やり直し
選んで下さり感謝。
-寒い…。
40年生きてきた。生きてしまった。何も成さず、何も残さず。
-寒い。
やりたい事も無い、未来に希望などない。老後などもはや、生き地獄だろう。
-寒い。
夢などない。有るのは、ただ生きて過ごすだけの空虚であろう時間だけ。今まで生きたのと同じだけの…。
-なぜだ、どうして。
ああ…やり直したい。
「いつからですか?」
-声?どこから…。
「いつの時間から、やり直したいのですか?」
-子供?。
声のした方に、顔を向ける。と、そこには…。
「こんばんわ。今日は冷えますねぇ。」
10才くらいの男の子が、白いジャージを着てこちらを見ていた。
「凄い格好ですねぇ。まあこの部屋、暖房無さそうですから仕方ないですか。」
その子は、ジャージを着て布団にくるまり膝を抱える俺を見ながら、ため息をついた。
「で?やり直したいんですか?いつからです?時間、もしくは年の頃は指定できますか?」
「…できるのか?」
子供は、少し考えて…。
「貴方次第ですね。具体的な指定も出来ないようでは、確率が下がります。」
と、真顔で返してきた。
「凄く澄んだ願いが聞こえてきたので、思わず立ち寄ってしまいました。」
「澄んだ願い?」
「ええ。それ意外の雑念が非常に少ない願いです。」
そう言いながら笑顔を見せる子。
「お兄さん。他にもいっぱい叶えたい願いが有りそうに見えるのに、願っているのはたった一つです。」
…たしかに。今の俺は、寒くて腹が減って体が動かしづらくて…どうしようも無い。
「普通『生きたい』って思うモノじゃ無いかな…と思ったので、つい来てしまいました。」
未来に希望が持てないんだ、『生きたい』訳が無い。
「ただ……………。」
「ただ、何ですか?」
「先が無いのなら『戻り時』だろう。」
そう言うと子供は、少し考えて笑顔になり…笑い始めた。
…あはは。と一頻り(ひとしきり)笑った後…。
「願いは『人生をやり直す』でよいですか?」の、声に。
「…ああ。」と、返す。
子供は、大仰に手を広げ天を見上げると大声をあげる。
「『じゃっじ』!」
声とほぼ同時に、二枚のカードが降りてくる。
天使の絵柄が描かれたカードと悪魔でろう絵柄が描かれたカード。
「さあ、お好きな方をお選び下さい。」
俺は、取りやすい右側のカードを手に取る。
「では、選定を!」
カードが何枚もに別れ、俺の周りを回る。取りやすい所で手に取った。
「ふむふむ。シンプルで良いですね。」
カードには、コインの絵柄が描いてあった。
「コイントスをしましょう。」
子供はどこからか、一枚のコインを取り出し…俺に渡してきた。
「どちらの面があたりか、はずれかはご自分でお決め下さい。ただ、当たったかどうかだけを申告して下さればOKです。」
コインには『笑顔の子供が描かれた面』と『泣いている子供が描かれた面』があった。
俺は決め、無心になりコインを親指で跳ね上げる。コインは子供の足元に落ち…『泣いている子供の面』が出た。
「さあ!結果を!。」
大仰な手振りで、俺を促す。答えは…。
…夢?。
「どうした?」
父さんが、僕を心配そうに見てる。
「大丈夫?怖い夢でも見たの。」
母さんが、頭をなでてくれる。だから僕は…。
「大丈夫。よくわかんない、変な夢を見たの。」
母さんが「もう大丈夫よ。」と言いながら抱き寄せてくれた。
そうだ。旅行の帰りだったんだ。バスの中、外の雪を見ながら思い出す。
「来年も行きましょうね。」
母さんがそう言ってくれる。
「ああ、必ず休みを取ってみせる。」
父さんが両手を握りしめている。
…いつか見たような…気がする光景。
確かこの後…。
バン!
凄い衝撃と音が響く…目を瞑りぐっと身を縮込めやり過ごす。
体が、ぐるぐると回っているのが分かる。叫び声やガラスが割れる音が続き…衝撃。
………ここは…どうなった?。
「お父さん?」
誰かに抱えられている。どうにかして抜け出すと…。
「あ…ああ…。」
全身が真っ赤だった。
父さんは僕を抱えながら…頭の中身が半分になっていた。
母さんは反対側の席で、ぐったりしており…首から上が見当たらない。
「…ぁ……ぁ…。」
かすれた声しか出てこない。バスの床が壁になって迫ってくる…そこで世界が真っ黒になった…。
「おめでとう!大当たりだね!やった!やり直し成功です。」
クラッカーを鳴らしながら、子供が何か言っている。
「一番印象深い所から、再スタート!やったね!過去が変え放題だよ!」
一番変えたい過去は、変わっていない。
「大人の知識と経験を存分に使って、人生をバラ色に染め直そう!」
すでに血の色で染まってしまっている。
「それじゃぁ、僕はこの辺で失礼するよ。『成功』おめでとう!」
そういうと、子供は暗闇に向かって歩いて消えた。
…目を覚ますと、白い部屋。病院だろう。
戻ってきた実感がある。僕は…いや、俺は戻ってきたのだ。
「死にたい。」
「その願いは、叶えてあげられないね。」
未来に『望み』は無かった。見てきた、見てきてしまったのだ。
過去に『希望』が握りつぶされた。今実感している。今、実感している。
これからどうするか。長い長い人生が…『また』…始まる。
読了ありがとうございます。次は木曜深夜です。