3-7 彼女が『青山さくら』になったわけ
AV強要被害を訴えた『青山さくら』
彼女を詳しく描写していきます。
では、どうぞ!
~本日、ゲリラ連続更新デーです!いけるとこまでいっちゃいます!~
そのメッセージが届いたのは突然であった。
差出人を見て、青山さくらは驚く。もう二度と連絡を取り合うことはないだろうと思っていた相手だったからだ。いや、正確には、絶対に自分を許してくれることはないだろうと思っていた相手である。
(ななみん……)
その女性は、さくらと同じAVプロダクションの『シティ』に所属する現役のAV女優である。
茫然としたまま、さくらはゆっくりとそのメッセージを開く。
なんの飾り気もない、短い文章。
以前とは全く違うその雰囲気に、さくらは心を締め付けられる。
(なにかのインターネット放送?)
メッセージに書かれたURLを元に、さくらはパソコンを開く。
どうやら記者会見を行っているらしい。
しばしの間、画面を確認したさくらは、その少年に見覚えがあることに気付いた。
(田島センセイ……!)
そこに映っていたのは、自分がAV業界と共に裏切ってしまった少年であった。
※
『青山さくら』という名前は芸名であり、本名は別にあった。
しかし現在、彼女は名実共にその本名と決別し、『青山さくら』として生まれ変わっている。それは徹底しており、改名の手続きによって、法的にも彼女は『青山さくら』となったのだ。
彼女の本名が、最近話題のキラキラネームであったと言えば、動機は察することが出来るだろう。裁判所がその改名申請を認める程に、余人には読むことが出来ないような名前であったのだ。
ここに至るまでに紆余曲折はあったものの、一つ、確かなことがある。それは、彼女がこの『青山さくら』と言う名前を気に入っているということだ。
そんな彼女がAV業界に入ったきっかけ、それはいたって“普通”であった。
スカウトである。
スレンダーな体型に、可愛らしく小さな顔。小さな頃から、「かわいい」と言われる機会には事欠かなかった。特にその長い脚は美しく、ショートパンツを履けば街を歩くほとんどの人間が目を奪われた。
ゆえに、スカウトを受けたのもこれが初めてではない。芸能事務所のスカウトマンからも、何度も声を掛けられてきた。にも関わらず、なぜさくらがAVという仕事を選んだのか。
大学に進学したさくらは、都内で一人暮らしを始めた。反抗期ということもあったのか、高校時代、あまり両親と良い関係を築けていなかったさくらは、それをきっかけに大いに羽目を外してしまう。大学の講義など二の次で、昼はバイト、夜は友人と酒を飲み明かすという、かなり退廃的な日々を過ごしていた。
そんなさくらが、「稼げる仕事」に惹かれるのは必然だったのだろう。大学二年生の時、街中でスカウトを受けたさくらは、アダルトビデオであるという説明を受けたうえで、バイトとは比べものにならないギャラの高さに飛びついたのである。
そう、さくらがAVに出演するにあたって、強要と言える行為は無かったのである。
さくらが所属することになったAVプロダクションの『シティ』は、大手プロダクションの中でも特に、契約関係についてしっかりと管理をしていた。契約の場を映像で記録したうえで、アダルトビデオに出演する意思の確認や、NGなプレイは拒否できることなどを細かく丁寧に説明された。
こんなにきっちりとしているとは思わなかった、と驚くさくらに、社長である黒田はこう答える。
「君のため、というのも勿論だが、これは俺たちのためでもあるんだよ。これくらいやっとかないと、後から訴えられた時に困るから」
その言葉に、なるほど、そういうものなのかと納得するさくら。
綺麗事で誤魔化そうとしない黒田の対応に、さくらは好感を持ったのだった。
………
……
…
AV女優としての日々が始まった。その生活は、さくらを満足させるものであった。
まず、マネージャーがついた。
さくらはメーカー専属女優となったため、送り迎えは勿論のこと、仕事中はずっと側にマネージャーがいる。ちょっとした、それこそ飲み物を買ってきてほしいといったような頼み事にまで、てきぱきと対応してくれるその姿に、さくらは自分が偉くなったような気がした。
