表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/38

こぼれ話1 倒錯した一目惚れ

ギリギリ九月中に投稿です。すいません(´・ω・`)


こぼれ話はあと二話書く予定です。出来るだけ急ぎます!。


では、どうぞっ!


「あなた。入ります」


 ノックと共に、声が聞こえてくる。慣れ親しみ、生活の一部になった、妻の声。


 それもそのはずだ。息子の悠斗も、今年で高校生になる。


「コーヒーが入りましたよ」


 ドアが開き、コーヒーの豊かな香りが信二の鼻腔へと届く。


「おう。ありがとう」


 感謝の言葉に、香織はにっこりと笑顔を浮かべた。


(結局……今も昔も、この笑顔にやられてるんだよな)


 柄にもなく、感傷的なことを思う信二。


 悠斗が、母の過去と、父である自分の仕事を知ることになってから、もう一年以上が経つ。苦しみ、悩んでいた悠斗が、あっという間に精神的に自立をしていく。この一年は、そんな一年であった。きっとそんな息子の成長が、信二を感傷的にしているのだろう。


「どうしたの?」


 そんな信二の表情を見て、香織が聞く。


「いや……今も昔も、俺はお前の笑顔には敵わないなって思ってな」


「もう……どうしたの、急に?」


 少し照れた様子を浮かべながら、ソファに腰を下ろす香織。普段ならば、信二の仕事の邪魔にならないように、コーヒーを置いてすぐに部屋を出るところである。

 

 信二の様子から、側にいて欲しいんだと察する辺りに、再び信二は心地の良い敗北感を感じる。


「おっさんになるとな……色々と昔のことを思い出しちまうもんなんだよ」


………

……


 信二の目の前で、一組の男女が絡み合っている。服はすでに脱ぎ捨てられ、女はその豊満な胸をさらけだしていた。目の前で繰り広げられる熱い愛の交わりを、信二は止めることなくただ見つめ続けていた。


 よく考えれば、異常な仕事である。本来、秘め事であるべき性交渉を、間近で観察し続けるのだから。それを普通だと感じてしまっているあたり、慣れをいうのは恐ろしいものだと信二は感じていた。


 信二がAVの監督になってから、もう五年以上の月日が流れている。思えば、監督としてデビューする前、スタッフとして働いている頃はまだ、女優が服を脱ぐ度に緊張したものである。


 あまりの美しさに一目で恋に落ちることもあった。高嶺の花とも思えるような容姿をした女性が、惜しげもなくその裸体をさらすのだ。若く、初心であった信二が胸を高鳴らせるのも、無理はないだろう。


 しかしその恋心は、次の瞬間には緩やかな痛みに包まれることになる。


 恋をした女性は、当然のように他の男に抱かれるのだ。そして自分もそれを了承している。それどころか、その愛の営みを可能な限り蠱惑的にみせるために、自分は働いているのだから。


 いつしか、どんなに美しい女優であろうとも、どんなに色気のある女優であろうとも、心が動くことは無くなった。仕事の度に感じる胸の痛みに、心が殻を閉じてしまったようだ。


 もちろん今でも、女優を見て感心することはある。


 しかし、感動することは無くなったのかもしれないなと、信二は思う。


 目の前では、女優が背をのけぞらせて、その快感を表現している。


(おぉ……なかなか上手に演じるじゃない)


 感じているフリをする女の姿。もはや見飽きる程に見て来た姿である。演技だと気付いても、冷めることすらない。ただ、その演技の善し悪しにしか興味はない。今回の女優は、充分に合格点である。


(あと少し……もうひと頑張りしますかね)


 周りに気付かれないように、フッとため息をつく。時刻はまもなく、0時を迎えようとしていた。



 

 心地の良かった秋風も、夜が更ければ少し冷たく感じられる。信二には、それが仕事で火照った身体を冷ましてくれているように感じられた。


 この仕事をやっていると、生活が不規則になることは否めない。夜から撮り始めることなど日常茶飯事だし、今日のように撮影が長引けば、必然的に眠るのも遅くなってしまう。


 二十代の頃ならば、この時間からでも仕事の疲れを癒すために、酒の一杯でも飲みにいったところだ。しかし、三十を過ぎると、そのような気も起きなくなる。疲れが気力を奪う力が増してきたように感じられる。


 幸い、明日はオフだ。何時まで寝てようが問題はない。昔のように昼まで眠るなんてことは出来なくなったが、それでも何の気兼ねもなく眠れるというのは心が楽になる。


(酒でも買って帰るか)


