1-5 盗み聞き
とうとう悠斗が尻尾を捕まえられます。
では、どうぞ!
笑麻が悠斗のことを気にし始めてから一週間が経った。その間、笑麻はなんとかして悠斗との距離を縮めようと努力してきたのだが、成果は全くあがっていなかった。
敗因はいろいろと考えられる。初日に二組の教室まで突撃し「迷惑だ」と言われた教訓から、教室に人が多い時間帯を避けるようにしたため接触の機会が限られてしまったこと。五組の担任である権藤が相も変わらず終礼で熱く語り続けたこと。たまに話しかける機会があっても素っ気なくあしらわれてしまい、そのたびに笑麻の心がダメージを受けたこと。
これらにめげずに一週間頑張り続けた笑麻は称賛に値するだろう。
一方で綾香もなんとか笑麻と悠斗の間を取り持とうと努力を続けていた。とはいってもまずは自身と悠斗との関係性が最悪だったため、少しでも仲良くなるために出来る限り話しかけることからのスタートである。しかし悠斗の態度はいつも通りぶっきらぼうなものであったため距離を縮めることは出来ず、またその態度に不快感を持った他のクラスメートを上手く諫めることにも神経をつかわなければならなかったため、こちらも上手くはいっていなかった。
そして迎えたある水曜日のこと。昼休みが始まると同時に教室を出る悠斗を横目に綾香は昼食の準備を始める。
綾香が昼休みに教室にいるのは珍しい事である。というのも、綾香が所属している桜木高校の生徒会は比較的熱心に活動を行っており、昼休みはランチ会議と名付けられた雑談会が設けられることが多い。今日は久々のフリーな昼休みであった。
ちなみに前回の生徒会が無かった昼休みに、教室を出ていく悠斗を追いかけて毎日どこに消えるのかを確認しようとしたのだが、早々に気付かれてしまい『トイレまでついてくるつもり?』と冷たい目で言われてしまっている。半分嫌がらせ目的で一緒に昼食を食べようと誘ったところおそらくダメージを与えることはできないだろう。綾香は気持ちを切り替え友人達と昼食を楽しむことにした。
………
……
…
「あれ?田島?」
昼休みも20分程経ったころだろうか。
弁当を食べた直後、どうしてもトイレに行きたくなった綾香は女子トイレにいた。用を足し終え少し落ち着いたタイミングで何の気なしに窓の外を見ると、そこに悠斗の姿があったのだ。校舎の裏手、古い倉庫以外に何もないような場所。リフォームの際に一応舗装はされたものの、すぐそばには雑木林がそのまま残っているため、あまり生徒が近づくような場所ではない。
「あんなところで何してるんだろ?」
一週間前ならば気にも留めなかっただろう悠斗の存在。しかし今の綾香は昼休みにいつもどこかに消えてしまう悠斗の尻尾を掴んだような達成感を感じていた。意地の悪い相手をひと泡吹かせたいという気持ちがムクムクと沸きあがり、猫のような大きな瞳を細める。
(こっそり近づいて驚かせてやろう)
そうと決まれば行動は早い。
一応生徒会の役員であるため廊下を走るようなことはしないが、長い手足を生かした全速力の早歩きで校舎裏へと向かう。裏口のドアを開けると、少し離れた位置でスマホを耳に当てている悠斗の姿があった。綾香はこっそりと近づき、物陰に隠れる。
「……分かったよ。日曜日の十時に○○駅前ね……うん……了解。じゃあまた日曜に」
聞こえてきた声に息をひそめる綾香。どうやら悠斗はちょうど電話を終えるところだったらしい。盗み聞きしてしまったという罪悪感は、電話の内容の衝撃で吹き飛んでしまった。
(誰かと待ち合わせ?あの人間嫌いの田島が!?)
綾香にとってそれは衝撃であった。この一週間出来るだけ注意して悠斗を観察していたが、事務的な返答以外は基本誰とも話していなかった。わざわざ話しかけるような物好きは自分と笑麻を除けばほとんどいなかったが、その数人すらも冷たくあしらっていた。そんな人間嫌いとしか思えない悠斗が一体誰と待ち合わせるというのか。
(もしかして……彼女か?)
彼女のことを溺愛するあまり、他の女子とは話さない。クラスの男子と仲良くすればその繋がりで女子とも関わることになるからつるまない。綾香の中で「悠斗=彼女バカの痛い人」という仮説が沸き上がってくる。
(あれっ!?いなくなった!?)