撮影現場ともなれば、待遇はさらに良くなる。プロの手によって美しくメイクをされ、現場にいる全ての人間が気を遣ってくれる。それはまるでお姫様のような扱いであった。
あっという間にさくらはAVの世界にのめり込むことになる。この時点で、既に大学にはほとんど行っていなかった。まさに、有頂天という言葉がぴったりと合う状態であったと言える。
そんなさくらに心境の変化をもたらした人物がいる。
――上川亜依
現役のAV女優にして、既にレジェンドと呼ばれる程の女優である。
専属女優として華々しくデビューしたさくらとは違い、彼女はエキストラのような下積み生活からキャリアをスタートさせ、トップ女優にまで登り詰めた人物である。
トップになってもスタッフに対する気遣いは変わらず、どんな仕事にも弱音を吐かずに取り組む。ピーク時には月に二十本以上もの撮影があったにも関わらず、彼女は笑顔を忘れなかった。そんな彼女だからこそ、仕事をしたスタッフは『もう一度彼女と仕事をしたい』と思えるのである。
そんなトップ女優と共演する機会を得て、さくらは衝撃を受けた。
自分よりもキャリアも人気もある彼女が、必死に監督に食らいついていく。より良い作品を作るために、彼女は一切の妥協をしなかった。
しかし、彼女は常に笑顔だった。
周りのスタッフに気を配り、言葉をかけ、士気を高める。
そしてその気遣いは、調子に乗っていた自分にも、当然のように向けられたのだ。
(私は……何をやってたんだろう)
さくらは自分自身を恥じた。まだ何も成し遂げていない自分が、何を調子にのっているのか、と。
この撮影を機に、彼女は心を入れ替えたかのようにAVの仕事に向き合い始めることになる。大学も中退し、プロのAV女優として生きていくんだと心を決めた。
思えばこの時期が、さくらにとって最も充実した日々だったのかもしれない。
真剣に向き合えば向き合う程、AVの世界は奥が深かった。一つの作品を作り上げるということの難しさを、さくらは改めて思い知らされた。
また、今までは別にどうでもよかったファンからの声が、心に響くようになった。
中傷するような声が寄せられ傷つくことも多くなったが、一方で、作品を評価する声や応援してくれる声がたまらなく嬉しくなった。
こうしてしばらくの間、さくらは人気AV女優としての道を突き進むこととなる。
ちなみに、悠斗と仕事をしたのもちょうとこの時期である。
高校生でAVの台本を書いていると聞いた時は、さすがに驚いたさくらであったが、実際に悠斗と対面して納得した。まだ子供の風貌にも関わらず、悠斗の姿勢は間違いなくプロのそれであった。同時に、未熟であることを自覚しながら全力で頑張っているように見える悠斗の姿に共感も覚えた。
悠斗の台本の元に作り上げた作品は、さくらにとってお気に入りの一本となった。
※
「ねぇさくら聞いた?恵美ちゃんのこと?」
その声に、さくらは反応する。
声の主の名は川井菜々美。さくらと同じプロダクションに所属し、ほぼ同時期にデビューした女優である。
「聞いたよー。彼バレだってね?……かわいそう」
「全く……男なら、彼女がAVやってるくらいドーンと受け止めろってんだ!」
子リスのような顔を険しくしかめて菜々美は言う。さくらは苦笑した。
さくら達が話しているのは、一週間ほど前にAV女優であることが恋人に発覚し、それをきっかけに両親にまでAVをやっていることがバレてしまった女優の話である。結婚の話も出ていたため、お互いの両親に挨拶に行っていたことが悪く作用してしまったのだ。
「恵美ちゃん……辞めちゃうのかな」
「親がだいぶキレてるみたいだからね」
その女優と面識があった二人は、思わずしんみりとしてしまう。
自分の意思で引退をするならば、次の人生を応援してあげたいと思うだろう。
しかし、「AV女優なんて!」と己の仕事を全否定され、無理矢理辞めさせられるのならば、それは同業者としてとても悲しく感じる。
「とりあえず!恵美ちゃんが落ち着いたら“励まし会”をしよう!そん時はさくら、あんたも絶対参加だからね」
「ななみん……。もちろんだよ」
しかし、さくら達の思いも空しく結局その女優は引退することになる。風の噂によれば、婚約していた恋人も彼女の元を去り、一人で実家に戻ることとなったそうだ。
