1-7 Wデートはコーディネート対決!?
(なんでこんなことになっちゃったんだろう)
何度この問いを心の中で発しただろうか。目の前では悠斗が二着の服を持ち、どちらが自分に合うか、真剣な顔をして吟味してくれている。
(こんなの……こんなのデートだよ)
まだ好きという気持ちにまでは達していない。でも悠斗のことが気になっていることは間違いない。少しでも悠斗のことを知りたかったのは間違いないが、今日一日でハードルを飛び越えすぎている。
「うん……やっぱり君の場合ピンクだとしつこすぎる。かわいこぶった女感が出て胃がムカついてくる」
さっきからずっとこの調子である。一切オブラートに包むことのない悠斗の評価は女子として心に刺さるものが多い。『ある程度聞き流せないとこいつと友達はやってられないよ』という翔太のアドバイスが無かったらすでに挫けていたかもしれない。
とはいえ楽しいのだ。少なからず好感を持った相手が、自分に合う服を真剣に選んでくれている。厳しい言葉すらも徐々にかわいく思えてきてしまう。自分の中の悠斗への好意が恋心なのだと、笑麻は認識しつつあった。
(いけないいけない!ニヤニヤしてたら変な子だって思われちゃう)
怖くならない程度に表情を引き締めた笑麻は、この奇妙な”ダブルデート”の始まりを思い出すのであった。
………
……
…
「違ってたら申し訳ないんだけどさ。その服装って……張り込み用だよね?」
目的地であるファッションビルに入り何をしようかと足を止めたところで、少し困ったような笑顔を浮かべ翔太は笑麻と綾香に問いかける。別にダサいとまでは言わない。とはいえ出かけるにはあまりにもラフなファッションなうえ、妙に主張が強い麦わら帽子とスポーツキャップ。二人は顔を伏せて頷くしかなかった。
「……よし!だったら俺と悠斗で二人をコーディネートしよう」
翔太の提案に女子二人は驚いて顔を上げ、目を丸くする。ちなみに悠斗は少し疲れたような顔をして翔太を見ていた。
「自分以外の人に服を選んでもらったら今までとは違う一面を見つけられるかもよ?それにこいつ、男物のファッションはからっきしだけど女の子の服を選ぶセンスは抜群に……痛っ!?」
余計なことを言うな、とばかりに悠斗が思いっきり翔太の足を踏む。
「どうせならコーディネート対決にしよう!俺が宮本さんの服を、悠斗が小松さんの服を選ぶってことで。負けたチームは昼飯おごりね」
予算は五千円。この金額までは女子がお金を負担し、足が出た分は男子が自腹を切る。ただし合計で一万円以内には抑えること。全く趣味に合わないものを買うことを防ぐため、いらないものはいらないと女子は正直に申告すること、などなどルールが決まっていく。
「じゃあ制限時間は今から一時間後の十一時半で!よーいスタート!」
そう宣言すると、翔太は綾香を連れて一番近くにあった女性向けのファッションを取り扱う店へと入っていった。
あっという間に二人きりにされてしまった笑麻と悠斗。この状況が悠斗にとって好ましい状況であるはずがない。怒っていたらどうしようという不安な気持ちを隠し切れず、オロオロとした表情で笑麻は悠斗の様子を伺った。
「……はぁ。行こうか」
驚くことに悠斗は相変わらず疲れた顔はしていたものの、特に不機嫌そうではなかった。しかも翔太が言い出したコーディネート対決にも参加するつもりらしい。「くだらない」と言って帰ってしまってもおかしくないと考えていた笑麻にとっては衝撃的であった。
笑麻が呆気に取られている間に悠斗はエスカレーターの方へと向かっていってしまう。慌ててついていく笑麻であったが、さすがに隣に並んで歩く勇気はなかった。
「まずは全体のイメージだけど、何か希望はある?」