綾香が悠斗に関する推理に没頭している間に、いつの間にか悠斗の声は聞こえなくなっていた。慌てて物陰から顔を出すと、ついさっきまでそこにいたはずの悠斗はあとかたもなく消え去っていた。
(あいつは瞬間移動でも使えるのか!?)
自分の不注意はひとまず棚に上げ、綾香は心の中で悪態をつく。
(とりあえず……放課後に笑麻に報告しよう)
昼休みは半分以上が過ぎていた。もちろん笑麻の気持ちを思うと悠斗に彼女がいない方がいいのは分かっている。分かってはいるが『あの田島悠斗の彼女は、一体どんな女の子なのだろう』という下世話な想像を止めることは出来なかった。
※
「彼女っ!?」
まばらながらも生徒が残る桜木高校の食堂に笑麻の大きな声が響く。怪訝そうな顔でこちらを見ている何人かの生徒に誤魔化し笑いをしつつ、綾香は笑麻の口を手で塞いだ。
放課後、笑麻と合流した綾香は食堂へと向かいさっそく「田島に彼女がいるかもしれない」とぶちまけたのだ。
「また分からないよ。ただ日曜に待ち合わせをしてるのは間違いない」
声を潜め、綾香は昼休みに盗み聞きしてしたことの顛末を語る。親兄弟との待ち合わせならわざわざ学校で電話をする必要はない。友達との待ち合わせという線も考えたが、常に面倒くさそうに他人をあしらう悠斗が休日に友人と遊びに行く姿はどうしても想像できなかった。
「あの田島が心を許す人となると……やっぱ彼女かなって」
綾香の報告に笑麻はうつむいてしまう。肩口までの髪が胸の下にまでかかった。
そんな笑麻の姿に綾香はどうしたものかと困り果ててしまった。ここで「きっと彼女じゃなんかじゃないよ」と慰めるのは簡単だ。しかしもし本当に悠斗に恋人がいるならば、相手がいる人を好きでい続けることになる。ならば傷が浅くて済む今のうちに悠斗への恋心を捨てたほうがいいのかもしれない。そんなことを考えているうちに突如、笑麻がガバッと顔を上げた。
「日曜の十時に○○駅って言ってたんだよね?」
何か覚悟を決めたような顔で笑麻は綾香を見つめる。よく笑うため普段は細くなっていることが多い瞳が、本来の大きさを誇示するかのようにギラギラと輝く。
「私、その時間に○○駅に行ってみる!」
その宣言に綾香は度肝を抜かれる。性格は明るいものの、どちらかといえばおしとやかと言える笑麻がそのような行動に出るとは思ってもいなかったのだ。なによりそれは……
「笑麻……それじゃあストーカーになっちゃうよ」
電話をしているところをこっそり盗み聞きし、それを元に待ち合わせ場所に張り込む。間違いなくストーカーである。まして自分がその片棒を担いでいるだけに綾香としても笑顔で頑張れとは送り出せない。
「もし待ち合わせ場所に彼女さんが来たら……その時は田島君のことはきっぱりと諦める」
元より悠斗が他人を寄せ付けたくないことは分かっている。それを自分のワガママで仲良くなりたいと付きまとっているのだ。このうえ彼女がいることまで発覚して、それでも自分の気持ちを押し通すことを笑麻は良しとしなかった。
「本当はこんなやり方はよくないって分かってるよ?田島君に直接聞けばいいことだし。でも……田島君が答えてくれるとは思えないから」
ある意味これは悠斗の責任である。普段から最低限コミュニケーションをとっていれば、笑麻がここまで思い詰めることもなかったであろう。休み時間の世間話で問題は解決していたはずである。
「……分かった!じゃあ私も付き合うよ!」
幼馴染の意外と頑固な一面を知る綾香は、笑麻が引かないことを悟り同行を申し出る。正直なことを言うと、笑麻を心配する気持ちは八割だ。ちなみに残りの二割は、「もし彼女が現れた場合、どんな女の子か見てみたい」というゴシップ根性である。
「ごめんねあやちゃん……ありがとう」
もしも彼女が現れたらその時は盛大に残念会をすればいい。見知らぬ悠斗の彼女には申し訳ないが、彼女の品評会をさせてもらおう。失恋した時くらいいいじゃないか。
そんなことを考えながら、綾香は決意に燃える親友の顔を眺めるのだった。