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恋をした相手は、同級生のAV監督でした。  作者: 香坂 蓮
偏屈小僧に天使は微笑む
34/38

3-10 さくらが裏切ったもの

 完結は明日だと言ったな?


 あれは嘘だ!(^_-)-☆


 時間が取れたので、最終回までいっちゃいます。


 ゲリラ更新4話目!


 どうぞ!

 作りの良いサイドテーブルの上に置かれたパソコンのスピーカーから、少年の声が聞こえてくる。


 ベッドに腰かけたさくらは、画面を注視していた。


『僕は幸せ者です。好きなように好きなものを作る。これ以上ないワガママを聞いて貰っているんです』


 画面の中では悠斗が、さくらにとっては『田島センセイ』が、記者に対峙していた。


『田島センセイ』が、AVに携わるきっかけをさくらは初めて知る。


 てっきり、AV監督の息子が道楽で始めたのだと思っていた。思い付きで作ってみたら、意外に才能があったから続けている。そんなところだろうと。


 しかし、それは大きな勘違いだったようだ。


 『田島センセイ』は、大きな覚悟を、それこそ人生を賭ける覚悟を持ってAVの世界に飛び込んでいた。なんの覚悟もなく、ただ流されるがままにこの世界に足を踏み入れた自分とは違って。


 そして気付く。


 そこまでの覚悟と誇りを持ってAVに向き合っていた人間を、自分は生贄にしたのだと。


(なんで、ななみんはこのインタビューを私に見せようと思ったんだろう)


 それは、断罪なのだろうか?


 自分が裏切ったものの大きさを、傷つけてしまった人の姿を見つめろ、という意味なのであろうか。


 さくらの中に、その答えは見つからなかった。

 

 記者会見は進み、質疑応答が始まっている。その質問は徐々に核心へと迫りつつあった。


――先日、AVへの出演を強要された、という女性のニュースが報道されました。田島君も、ご両親からAVの現場に携わることを強要された、ということはありませんか?


 その質問に、まるで自分が質問を受けたかのようにさくらは身をすくめる。


 同時に、わずかばかりの怒りも感じた。


 この記者は、先程の悠斗の言葉を、AVに対する覚悟を聞いていなかったのかと。


『少なくとも、僕はAVに携わることを強要されたということはありません』


 堂々と、それでいて感情を荒げることなく返答する悠斗。一人で大勢の記者に立ち向かうその姿は、自分なんかよりもよほど大人に見えた。


 その後も、記者はしつこく質問を続ける。


――強要でなければ洗脳ではないか?


――両親から虐待を受けたことはないか?


 さくらは歯を食いしばった。


 なぜそんな酷い質問をすることが出来るのか。悠斗は既に、自分の意思でAVに携わったと言っているではないか。まだ高校生である彼の言葉を、どうして尊重してあげないのか。


 次に質問を投げかけたのは、さくらもよく観ているテレビ番組のリポーターであった。


 聞き覚えのある声が、スピーカーから流れてくる。


――田島君は、今回AVへの出演強要を訴えた女性に会ったことがある、という情報があるのですが、これは事実ですか?


 その質問に対し悠斗は、会ったことがある旨を認める。


――実際にその女性に会った印象として、AVを強要されているという風に感じましたか?


『僕には全く分かりませんでした。僕の目には、彼女はとてもプロ意識の高い女優さんだと映りました。もし強要が事実であるならば、とても申し訳なく思います』


 さくらの頬が一気に紅潮する。


 先輩女優である『上川亜依』の姿に憧れ、全力でAVに打ち込んだ日々が、走馬灯のようにさくらの脳裏をよぎった。


(これが……私の罪なんだ)


 AV業界を裏切った。


 お世話になった社長や、支えてくれたスタッフを裏切った。


 今、目の前の画面に映る少年を裏切った。


 しかし、さくらが裏切ったのはそれだけではなかった。


 プロのAV女優として、誇りを持って働いていた過去の自分。そんな自分すら裏切っていたことに、ついにさくらは気付いたのだ。


 再び、リポーターが問いかける。


――では、その女性が嘘を言っていると思いますか?

