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恋をした相手は、同級生のAV監督でした。  作者: 香坂 蓮
偏屈小僧に天使は微笑む
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3-1 AV業界を揺るがすニュース

 いよいよ最終章です。


 どうぞ!

――六時三十分になりました。現在までに入っているニュースをお伝えする、ニュースピックアップのコーナーです

 

 聞きなれたアナウンサーの声がテレビから流れてくる。

 

 トーストが焼けるまでの間にサラダを盛り付けている笑麻は、その音声に聞き耳を立てていた。


 世間を騒がせた殺人事件の犯人が捕まってから二日。その犯人の猟奇的な動機についてアナウンサーが説明している。


(本当にひどい……)


 その残忍な手口と動機から、犯人は精神鑑定にかけられる可能性があるらしい。それで無罪にでもなろうものなら、亡くなった人は浮かばれないだろうと笑麻は思う。


――次のニュースです。強要はあったのでしょうか?


 日本全国を震撼とさせた猟奇殺人事件である。ニュースが切り替わったところで、笑麻の意識はこの事件から離れない……はずだった。


――昨日の夕方、アダルトビデオの撮影に女性を派遣したとして、AVプロダクション『シティ』社長の黒田正幸容疑者ら四名が逮捕されました


「……えっ?」


――被害者の証言によると黒田容疑者は、グラビアの撮影と偽って女性をアダルトビデオの撮影現場に派遣し、撮影を強要したとのことです。なお、黒田容疑者は容疑を否定しており、警察は詳しい事実関係を捜査する模様です


 画面は次のニュースへと切り替わる。


 どこかの新商品発売イベントに、人気のお笑い芸人が参加したらしい。商品を片手に、流行のギャグをしたり顔で叫んでいる様子を、笑麻は笑う余裕が無かった。


 慌ててスマホから充電器を引き抜き、ニュースを検索する。件の猟奇殺人に関する情報が大部分を占める中で、目当ての見出しもいくつか見つかった。


(モデルだって言って騙して無理矢理……そんな……そんな!) 


 一年前の笑麻ならば、女性に対して酷い事をした容疑者に憤慨するだけで終わっただろう。あるいは一つ前のニュースに気を取られ、聞き流してしまっていたかもしれない。


 しかし今は違う。頭に浮かぶのは悠斗の姿。


(悠斗君……大丈夫かな)


 偏屈だが傷つきやすい悠斗のことだ。自分が大切にしている業界で起きた事件に心を痛めているのではないだろうかと笑麻は心配する。


「ちょっと笑麻!?トースト焦げてるじゃない!」

 

 母親の慌てた声に笑麻はスマホから意識を引き離す。トーストは真っ黒になってしまっていた。


 謝罪の言葉と共に、笑麻はテーブルナイフでパンの表面の焦げをそぎ落とす。


 いつもは楽しみにしている朝の占いが、今朝は全く頭に入ってこなかった。


………

……


 駅に向かうサラリーマンたちの流れに呑まれるように笑麻は歩く。すれ違う何人かの友達に挨拶を返すも、笑麻は心ここにあらずであった。


 いつも通りの時間に電車は駅へと到着し、いつも通り悠斗が改札から現れる。しかし、それを出迎える笑麻の声は暗い。


「おはよ……悠斗君」


 その様子にピクリと眉をあげた悠斗は、短く挨拶を返すといつも通りに歩き始めた。


(知らないなんてことは……ないよね)


 その背中を笑麻は心配そうに見つめる。


 思えば悠斗と知り合い、彼に想いを寄せるようになったにも関わらず、自分はAV業界について詳しくは知らない。テレビで報道されるくらいなので、今回の事件が重大なことくらいは分かるが、実際どれくらいの衝撃を悠斗に与えているかは予想出来なかった。


「何か言いたいことでもあるの?」

 