そして入ったのは全国展開されているファストファッションの店。安価で若者向けの服を多数揃えているため、笑麻にも馴染みのあるブランドである。
「えと……その……お任せします」
あれだけ仲良くなりたいと頑張っていたにも関わらず、いざ二人で話すとなると緊張で言葉がでない笑麻。そんな笑麻の様子を特に気にした素振りも見せず悠斗は淡々と店の中の服を物色する。
「じゃあ普段着に出来るような、君のイメージにあったものにしよう」
そう言いながら振り返ると悠斗は真剣な表情で笑麻を上から下まで観察する。顔が丸みを帯びているうえ、前髪が少し長いために気付かなかったが、顔のパーツ自体は整っていることに改めて気付かされる。
「普段ヒールは履く?」
「履かないです」
「肌の露出に抵抗は?」
「その……あんまり短いスカートとかはちょっと」
いくつかの質問をしたのち悠斗は笑麻から目線を外す。
「それから……別に敬語はいらない。同級生なんだから」
質問をしていた時よりも少し小さな、しかし笑麻まではしっかりと届く声。
先ほどハンガーに戻した服にもう一度手を掛ける悠斗を見て笑麻は思わず小さく笑う。
(もしかして……照れてるのかな)
それはおそらく空気感、もしこれが初対面だったならぶっきらぼうなだけだと感じたかもしれない。しかし今は、気まぐれな猫が身体を一度こすりつけてからどこかにフイっといってしまう時のように、微笑ましく思えた。
「わかった。改めてよろしくね……田島君」
このチャンスに一気に距離を縮めたいと思わなかったわけではない。だが、警戒心が強く気まぐれな猫と仲良くなるには慎重さと辛抱強さが必要なのだ。悠斗の性格が少し分かった気がして、不思議と少し緊張がほぐれる笑麻であった。
そこから先は、あまりロマンチックなデートとは言えなかったかもしれない。
「君は背が低い……今回はワンピースは避けよう」
「胸は……無くはないか。特に服には影響無いサイズだし問題ないね」
「『清楚な大学生』みたいな服が一番似合うか。色気が無い分嫌味にならないし。面白味はないけどそれでいこう」
とにかく一言多いのだ。わざわざ服選びの基準を正確に伝えてくれるため、いちいち心に来るのである。
しかしそれでも悠斗が自分の服を真剣に選んでくれている姿が嬉しい。そして今の自分の「デートもどき」な状況を思い返し、何度も心の中で悶える笑麻であった。
そうして二人は何件かの店をまわった。全身をコーディネートするのに一時間はかなり短い。あっという間に時間は過ぎ、残り時間あとわずかというところで笑麻のファッションは完成した。
「うん……こんなとこかな」
安い白のノースリーブシャツの上にセレクトショップで選んだ半袖の黄色いカーディガンを合わせることで、肌の露出を抑えつつスケ感を演出。青と白の縦じまのスカートをハイウエストで履くことで背が高くない笑麻をスマートに見せている。靴はあまり踵の高くないヒールをチョイスした。
飛びぬけて値段が高い品物はなく、それどころか全部合わせても八千円と少し。しかしそれを上手に組み合わせることで、男受けを狙い過ぎずそれでいて清楚なイメージを与えている。
(すごい……かわいい)
鏡の中に立つ自分は間違いなく今までで一番かわいかった。例えるならば、初めて美容院に行き、セットまでしてもらった時のような自分が自分でない感覚。
好きなのかもしれない人が選んでくれたコーディネート。しかも出来栄えは文句のつけようがない。
にもかかわらず笑麻は複雑な気分であった。悠斗の服選びは「センスがいい」だけで片づけていいものではない。明らかに手馴れていたのである。女物の服を選ぶことに慣れているということはすなわち……。
(もしかして……モテるのかな)
せっかく楽しかったデートの最後で少し落ち込む笑麻。鏡に映る最高にかわいい自分が少し陰った気がした。