1-8 ハンサムの優しいお節介
話が動き始めます。
では、どうぞ!
「小松さんのことが心配?」
あれよあれよと言う間にコーディネート対決を行うことが決まり、翔太に連れられて女性向けのショップに入ってから少ししたころ。今頃は、あのぶっきらぼうで口の悪い男と二人で服を選んでいるであろう幼馴染を心配していた綾香は、翔太の問いかけに我に返る。
「そりゃあ心配だよ。あの田島と二人だなんて」
「意外と楽しくやってるかもよ?」
「……田島が楽しむ姿も、笑麻を楽しませようとする姿も想像できないんだけど?」
親友への容赦のない評価に思わず翔太は苦笑いする。
「まぁ、あいつと付き合うにはある程度我慢が必要なのは間違いないな」
「ある程度?」
「おう。あれで根は優しくていい奴なんだぜ?」
翔太のフォローも綾香には全く響かない。そもそもなぜ翔太のような快活で友達の多そうなタイプの人間が、誰とも関わろうとしない悠斗と仲が良いのかが綾香には分からない。お互いにとって苦手なタイプのように思えてならないのだ。
「ただちょっと人のことを信頼できないだけなんだよ。俺としては、小松さんには諦めずに悠斗のことを好きでい続けてほしいところだね」
「笑麻にはもっといい人がいると思うけど……ちょっと待って!?なんで笑麻が田島のこと好きなの知ってるの!?」
思わず声が大きくなる綾香を、「どうどう」と翔太はなだめる。
「あれだけあからさまに矢印が出てたら分かるでしょ?まぁ……今カマを掛けて確認したんだけど」
してやったりの表情を浮かべる翔太に綾香のまなじりがあがる。綾香よりも頭一つ以上大きい翔太の隣でのその仕草は、ただかわいく拗ねているようにしか見えないことに本人は気付いていない。
「まぁ確かに偏屈な奴だけどさ……信頼出来る男だってことは俺が保証するよ」
その目は何かを思い出すようにどこか遠くを見ていた。
翔太のその真面目な表情に綾香は思わず言葉に詰まる。
「さて!とにかく今は服選びを楽しもうぜ!悠斗には絶対負けん!」
表情は一瞬にして崩れ、「クシャっ」という表現がぴったりの笑顔が浮かぶ。この笑顔にコロッといった女子は多いんだろうな、と綾香の心の冷静な部分が分析する。自身の頬がうっすら紅潮していることには気づかないフリをして。
………
……
…
時刻は午前十一時半を少し回ったところである。
「うわぁ……笑麻かわいい!!」
悠斗がコーディネートした服は先ほどの説明の通りで、小柄でかわいらしい笑麻の魅力を最大限に引き出しつつ子供っぽく見せない『清楚な女子大生』スタイルである。間違いなく男受けのよいファッションではあるが、狙い過ぎた感が出ていないため同性からも疎ましく思われない絶妙なバランスであった。
「あやちゃんこそ!すっごく似合ってるよ!」
一方の綾香の服は、上半身がブラウスのような形をした淡いピンクのワンピースであった。腰の細いベルトが女性らしいくびれを強調し、膝丈のスカートからは長い脚がスラッと伸びる。おしとやかで上品、今の綾香はまさにお嬢様と呼べる出で立ちであった。
実を言うと綾香は、翔太がこの服を選んだ際にかなりの抵抗を見せている。
――顔も髪型も総じて男っぽい。
自分のルックスをそう評価する綾香にとって、このような女性らしい服は自分に似合うはずがないと思えたのだ。
「本当?変じゃない?」
「騙されたと思って試着だけでも」という翔太の押しに負け、試着をしてみても違和感は拭えなかった。結局は店員と翔太の「すごく似合っている」という猛烈な称賛の声に負けたものの、いまだ自分がこの服を着こなせているか自身の持てない綾香である。
「全然!普段のあやちゃんとは雰囲気が違うけど、すっごくかわいい」
日ごろ綾香はパンツルックのシンプルな服装を好む。長身でスタイルが良い綾香が着るとスラッとして見え、とてもかっこいい。それは綾香の私服写真が後輩女子の間でこっそり出回るほどである。幼馴染である笑麻も、綾香の私服に対するイメージが出来上がっていたため、女性らしい服を着た綾香はとても新鮮だった。
「…………」
「……なんだよ?かわいいだろ?」
そんな二人の様子を眺めていた悠斗に、翔太が声を掛ける。