 

 悠斗には分かっているはずだ。強要などなかった。自分がうそをついているのだと。


 いや、そうではない。


 あの頃の、全力を尽くしていた自分のことを、嘘だと思って欲しくなかった。


『嘘であって欲しいという思いと、嘘であって欲しくないという思いの両方があります』


――それはどういう意味でしょう?


『AV業界に強要などあって欲しくない。だから、彼女の証言が嘘であってほしい。ですが、彼女が有りもしない強要を訴えるなんていう哀しい嘘をついているとは思いたくない。だから彼女の証言が嘘であって欲しくない、ということです』


 涙が溢れた。


 この期に及んでなお、悠斗はさくらを気遣ってくれた。


 こんなに卑怯な自分を、彼は思いやってくれた。


 さくらは立ち上がる。


 それまで腰かけていた、自分には全く似合わない天蓋付きのベッドから。


 サイドテーブルに置かれたパソコンからは、AV業界の未来について語る悠斗の声が響いていた。


………

……


「突然どうされましたか、青山さん」


 真っ黒なスーツが、無機質な壁に映える。


 都内にある、山田弁護士事務所。


 その一室で、さくらは山田弁護士と対峙していた。


「本当のことを話させてください。もう、嘘をつきたくありません」


 その言葉に、山田は全く表情を変えず、一つ息を吐いた。


「それは、坊ちゃまとの結婚を諦める、ということですか?」


「はい。これで破談になるならば、仕方ないと思っています。そもそも、嘘をついて、お母さんを騙してまで結婚しようと思ったのが間違いでした」


 迷わず告げるさくらに、山田の表情が珍しく変化する。その目が、さくらの言動が意外であるという本心を映していた。


「今、本当のことを告白するということは、あなたが罪に問われることになります。その覚悟はお有りですか?」


 その問いにさくらは頷く。


 嘘の被害届を提出し、所属する事務所の社長を逮捕にまで追い込んだのだ。何もお咎め無しで済むとは思っていない。


「はっきり申しましょう。私はあなたと、いえ、あなた方と心中するつもりはございません。もし、どうしても真実を告白をするというのであれば、その責任は全てあなたに取っていただきます。よろしいですか?」


「構いません。元より私の弱さが全ての原因です。全て、私が責任を取ります」


 しばしの沈黙。


 眼鏡の下から覗く鋭い視線から、さくらは視線を反らさなかった。


「分かりました。では、今後の対応について相談しましょう」


「いいんですか?」


 あまりにあっさりと了承した山田に、さくらは思わず拍子抜けしてしまう。

 

 山田は、なんてことないかのように言葉を続けた。


「あなたの意思が固い以上、坊ちゃまとあなたとの結婚という目標は達成されません。ゆえに、坊ちゃまからの依頼は達成不可能と考えます」


 光彦からの依頼は、なんとかして京香に「さくらが自分の意思でAVに出たわけではない」と信じさせることである。さくらとの結婚を認めさせるために。


 故に、最終目標である結婚が、当事者であるさくらの意思で破談となる以上、山田に出来ることは何もない。後は自分に火の粉が降りかからないようにするだけであった。


 何点か、これからの方針についてさくらに指示した後、山田は問う。


「青山さん。あなたは坊ちゃまと、そして私に対して、『AV出演を強要された』と嘘をついた。坊ちゃまと結婚するために。……間違いありませんね?」


「はい。間違いありません」


「……分かりました。坊ちゃまには、私から上手く説明しておきます」


 パソコンに向かい、何やら猛烈な勢いで文書を作成し始める山田に、さくらは問いかける。


「先生は……私のこと、嫌いですよね?」


「そうですね。あなたのように、周りに流されるだけの女性は、嫌いです」


 面と向かってはっきりと言われたさくらは、思わず苦笑いを浮かべる。


「ですが……本当のことを言おうと決意した今のあなたは……嫌いではないですね」


 パソコンの画面から目を離すことなく、なんの感情も感じられない平坦な声で山田は告げる。


「私……先生とは友達になれそうにないなぁ」


「それは奇遇ですね。私もです」


 山田が顔を上げた。


 銀縁の眼鏡の奥にある鋭い瞳は、わずかに細められている。


 その、あまりに不器用な笑顔の作り方に、さくらは思わず笑ってしまうのであった。



 十二月二十三日。

 