 少し、気力が湧いてきた気がする。


 どこかの飲み屋に入る程ではないが、自販機で酒を買うことくらいなら出来る。


 真夜中に、それも自販機で酒を買えるような国は、日本ぐらいのものらしい。信二は、数少ない日本人としての特権を行使し、酒のプルタブを空けた。


(あぁ……苦い)


 久しぶりに呑んだビールの苦みが、疲れた脳を刺激する。それは子供の頃、朝早くに起こされた時の感覚に似ていた。


 アパートまでは、まだ少し距離がある。


 その道のりを、信二は酔ってもいないのに、千鳥足で帰っていった。


………

……


「思い返してみれば……あの時の俺は、監督としても人間としても、ダメな奴だったなぁ」


 苦笑いを浮かべながら語る信二。手にしていたコーヒーカップが空になっていることにようやく気付き、机の上へそっと置く。


「まだ若い頃の話じゃない」


「まぁなぁ。……けど、悠斗を見てると、時々自分の若いころが恥ずかしく感じちまうんだよな」


 あの頃の自分とは比較にならない程に若い、自分の息子。そんな息子が、必死になって仕事に取り組んでいる姿を見せられると、やはり思うところはある。


 自分だって、駆け出しの頃は頑張っていたのだろう。それこそ、今の悠斗のように必死で食らいついていたのだと思う。


 しかし、月日を経た今、思い出すのはなぜか、腐っていたころの自分のことばかりである。


「お前に会ったのが……ちょうどそんな、ダメな時期だったから、覚えてるのかもな」


「あら? 初めて会った時から、ジロー監督は素敵な男性でしたよ?」


 その微笑みに、信二は「よしてくれ」と笑う。


「上っ面だけを整えるのが上手かっただけだ」


 そう……まさにあの時、信二は上っ面を整えていたのだ。内心の動揺を隠すために。



「Vivid Womenに所属しています、三浦ゆうと申します。よろしくお願いします」


 そう言って頭を下げる女に、信二は母性のようなものを感じ、驚いていた。


 三浦ゆう。


 企画モノと呼ばれる、無名の女優が複数人で共演する作品からスタートし、最近では彼女一人での作品をリリースするまでに成長した、注目の女優である。


 経歴書や過去の作品などから、信二が彼女に持っていたイメージは、「巨乳の女優」というものであった。


 無理もない。


 その大きな胸は、男だけではなく女でも思わず目をやってしまうほどの存在感を有している。これまでに彼女を撮った監督の多くも、その胸を強調した作品を作ってきていた。


(まだ二十二歳……おいおい、十以上も年下だぜ?)


 二十二歳という年齢は、特に若いということもない。まだ十台の少女が、その若さや少女性を武器に戦っているような世界だ。二十二歳は立派な『お姉さん』である。


 しかし、それはあくまで「AV女優としては」の話である。


 一人の人間としてみれば、十以上も年下といえばまだまだ子供のように感じてしまってもおかしくはないところだ。しかし、目の前にいる女は、まるで子供のころに恋い焦がれた、テレビに映るキレイなお姉さんのような雰囲気を感じさせた。


 挨拶もそこそこに、信二は企画の説明に入る。とにかく、早く仕事モードに入らなければという、焦りにも似た感情が彼を動かしていた。


「人妻役……経験はありますか?」


「何度かやらせていただいています」


「単体での経験は?」


「それはまだないです」


 まるで尋問のような、淡々とした会話。それが信二にはもどかしかった。なぜ、もっと女優がリラックス出来るような雰囲気を作り出せないのかと。これでは、女優の長所を見極められるはずもない。