 悶々としている笑麻に、振り向くことのないまま悠斗から声が掛けられる。


「その……ニュース、観た?」


 笑麻の答えに悠斗は一つため息をつく。悠斗の癖とも言えるため息に、少し安心する笑麻。


「……やっぱりそれか」


「その……聞いちゃまずかった?」


 悠斗の声色に変化はないが、それでも笑麻は緊張する。自分は悠斗の傷口を抉るようなことをしていないだろうか。


「別に問題ない。ただ、ここでは話せないから放課後だね」


 出会った頃の悠斗ならば、「君には関係ない」で終わっていただろう。少し前ならば、笑麻がしつこく聞いて渋々答える、といったところか。


 少しずつ少しずつ、悠斗も笑麻を信頼してきているようであった。


「たぶん宮本にも『説明しろ』って言われると思うから……この間の喫茶店でいい?」


 その問いかけに笑麻は頷く。


 普段なら、デートじゃないことを大袈裟にがっかりする笑麻だが、今日はそんな気分ではなかった。


………

……


 桜木高校から一駅離れた場所にある喫茶店。カーテンに仕切られた半個室に、三人の姿があった。


「昨日のニュースで知ってさ、思わず優衣さんにメールしちゃったよ」


 翔太経由で優衣と連絡先を交換して以来、綾香と優衣は友情を育んでいるようであった。クリスマスまで一週間を切ったということもあり、女二人でデートをしようなどという計画も進行している。


 ちなみに笑麻も、北村優衣という女性がAV女優であり、翔太の憧れの女性であるということは知っている。


「優衣さん、『この先、業界がどうなるか不安』って言ってた。やっぱり大変そうなのか?」


 心配そうな目で悠斗を見つめる綾香。


「……大きな事件ではある。逮捕されたのは、業界でも大手のプロダクションの社長だから。正直あのプロダクションが本当に強要をしていたんだったら、業界にとって大打撃だと思う」


 業界大手の社長が逮捕されるということは、業界全体に不祥事が蔓延していると捉えられかねないということである。


 特にAV業界は、ただでさえ厳しい目で見られやすい業種だ。これを期に、厳しい締め付けが行われる可能性は否定出来なかった。


「その……本当に無理やり撮影したりしたのかな?」


 恐る恐る、といった感じで笑麻が問いかける。


 笑麻自身、AVの世界に美しい幻想を抱いていたわけではない。むしろ当初はマイナスな印象であった。


 しかし悠斗と付き合っていく中で、彼を通してAV業界についての印象も良くなっていただけに、信じられないという思いがあった。


 なにより、もし女性に撮影を強要するような業界であるならば、悠斗にそんな世界に居てほしくなかった。

 そして悠斗の答えは、笑麻が望むものではなかった。


「……分からない」


 辛そうに目を伏せる笑麻。それを横目に綾香が問う。


「田島はその社長のことを知ってるのか?」


 その問いに悠斗は首肯し、逮捕された社長がどのような人物かを語り始めた。


 逮捕された黒田という男は、一言でいえば「野心家」であったらしい。


 テレビの制作会社でADとして働いていた黒田は、どれだけ頑張ってもテレビ局の社員には頭が上がらないであろう未来に嫌気がさし、AVプロダクションを立ち上げた。


 奇しくも時代はAV創成期。


 業界内ですらルールが共有されず、違法な仕事がまかり通っていた時代である。黒田もかなりきわどいやり方で成功を収めてきたらしく、逮捕寸前までいったという噂もある。


 AV業界に向けられる視線が厳しくなり、業界が健全化を図るようになってからは、黒田もかなりコンプライアンスに注意するようになった。


 その頃には既に、黒田が社長を務める『シティ』が業界でも大手と言われるまでに成長していたことも大きな要因であろう。うがった見方をすれば、違法行為というリスクを取らなくても儲けられるようになっていたのである。


「僕が黒田社長に初めて会った時、既に『シティ』は業界大手のプロダクションだったし、女優の管理もしっかりしているという印象だった。昔、ブラックなやり方をしていたというのも又聞きでしかない」


「だったら今回の件も強要なんてなかったんじゃ?」


「あくまで僕の主観だから。僕はプロダクションの内部の細かいところまで知っているわけじゃない。社長とも親しいわけじゃないし」


 仮に逮捕されたのが黒岩であったならば、悠斗は即座に「強要など無い」と断言しただろう。それは仕事以外でも何度も顔を合わせ、黒岩個人が信頼に足る人物だと確信しているからである。