 本来ならば、高校の終業式に出席しているはずの悠斗の姿は、自宅のパソコンの前にあった。


――

――


 記者会見終了後、悠斗や笑麻に対する悪意に満ちた書き込みはかなり減った。


 高校生ながらカメラの前に顔を出し、正々堂々と自分の気持ちを語った悠斗に対して、ネットの住民は概ね好意的であった。


 もちろん、中には二人を揶揄するような書き込みをする人間もいるが、すぐに他のネットユーザーからたしなめられており、炎上まではしない。


(ふう……ひとまず落ち着いてくれたか)


 ちなみに、テレビによる報道は祝日であるためさらに落ち着いている。明日以降、報道が再燃する可能性もあるが、悠斗としては出来ることはやったという心境であった。


 安堵の息を漏らし、椅子に座ったまま伸びをする悠斗。今日はこの後、母である香織と共に、新聞社からの取材を受けることになっている。


 これを期に、AV業界の健全性をアピールし、同時に、業界のさらなる改善を訴える。ピンチをチャンスに変えるべく、悠斗は気合を入れていた。



――ピンポーン


 インターホンが鳴る。


 まさか自分への来客ではないだろうと、椅子に座ったままでいる悠斗。しかし、その予想に反して部屋の扉がノックされる。


「悠斗……お客様よ」


 珍しく、少し緊張した香織の声が聞こえる。


 内心に懐疑の思いを抱きつつ、悠斗は部屋を出る。ドアの外には、声と同様に緊張した面持ちの香織の姿があった。


 リビングに降りる。


 白い麻のソファに、一人の女性が座っていた。その姿を認識し、悠斗は思わず硬直する。


「お久しぶりです……田島センセイ」


 青山さくら。


 もはや会う事はないだろう、会う事を願っても叶わないだろうと思っていた彼女の姿に、悠斗は瞠目するのであった。

 

………

……


 さくらの出で立ちは、まるでどこかの会社員のようであった。


 スーツのスカートからは、美しい脚が伸びている。 


 そのあまりに飾り気のないファッションは、悠斗が知るさくらとはかけ離れていた。


「それで……どうしたんですか?」


 彼女の意図が読めず、悠斗は漠然とした問いを投げかける。


 さくらは静かに立ち上がると、その頭を直角になるまで深く下げた。


「この度は……本当に、すいませんでした!」

 

 大きな声で謝罪の言葉を口にするさくら。頭を上げた彼女は、悠斗の目を真っすぐに見据え言葉を続けた。


「私は……許されない嘘をつきました。AVを強要されたなんていう事実は無かったんです。本当に……すいませんでした!」


 その言葉が耳に届いた時、悠斗の心に生まれた感情は安堵であった。


――目の前にいるこの女性が、酷い目にあっていなくて本当によかった。


 その後、さくらはなぜ自分がそんな嘘をついたのかを説明する。


  AV女優となった自分の将来が不安になり、目の前にある“結婚”という名の幸せに縋ってしまったのだと。


「私が馬鹿でした。そのせいで、社長やスタッフさんや……いろんな人を傷つけてしまいました」


 こみあげてくる嗚咽を無理矢理飲み込み、さくらは続ける。


「田島センセイにも、迷惑をかけてしまいました。センセイのことを……世間に公表するような事をして……ごめんなさい」


 再び頭を下げるさくら。彼女の足元には、涙の雫が何滴も零れ落ちていた。


 悠斗は瞑目する。

 