「……棚からボタ餅だね」
「……うるせぇ」
そんな会話が女子二人に届くことはなかった。
※
結局、コーディネート対決は引き分けに終わった。素材の魅力を最大限引き出した笑麻のファッションと、普段とのギャップが素晴らしい綾香のファッションに甲乙をつけることが出来なかったのである。女子二人が共に勝ちを譲りあったことが原因とも言えるが。
その結果昼食代は誰が払うんだということになり、翔太と綾香が互いに「自分達が出す」と主張して一悶着となったのだが、結局は四人で割り勘という事で落ち着いた。昼食後は近くの大手コーヒーショップに移動し、現在に至る。
「あれ?田島君は?」
連れ立ってトイレに行った笑麻と綾香が席に戻ると、悠斗の姿が無くなっていた。
「いやぁそれがさ……あいつ、この後用事があるとか言って帰っちゃった」
いつも突然なんだよなぁ、などと言いつつ翔太は頭をかく。
「もしかして……やっぱり私たちお邪魔だったのかな」
楽しかったのですっかり忘れていたが、そもそもは女子二人が待ち合わせ場所に押しかけたことからこの“ダブルデート”は始まっている。笑麻の隣では綾香も少しバツの悪そうな顔をしていた。
「違う違う!あいつはいっっつもこんな感じ。気にすることないよ」
言葉こそ呆れたような響きだが、その目は優しい。
「小松さん、大丈夫だった?あいつ無愛想だから二人でいるのは中々大変だったでしょ?」
「そんなことないよ?頑張って私なんかの服を選んでくれて……嬉しかった」
その心の奥まで見透かしそうな瞳を前にして、笑麻は取り繕うことなく本音で話す。
「宮本さんは?あんまり悠斗のことが良くは思ってなかったみたいだけど……印象は変わった?」
「うーん。悪い奴では無い、っていうことは分かった。まぁ小生意気だけど」
実際、綾香は悠斗への評価を少しだが改めていた。綾香の知る悠斗ならば、待ち合わせ場所に自分達が現れた時点で帰っていてもおかしくはない。しかし実際はコーディネート対決にも参加し、場の空気を壊すようなことをしなかった。思いのほかセンスが良かったのも高評価の一因である。
「そっか……」
翔太の纏う空気が変わる。
「二人に聞いて欲しいことがあるんだ」
それは静かな声だった。
「なんであいつがあそこまで人を寄せ付けないのか。あいつに一体何があったのか。それを聞いたうえで……それでもあいつの友達でいてやって欲しいんだ」
二人から目をそらすことなく、翔太は答えを待つ。
「一つだけ、いいかな?」
笑麻が声を挙げる。
「それは……私たちが勝手に聞いてもいいことなの?」
その問いかけに、翔太は少しだけ微笑む。
「確認はしたよ。『勝手にすれば』だってさ」
まさに悠斗らしい、興味が無いかのような返事。
しかし笑麻は知っている。悠斗は嫌な事は嫌だとはっきり言う人だということを。
「そっか……じゃあ大丈夫。あやちゃんは?」
翔太の様子から察するにあまり軽い話ではないことは間違いない。人の知らない過去を知るということは時に重荷になってしまうことだってある。
「乗りかかった舟だ。聞いてやろうじゃん」
綾香の返事を受け、翔太は一度下を向く。残っていたコーヒーを飲み干すと一つ息を吐いた。
「まず一番最初に言わなきゃいけないのは悠斗の両親のことだ」
店内には他の客もいるため、当然ガヤガヤとしている。しかし翔太の静かな声は不思議としっかり二人の元に届いた。
「悠斗の父親は元AV男優で今は監督をやっている。そして母親は元AV女優なんだ」
AV監督とAV女優のご夫婦は実際にいらっしゃいます。
有名どころだと、溜池ゴロ―監督と川奈まり子さんですかね。
川奈さんは、元AV女優の立場からAV業界に関する様々な提言をされており、本作にも多大な影響を与えてくださっています。
外の人間からは分かりにくく、かつ誤解されやすい業界だからこそ、川奈さんのように声をあげてくださる存在は非常にありがたいです。
さて、次の話ではいよいよ悠斗の秘密の一端が明かされます。
なぜ、悠斗はこんなにもひねくれた性格になっていまったのか。その背景にあるものを描写していきたいと思います。
よければお付き合いください!