 しかし黒田との関係はビジネス上のものでしかない。ゆえに悠斗では、黒田の人間性についての判断は出来なかった。


「だから断言は出来ない。もし『シティ』の内部で強要があったのなら……それを見抜けなかった僕にも責任がある」


 一切表情を変えずに悠斗は言う。


 笑麻にとって聞きたくなかった言葉を。


「今回被害を訴えた女優。……僕もその女優と仕事をしたことがあるんだ」



 高校一年生の夏であった。


 当時の悠斗は仕事にも慣れ、様々な作品に関与するようになり売り上げも上々であった。


 作品自体は、父である信二の監督名『古谷ジロー』名義で販売されるため、『古谷ジロー』監督へのオファーの中から信二が選別したものを受ける、という形で悠斗は仕事に邁進していた。


 そんな悠斗の元に届いた一件のオファー。


 まだキャリアが三年にも満たない女優であったが、メーカー専属女優で、所属するプロダクションの一押しらしい。


 元よりどんな仕事であっても断るつもりは無い悠斗であったが、今まで中堅以上のキャリアを持つ女優としか仕事をしていなかったため、珍しいなという印象は持った。


 彼女の名は『青山さくら』

 

 今回、強要被害を訴えた女優である。


 AV監督の助手のような仕事をするにあたって、信二に言われたことがある。それは「女優の意思を見極めること」である。


 例えば女優のデビュー作の場合。撮影の間際になった女性が「やっぱり出来ない」と尻込みしてしまうことは多々ある。


 いくら覚悟を決めたとはいえ、大量のスタッフやカメラの前で性行為をするのはハードルが高く、直前で尻込みしてしまうのだ。そして、そんな状態の女優を落ち着かせ、説得するのもまた監督の仕事である。


 しかしそれはあくまで、女優が自分の意思でデビューをする場合である。もしも無理やりデビューをさせられている場合、監督からの説得は逆にその女性を追い詰めることにもなりかねない。


 では、その女性が撮影前の緊張感からナイーブになっているのか、それとも撮影を強要されているのかをどうやって見分けるか。


 それはもはや監督の眼力しかない。


 場合によってはそれが、違法にAVに出演させられそうになっている女性にとっての最後の命綱になるのかもしれないのだ。

 

 悠斗自身は撮影現場に出ることはないため、女優と接する機会は監督面接の時だけである。


 面接の際は女優のことをよく見るように、信二からは口を酸っぱくして言われている。


 強要だけが問題なのではない。女優が無理をしていないか。ストレスを溜め込んでいないか。プロダクションの人間ではない第三者が確認することもまた、女優を守るうえで非常に重要なのである。

 

 では、悠斗から見た青山さくらという女優はどういう女優であったか。


 悠斗は言う。


「僕から見たその女優は、とても積極的で……プロ意識の高い女優だった」


 監督面接をしていると、色んなタイプの女優に出会う。


 監督の意向を聞くことに集中する女優。


 やりたくないことをはっきりと言ってくる女優。


 物珍しさから、悠斗を質問攻めにする女優もいた。

 

 そんな中で青山さくらは、積極的にやりたいことを悠斗に訴えてくる女優であった。その時の様子を悠斗ははっきりと覚えている。

 

 実はこの作品には悠斗が普段よりもさらに神経を使う理由があった。内容がレイプものだったのだ。

 

 AVにおいてレイプを扱う作品は、女優にとって大きな負担となる。


 いくら台本の通りに演技しているとはいえ、力の強い男に押さえつけられ犯されるというのは恐ろしい体験である。映画などとは違い、実際に行為に及ぶこともまた、その負担に拍車をかける。

 

 それゆえレイプものの作品では、監督や男優がカットごとにコミュニケーションをとり、あくまでも作品を作っているだけだという雰囲気を作ることを徹底するなど、特に女優への配慮が求められる。