「……結婚願望って、ありますか?」


 口に出してから、即座に後悔した。最悪だ。まだ信頼関係を築けていない段階で、何をいきなりプライベートなことを聞いているんだ。


 信二のそんな内心の後悔には全く気付かずに、香織は答える。いや、この段階ではまだ、彼女のことは「三浦ゆう」と呼ぶべきなのだろう。


「そうですね。AV女優なので結婚は難しいのかもしれませんが、私を受け入れてくれる人と幸せになりたいですね」


「AV女優でも、幸せに結婚している人は多いです。あなたなら大丈夫。引く手あまただと思いますよ?」


「まぁ……ありがとうございます」


 なんだこの会話は。俺は素人か、と信二は内心で自嘲していた。質問を無理矢理、作品へと戻す。


「この作品のコンセプトは、“ふつうの人妻”が、AVに出演するというものです。その動機は、夫の不倫であったり、セックスレスだったりするわけなんですが……」


 ここで少し言葉が切れる。


「あなたは結婚する相手に、セックスの相性を求めますか?それとも、内面的な繋がりを重視しますか?」


「そうですね……でも、生涯を共にするわけですから、やはりセックスの相性も大事だと思います」


「では、セックスレスが続いた場合に、不倫であったりAV出演であったりを選ぶ女性の心理は、理解出来ますか?」


「うーん。……それが、旦那さんへの復讐なんだとしたら、私はその方法は選ばないと思います」


 なるほど、と信二はゆうの答えをメモしていく。もちろん、彼女の完成がそのまま設定として投影されるわけではないが、参考に出来る部分は多い。


 その後もいくつもの質問を続け、ゆうが主演する作品の設定は固まっていくのであった。



 中小企業で働く旦那様と結婚したゆうさん。しかし、この不景気で家計は火の車。とても旦那の稼ぎだけではやっていけない。普通にパートで働くことも考えたのだが、子供が出来る前に少しでも貯蓄を増やそうと、AVへの出演を決意した。


 ありがちな設定。


 しかし、メーカーが求めている作品のコンセプトからは外れていないはずだ。


 このシリーズでの王道は、妻が夫に愛想を尽かしてAVへの出演を決意する、というものだが、なんとなく、ゆうが旦那を裏切ってAVに出演するという設定が、信二にはピンと来なかった。


 旦那のため、家族のため。仕事としてAVに募集してきた素人妻が、乱れる。監督として、充分にヒットが狙えると判断したのだ。


 絡みの部分の撮影が始まる。


 “初心な”人妻であるゆうを、男優がリードしていく形で、彼女の服が脱がされていく。露わになる裸体は美しく、それでいて煽情的であった。


(あぁ……ああ)


 声にならない声が、信二の口から漏れた。


 ありえない。今、目の前にいるのは、一人の女優と男優だ。落ち着いてよく見れば、二人を囲むようにして多くの撮影スタッフが取り囲んでいる、機械的な現場であるはずだ。


 しかし、信二はその視線を、ゆうから外すことが出来なかった。


 今すぐにでも二人の間に割り込み、その行為を止めたいという衝動。同時に、その美しい姿をいつまでも見ていたいという憧憬が、倒錯的に交わる。嫉妬は怒りに代わり、憧憬は感動へと変わっていった。


 これは、撮影だ。


 当然、通常のセックスとは異なる。カット割りが存在する、ツギハギだらけのまがい物だ。そして、そのカットの声は自分が掛けている……はずだ。


 にも関わらず、信二は自分がどのように撮影を進めていったのかを、全く記憶していなかった。まるで何かに魅入られたかのように、一塊になった時間は過ぎていったのだった。


………

……



「他の男とヤッてる所を見て恋に落ちるなんて……我ながら、とんでもない惚れ方をしたもんだな」


 苦笑いを浮かべる信二。一方の香織の表情は、微笑み、といったところか。


 不思議なものである。信二は別に、香織がこれまでにどのような相手を付き合ってきたかなど聞く気もないし、聞きたくもない。


 それでいて、妻の自分以外の相手との性行為を、克明に記憶しているのだ。出逢いと言う名の、一つの思い出として。


 その後の二人の恋路は、簡単なものではなかった。香織を口説くということは、信二にとって“商品に手を出す”ということである。アイドル程に処女性を求められる職業ではないものの、若手の女優に彼氏が出来るということは、マイナスにこそなるがプラスにはならない。


 香織を巡って若き日の黒岩とやりあったのは、今では笑い話になっている。しかし、当時は中々の修羅場だったのだ。所属する女優を守るために本気でぶつかってくる黒岩に、信二も本気でぶつかっていったのだから。その衝突は、口論だけでは済まなかったということだけは、明記しておこうと思う。


「お前が与えてくれた衝撃が、腐ってた俺の目を覚ましてくれたんだと思う。恋の力ってのは恐ろしいな」


「私は何もしてないのに」


「一目惚れってやつだよ」


 妙に饒舌な夜だ。でも、たまにはこんな夜があってもいい。夫婦にとって必要な時間だ。


「あら? 一目惚れだと、あとは炎が消えていくだけじゃない?」


 少し、イジワルな顔をして香織が言う。


「まさか! お前のことを知っていくうちに、炎は力強くなってるよ。……今でもな」


 唇が触れるだけのキス。それがしばらく続く。


 AVのような、激しいキスではない。だが、そこに込められた感情の深さは、作り物のそれとは比べものにならない程に深かった。


時間が出来次第、後書きコーナーも書いていきたいと思います。


ひとまず今日は取り急ぎ投稿を……。


香坂蓮でしたー。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バナー画像
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