 今、自分がさくらに掛けてあげられる言葉を、彼は探していた。


「青山さくらさん」


「はい」


「黒田社長には、謝りましたか?」


 その言葉にさくらは辛そうな顔を浮かべて下を向き、首を横に振る。


 黒田はまだ、警察に拘留されている。もうまもなく釈放されることになるだろうが、未だ会うことは叶っていない。


「ならば、あなたがまず謝るべきは、黒田社長と事務所のスタッフです」


 当然の正論。


 しかしそれは、さくらの心に深く刺さる。


「それで……あなたは嘘をついていたことを公表するんですか?」


「もちろんです。私が嘘をついたことで生じた誤解を解きたいと思っています」


「そうですか。……ならばあなたは、全国の誇りをもってAVの仕事をしている人達にも、謝るべきです。あなたの嘘は彼らの……いや、僕らの誇りを傷つけた」


 厳しい言葉だ。しかしそれは、悠斗の本音である。


 過去の自分を裏切ったことを認識しているさくらにとって、その言葉を身に染みるものであった。


「僕のことを、世間に公表したこと。そのことについて、僕はあなたを許します」

 

「……えっ?」


「ですが、一人のAVに携わる人間として、僕はまだあなたを許すことは出来ません。今後のあなたの言動を見て、許すかどうかを判断したいと思います」


「……はい!」


 少し、救われた気がした。


 自分は、目の前の少年に一生許してはもらえないだろうと思っていた。


 しかし悠斗は、彼に対する自分の罪を許してくれた。


 そのうえで、「AV女優・青山さくら」としてのケジメをつけるよう言っているのだ。


「お茶……どうぞ」


 ティーカップを二つ、香織がテーブルへと置く。


 紅茶の香りは甘く、味は少しほろ苦い。


「田島センセイ……お願いがあります」


「……?」


「今回のことをしっかりと謝って……もしも業界の皆さんに許してもらえるなら。もう一度、私の作品を作ってくれませんか?」


 その願いに、悠斗は目を見張る。


 呆れと怒り、そして少しの喜びが入り混じった、複雑な感情。


「厚かましいお願いなのは分かっています。でも……センセイに撮って欲しいんです。皆さんに許してもらえるよう、どんなことでもします。……お願いします」


 再び、頭を深く下げるさくら。


 悠斗は目を閉じ、しばし考えた後にこう告げた。


「『青山さくらを撮りたい』。そう思わせるような、AV女優になってください」


 窓から差し込む光は、冬のものとは思えない程に暖かい。


 その光が、紅茶に広がる波紋をキラキラと彩っていた。


 いよいよ……残すはエピローグのみとなりました。


 早かったなぁ。


 少し、本章を振り返りましょう。


 本章の主役、『青山さくら』さん。


 彼女は、良くも悪くも周りに影響されやすい人間です。


 尊敬できるAV女優さんに出会い、彼女の影響を受けた。その結果、プロとして恥ずかしくない仕事をするように心がけた。


 このように、他人の良い所を自分に取り入れられるのは、素晴らしいことです。


 一方で、身バレした結果、結婚まで考えていた恋人と破局し、仕事も引退にまで追い込まれた同業者を見て、自身の将来も悲観してしまった。


 その結果、彼女は「AVを強要された」という許されない嘘をつくことになってしまいました。


 彼女のような人は、珍しくありません。


 周りの環境に流されて生きる。楽な生き方です。良く言えば、空気を読んだ生き方だともいえます。


 大事なことは、絶対に譲れない一線をもっているかどうか。


 人間としての、芯と言える部分があるか、ということになると思います。


 作者も、自分の生き方に芯が通っているかと言われれば、自信はありません。


 改めて、自分の人生について考えてみようかな、などと思っていたりします。


 さて……いよいよ次話が最終回。お付き合いください。


 香坂蓮でしたー。

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