 監督面接でもそれは同様で、どこまでが無理なく演技出来る範囲なのかを、監督はしっかりと見極める必要があるのだ。


 ましてこの時、青山さくらは本格的なレイプ作品に初挑戦するというタイミング。細心の注意が必要であった。

 

「だけど彼女は……こっちがびっくりするくらい色んなことを提案してきたんだ」


 一応、笑麻と綾香が女子高生だということに配慮し、具体的な説明は避ける悠斗。実際、さくらから出た提案はどれも日中に公共の場で言えるようなものではなかった。

 

 一つ、悠斗は可能性として思いつくのは、当時のさくらが“躁状態”であったという説。すなわち、(なか)ばヤケクソで打ち合わせに臨んだという可能性だ。


 しかし悠斗はその可能性を自ら否定する。


「あの時の彼女の瞳は間違いなく生き生きとしてた。出てくる提案も投げやりなものじゃなくて、どうすればユーザーを興奮させることが出来るかをしっかりと考えたものばかりだった」


 それは思わず悠斗が感心した程である。


 周囲のスタッフからの評価も上々で、この女優は近い将来トップに立つと皆が思っていた。

 

 だからこそ、その数か月後にいきなり引退を表明した時には大いに驚いたし、ファンからも大きな悲鳴が上がった。


 そして今回の騒動である。


「もしもあの時の彼女の様子が演技だったとすれば……それは凄まじいプロ意識だ」


 AVを強要された人間が、それでも高いプロ意識を持って仕事に臨んでいたとするならば、それは壮絶なことである。


 心を、魂を削って作品を生み出したと言っても過言ではない。


「同時にそれは僕の目が節穴だったってことだ。AV制作に携わる人間として、これほど恥ずべき事はない」


 残念なことに、現在のAV業界において組織的に女性を守るシステムはまだ構築されていない。全ての女優を守るには、全ての業界人が高いモラルを持って仕事をするしか方法がないのだ。


 しかし現実はそうはいかない。どこの世界にも悪辣な人間は存在する。


 そしてそんな人間の毒牙にかかった女性を救える可能性が現状最も高いのは、善良な同業者の“気付き”である。そこに引拠した自浄作用に頼るしかないのだ。


「一人の人間の人生を壊すんだ。……知らなかったじゃ、済まされないんだよ」


 雲が太陽を隠したのだろうか、店内が薄暗くなる。

 

 すっかり冷めてしまったコーヒーを口に運ぶ悠斗に、笑麻も綾香もかける言葉を見つけられなかった。


 大手AVプロダクションの社長が、女性にAVへの出演を強要し、逮捕された。


 これは、今年に入って実際に起きた、業界を揺るがす事件です。


 この事件の影響は大きく、今まで以上にAV業界に対して厳しい視線が送られることが予想されています。


 そんな中で、一人のAV女優さんが声を挙げました。


 香西 咲さん。


 彼女のデビューもまた、強要だったそうです。


――友人や恋人との関係を切らせ、事務所の人間以外と関わらせない。


――デビュー作の撮影は、山奥のスタジオに半ば軟禁されるような形で行われた。


 彼女の証言は生々しく、とても辛いものです。


 現在彼女は事務所から独立し、フリーの立場でAV女優を続けています。


 それは、AV業界全体が悪では無かったから。


 仕事をする中で、業界に対する愛情を持ったからこそなのでしょう。


 彼女は今、現役AV女優という立場から、悪徳プロダクションの撲滅を目指す声を挙げています。実際にAV女優として働いているからこそ出来るなにかを、彼女は追い求めているのでしょう。


 作者は、AV業界全体が卑劣な業界だとは思っていません。


 しかし、卑劣なことをする人間がゼロだとも思いません。


 どこの世界にも、悪い事を考える人間は存在すると思います。


 そしてAV業界の場合、辛い思いをするのは主に女性です。


 香西さんのような辛い思いをする女性をもう二度と出さないように。


 今以上に健全な業界へと、AV業界が歩んでいくことを、強く願っています。


 ~参照記事~

http://news.livedoor.com/article/detail/11759965/


 


 

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