2-4 初めてのAV鑑賞
本作をお読みになっている、15~17才のみなさん。
AVは、18才になってからですよー(=゜ω゜)ノ
「うわぁ……うわぁ……」
綾香が思わず声をあげる。隣では笑麻が、顔を真っ赤にしながら食い入るように画面に見入っている。
そこにはカメラに向かって笑顔を浮かべる女性が映っている。
嬉しそうな笑顔を浮かべて男の胸板に頬を寄せる女性。まるで自分が、画面の中の女性の恋人になったと錯覚しそうになる。男の庇護欲をくすぐる甘い言葉を囁き、女性はキスを求めた。そして愛の行為が始まる。
………
……
…
「すごかった……」
最後まで早送りすることなく作品を観て、笑麻と綾香は放心状態であった。言うまでもなく、AVである。
これがもう少し人数が多い、例えば合宿のような場であったならば、皆で冗談を言いながら盛り上がったのだろう。しかし、笑麻と綾香は二人であったため、まじまじとその行為を鑑賞してしまったのだ。
笑麻と綾香が、香織の話を聞いてから二週間が経っていた。
すっかり仲良くなった三人は連絡を取り合うようになっていた。それはまるで仲のいい生徒と先生のような関係性。のんびりとした性格でありながら、悩み事にはしっかりと答えてくれる香織は二人にとって良きお姉さんであった。
そんな香織に笑麻がお願いしたこと。それは、「悠斗が台本を書いた作品でオススメの作品を教えてほしい」というものであった。
『二人とも、まだ十八歳になってないでしょ?』
当初はやんわりと断っていた香織であったが、笑麻のお願いに割とあっさり陥落した。
そもそも香織は高校生になればAVくらい観るべきだと考えている。
思春期を迎えた男子が性に全く興味を持たない方が健全ではない。ならばそれに対して女子は、男子がどういうSEXを求めているのかを知っておきべきだと香織は考える。そうすることで、性交渉の際にAVのような無茶な体位を断ることも出来るし、また避妊にも繋がると考えていた。
『これはあくまで作り物の世界だからね?それをちゃんと理解したうえで観ること』
そんなメッセージと共に一本のDVDが笑麻の元に届けられたのは三日ほど前のこと。ちなみにメッセンジャーは悠斗である。
なんだかんだ母親には弱い悠斗は、なんとなく嫌な予感を感じながらも厳重に包装紙に包まれたDVDを、中身がなにかを確認することなく笑麻に届けた。
「でもなんか……イメージと違ったな」
「うん……。女優さんがすごくかわいくて幸せそうで。本当のカップルみたいな気分になったよ」
二人が観たのはいわゆる「主観モノ」といわれる作品である。男性の目線でカメラを回し、そのカメラに向かって女優が語りかけることで、画面の中の男性に自分を投影できるように作られている。
この作品では女優が年上の彼女を演じており、世話焼きな普段の様子や楽しそうなデートシーンが収録されており、笑麻と綾香はものの見事に感情移入してしまっていた。
またベッドシーンでは思わず顔を赤らめてしまったものの、嫌悪感のようなものはなかった。当然生々しい行為が繰り広げられてはいるのだが、それはどこか羨ましく感じられた。画面の中の女優の幸せそうな、まるで本当に愛する人と繋がっているような表情がそのような印象を与えているのだろう。
「これを一年生の悠斗くんが作ったんだ……すごいなぁ」
初めて観たAVだったので、他と比べての良し悪しは分からない。
ただこの作品に主演した女優は間違いなく魅力的だった。美人でありながらもどこか幼さの残るその顔には、イタズラっぽい笑顔が良く似合う。一方で、長い髪を一くくりにして彼氏の世話を焼くシーンでは、母性を感じさせる大人びた表情も見せてくれる。女性が観ても「こんな彼女がいたら」と思ってしまうような素晴らしい作品であった。
そんな作品を、今から一年以上も前に作っていることに笑麻は感嘆した。そんな笑麻に同意しつつ綾香は改めてパッケージを見る。『Sweet Life』というまるで恋愛ドラマのようなタイトルとそれにぴったりの写真。デートの途中、イタズラっぽく笑う女優を収めた一枚。
「『西園寺あおい』さんっていうのか……きれいな人だなぁ」
スレンダーなスタイルに整った顔。テレビでよく観るアイドルグループに入っても何の遜色もない。それどころかトップクラスにかわいいとすら言える。口に出すことは絶対にしないが、なぜこんなきれいな人がAVに、というのが綾香の正直な気持ちであった。