………
……
…
(そうだよね……。彼女がAV女優なんて、男の人からしたら嫌だよね)
真っ暗な自室、ベッドの上に腰かけたさくらは一人考え込む。
思えばAV女優として歩み始めてからこれまで、常に現在のことしか考えていなかった。それは、デビュー当初の有頂天であった時は勿論のこと、プロとして真剣にAVに取り組み始めてからもである。より良い作品を作るため、より素晴らしい女優になることに必死で、自らの将来のことを考える余裕がなかったのだ。
(でも……いつかは私も引退するわけで、その時は結婚だってしたい)
AV女優は人気商売だ。毎年何人もの若くてかわいい女優がデビューする中で、何年も現役を続けることは大変難しい。また、仮に人気が続いたとしても、自分自身の体力的な問題もある。“生涯AV女優”を貫くのは現実的ではない。
(大学だって中退したし……私に出来る仕事なんかあるのかな)
螺旋階段を下っていくかのように気持ちが落ち込む。その階段は、今日に限っては一方通行であったらしい。
一睡も出来ず、さくらは長い夜を過ごした。
※
昨今、AV女優の仕事は本当に多岐に渡る。
舞台やストリップショー、ネットテレビにバスツアー。人気が出れば出るほどに、様々な媒体からのオファーが届く。思いもよらないような仕事の数々に、さくらは何度も驚かされてきた。
さて、そんな数ある仕事の一つに、『AV女優専門』が売りのキャバクラでのキャストというものがある。言葉通り、AV女優がキャバクラ嬢として接客をするお店であり、その分少し値段が高い。このキャバクラから声が掛かるということは人気女優の証であり、AV女優としてのステータスとなる。
さくらにも少し前にオファーがあり、以後、月に二、三回のペースで出勤していた。
「お待たせしましたー。青山さくらです。あっ!太郎さん久しぶりー!」
座席には三十台くらいの男性が三人。仕事帰りだろうか、全員がスーツ姿である。
そのうちの一人はさくらにとって顔なじみであった。
といっても、このキャバクラで捕まえた客ではない。元より『AV女優・青山さくら』の熱心なファンであった男性が、さくらが出勤する際には必ず顔を出してさくらを指名してくれるのである。
自分に使ってくれるお金の大小で、ファンへの扱いを変えることは避けようと考えていたさくらだが、それでも何度も顔を合わせれば顔と名前は覚える。自分への態度も常に紳士的であったため、さくらはその男性に好感を持っていた。
「さくらちゃん久しぶり!今日は友達を連れて来たんだ」
太郎と呼ばれた常連の男は、連れてきた友人を紹介する。
一人目の男性は、落ち着いた様子で自己紹介をする。そして……。
「江川といいます!よろしくお願いします」
興奮した様子で、わざわざ立ち上がって挨拶をする男。
見るからに仕立ての良いスーツに身を包んだその姿からは、育ちの良さがにじみ出ている。
こういう店に慣れていないのか、それとも女性全般に緊張しているのか。身体はかちこちに強張っているようであった。
――江川光彦
彼との出会いが、さくらの人生を大きく変えることになる。
………
……
…
「そうなんですか!……やはりさくらさん程の美しさを保つには、日々の努力が必要なんですね!」
彼らが席についてからまだ二十分程しか経っていない。しかし、さくらは一時間以上は光彦と話しているような錯覚を覚えた。それほど情熱的に、光彦はさくらに話しかけ続けたのである。
しかし、不思議とさくらは不快ではなかった。
おそらく、光彦が自分の話ばかりをするのではなく、さくらの話を聞こうとしていたからであろう。一歩間違えば、根掘り葉掘り聞きやがって、となりそうなところだが、どうやら光彦は一線を越えなかったらしい。
「すいませんさくらさん。7番テーブル様、ご指名です」
黒服の男が静かにさくらに告げる。
人気のあるキャストの場合、指名料を払ったとしても、三十分もしないうちに他のテーブルに移動されてしまうことも多い。それを承知の上で、それでもお気に入りのキャストとの時間を買ってしまうのが、人気者に恋をした者に与えられる試練なのだろう。
