて、
結果わけがわからなくなってしまうほど、
極めてわけのわからない世界が広がっていた、
……ということらしい(本人談)。
ゆっくりペースの更新ですが、気長にお付き合いいただければ幸いです……。