※
「私は感動したよ!悠斗くんっ!」
週が明けた月曜日、まだ本番まで一か月以上もあるのに、街はクリスマスムード一色である。桜木高校の最寄り駅にもクリスマスツリーが飾られ、冬のお祭りを盛り上げるのに一役買っていた。そんな中で笑麻は朝から元気いっぱいであった。
「分かったから……昼休みにでも聞くから」
そんな笑麻を悠斗はうんざりした表情であしらう。すでにメールで自分が携わった作品を観たことは伝えられていたが、まさかこんなに高いテンションで来られるとは思っていなかったのだ。つくづく余計なことをしてくれたものだと心の中で母親に対するため息をつく。
「昼休み!?いいの!?」
これまで頑なに笑麻と一緒に昼休みを過ごすことを拒んできた悠斗である。笑麻にとってこれは大きな一歩であった。
「仕方ないでしょ……人がいるところでするような話じゃないんだから」
呆れるような悠斗のつぶやきは、喜びに身を震わせ笑麻には聞こえなかったようだ。
肩をすくめ足早に歩く悠斗。後ろからは、もはや馴染みとなった気配が着いてきている。自分の口元がほんのわずかだが上がっていることを悠斗は自覚していた。
………
……
…
「それで……どの作品を観たのさ」
今更と言えば今更なことを聞く悠斗。
昼休み、笑麻はついに悠斗の聖域に足を踏み入れた。倉庫の裏手にありながら陽が当たる場所にあるベンチは不思議と暖かい。ベンチを設置した人の狙いが分かる数少ない瞬間である。
「えっとね……西園寺あおいさんの『Sweet Life』って作品」
そのタイトルを聞き、悠斗はピクリと眉を上げる。それに気づかず笑麻は作品の感想を語る。
「AVってね、とにかくずっとエッチなことをしてるってイメージだったんだ。だけどデートのシーンとかすごくかわいくて、こんなカップルになりたいなって。あおいさんも綺麗で素敵だったし……思わずtwitterをフォローしちゃったよ」
ちなみにtwitterをフォローする際には新しくアカウントを作っている。
当初は高校の友人などとも繋がっている既存のアカウントからフォローしようとした笑麻だったが、ギリギリの所で綾香が止めたのである。
もはや笑麻が悠斗に思いを寄せていることは公然の事実となっているが、まだお付き合いには発展していないため虎視眈々と狙っている男子は多い。そんな中で、笑麻が突然AV女優をフォローしたとなれば不要な騒ぎになることが容易に予想出来た。
「それでさ……やっぱり悠斗くんも彼女は年上の方がよかったりする?」
笑麻にとっては作品の感想と同じくらい重要なことだった。それほどまでに『Sweet Life』という作品は女優・西園寺あおいの魅力を存分に引き出していたのだ。
それはまるで愛する人との日々を記録したホームビデオのような、作り手の愛情が伝わってくる作品だった。それこそ、作り手である悠斗の女優への恋心を邪推してしまうほどに。
「興味ないね。僕は誰かと付き合いたいと思ってないから」
「もう……ほんと偏屈なんだから」
この偏屈という言葉は翔太の受け売りである。翔太、笑麻、綾香の三人の間で、悠斗を「偏屈」と揶揄することが流行しているのだ。そして悠斗はなんだかんだそれを受け入れている。
「でも……そうか。女優がきれいに撮れてたか」
ホッと一つ、悠斗は息を吐く。それはいつもの面倒くさそうなため息ではなく、まるで何か安心したかのようである。不思議そうな顔をしている笑麻に向けて悠斗は視線を向ける。
「来週の土曜日……暇?」
「大丈夫……だけど?」
「そっか。……じゃあどっか行こうか」
その言葉に笑麻は耳を疑った。これまで何度も自分から誘うことはあっても、悠斗から誘われたことは一度もなかったのだ。
「それは……もしかして二人で?」
「……嫌なの?」
不機嫌、というよりは少し拗ねたような表情。少なくとも笑麻にはそう見えた。
「嫌じゃないよ!大歓迎だよ!……デートだぁ」
「デートじゃない。……ただ、何度も断ってるから悪いと思っただけ」
いつの間にか悠斗の目線は笑麻から外れていた。こういう時に頬でも紅潮していればかわいげもあるのだが、悠斗の顔色は一切変わっていない。それでも笑麻の顔には大きなエクボが出来る。