「太郎さんゴメンね!今日はほとんど話せなくて」
「いいよいいよ。こいつらにさくらちゃんの良さを布教出来たしね」
常連の男は笑顔でさくらを送り出そうとする。
さくらが去った後は、テーブルについてくれた他のキャストと楽しく会話をして酒を飲む。彼は、そんな大人の遊び方が出来る男だった。
「そんな!僕はもっとさくらさんの事を知りたいのに!」
一方で、空気を読めずに光彦は残念そうな声をあげる。
そんな光彦に、さくらは連絡先の記された名刺を手渡す。当然、仕事用の連絡先ではあるのだが。
「ごめんね、光彦さん。またお話ししてくださいね」
その名刺に溜飲を下げたのか、光彦はおとなしく座りなおす。
そんな光彦ににっこりと笑いかけると、さくらは他の客が待つテーブルへと移った。赤いシャンデリアの下、照らし出されるさくらの姿は、まさに夜の蝶であった。
※
草木も眠るはずの時間になっても、東京の街は明るく輝いている。そんな眠らない街をタクシーで走り抜け、さくらは自宅へとたどり着いた。
ドレスが皺になることも厭わず、さくらはベッドへと倒れ込む。さすがに疲れが出ていた。
翌日のことを考えると、最低でも化粧だけは落としたい所であるが、何もする気が起きない。このまま寝てしまうことだけは避けようと、さくらは鞄からスマホを取り出す。
「……ふぅ」
床に転がり出した仕事用のスマホが、当然のようにメールの受信を知らせるライトを点灯させている。
来てくれた客に返信を送ることをそれほど苦には感じないさくらだが、それでも夜中にそれを見るとため息の一つも出る。
今日はもう遅いから、返事は明日にしよう。
そんなことを考えていた矢先、スマホが鳴動した。
『もうかなり遅いですが、お仕事はまだ終わらないのでしょうか?さくらさんは綺麗なので、とても心配です。無事に家に着いたことだけでも報告してくれると嬉しいです』
今度のため息は、先ほどよりもさらに深いものであった。たまにいるのである。仕事用の連絡先を渡しただけにも関わらず、まるで彼氏のようなメールを送ってくる男が。
登録されていないアドレスであったため、差出人が誰かを確認する。受信フォルダを遡ると、同じ相手から送られてきたメールを数通、確認することが出来た。
「『江川光彦』……あぁっ!太郎さんの友達か」
言われてみれば、こんなメールを送って来そうなタイプであった。
こういったタイプの人間の難しいところは、直接的に拒絶感を示すと何をするか分からないところである。対応を間違って、万が一ストーカーにでもなられたらたまったものではない。
(とりあえず……太郎さんにそれとなく釘を刺しこうかな)
深夜なので返事は不要だ、という本文に来店のお礼を添えたメールを送信すると、気分を変えるためにさくらはシャワールームへと向かうのだった。
今日の後書きのコーナー。
今回のお話に出てきた、AV女優の『上川亜依』。
誰をモデルにしたかなど言うまでもないでしょう。
上原亜衣さん。
レジェンドと呼ぶべき女優さんは何人かいますが、彼女も間違いなくその一人です。
無名の大部屋女優。
彼女のスタートは、決して華々しいものではありませんでした。
しかしそこからコツコツと、どんな仕事にも全力で、そして笑顔で頑張る姿に、気付けば多くの人が彼女を応援するようになっていました。
それはファンだけではなく、同じ業界で働く仲間たちも、です。
『AV女優 上原亜衣』としての最後の一か月。彼女は浅草ロック座で、踊り子として輝いていました。
そんな彼女の最後の勇姿を見ようと、舞台に足を運んだAV女優さんは数知れません。
多くの同業者から愛され、その引退を惜しまれる。
そんな女優さんを、彼女以外に知りません。
上原亜衣最後の日。
日本中のAVファンが、そしてAV関係者が、この言葉を口にしたことでしょう。
――やっぱ上原亜衣だな
魅力的な女優さんは数多くいるけれど、やっぱり「上原亜衣」は特別な存在なのです。
それは彼女が引退し、普通の女の子に戻った今でも、変わりありません。
今もきっと、どこかで笑って、誰かを幸せにしているのでしょう。
さて、次話もさくらのお話です。
彼女がなぜ、「AV強要」という嘘をついてしまったのか。
ご期待ください。
香坂蓮でしたー。