「ほんと……偏屈なんだから」
数分前と同じような言葉。しかしその言葉の温度は先ほどよりも少し高くなっていた。
※
『デート!?』
『マジか!悠斗の野郎ついにデレたか!』
チャット画面に既読の文字が付き、ほぼ同時に返事が二つ返ってくる。携帯の通信アプリを利用し、翔太、笑麻、綾香の三人のみが参加できるチャットルームで会話をしている。
ちなみに悠斗が参加していないのには理由がある。このチャットルームの名前が『田島悠斗対策本部』なのだ。要はどうすれば悠斗が笑麻に恋に落ちるかを日々研究しているチャットルームなのである。
『悠斗くんは「デートじゃない!」って言ってけど…二人で遊びに行くんだからデートだよね?』
笑麻の問いかけに、一瞬にして二人から賛同の返事が返される。
昼休みにお誘いを受けた笑麻は、気分が最高潮に達したまま午後の授業を受けた。それはもうご機嫌で、体育の時間に鼻歌を歌いながらマラソンをしたくらいである。放課後、綾香に用事があったため学校で直接話すことが出来なかったこともあり、『対策本部』での報告と相成ったわけである。
『それで!どこに行くの?』
『まだ決めてない…。私が決めたほうがいいのかな?』
『悠斗はあれで意外とマメなんだよ。だからアバウトにやりたいことを言えばプランを立ててくれるよ』
何を隠そう翔太と悠斗が出かける際はいつもこのパターンである。
例えば「○○を買いに行きたい」といえば悠斗がそれに合わせて計画を立てる。待ち合わせの時間や移動方法など、それはもう完璧なスケジュールを立ててくれるのである。
『そうなんだ!遊園地とかはやっぱり嫌かなぁ』
『それは…』
『うーん』
困ったような顔文字が並ぶ。綾香はおろか、付き合いの長い翔太ですら悠斗が遊園地ではしゃいでいる姿が想像出来なかった。というより、人の多さに皮肉を言っているイメージしか湧かない。その後もいくつか案はでるものの、どれもいまひとつなものだった。
『そうだ!東京観光ってのはどう?こないだ二人で計画してたんでしょ?』
翔太の提案に会話が動く。
新宿で悠斗に遭遇したあの日、香織に連行されてため立ち消えになってしまったが本来はあの後もいくつか東京の名所を回るつもりだったのだ。
『悠斗は都内詳しいけど観光名所とかには行ってないだろうからちょうどいいんじゃない?』
悠斗が詳しいのは主に新宿、渋谷、秋葉原の一部地域なのだがそこは省く。一日をかけて様々な名所を回るプランならば途中で会話に困ることもないであろう。
『それでお願いしてみる!「東京でベタなデートがしたいです!」って送ってみるね』
にっこり笑った女の子のスタンプと共に、笑麻がメッセージを送信する。それをきっかけに今夜の『対策本部』は散会の運びとなった。
なお余談ではあるが、『東京でベタなデートがしたいです!』に対する悠斗の返事は、『だからデートじゃないから』というなんとも可愛げのないものであった。
………
……
…
『さて……どうする?』
三人でのグループチャットが終わった直後、綾香のスマホにメッセージが入る。相手は翔太である。
『田島がむやみに笑麻は傷つけることは無い、とは思うけど……やっぱり心配は心配かな』
『あの二人の初デートがどんな感じになるか……興味があるってのも本音だけどね』
ペロッと舌を出したスタンプが、まさに今の自分の気持ちとぴったり合致して、思わず綾香は笑ってしまった。
『こっそりと……』
『追いかけますか!』
笑麻に悪いと思いつつも翔太とのやり取りが楽しくてつい悪ノリをしてしまう綾香。
もちろん二人のことが心配だという気持ちも本心ではある。しかし四人で遊ぶうちに生まれた冗談の言い合える空気感に身を任せたと、いう部分も大きかった。
返事を送りソファに身体を沈める綾香。テレビがついてはいるものの、意識はスマホを持つ手に集中している。
「服……ちゃんとしないとな」
そういえば、悠斗のあとをこっそりとつけるのは、これが二度目である。
前回のような、張り込みのためだけのダサいファッションで行くわけにはいかない。しかし、いかんせん自分はかわいい洋服を持っていない。翔太が選んでくれた洋服は、あれから一度も着ることが出来ず大切に保管してあるが、それをそのまま着ていくのはさすがに気恥ずかしい。
「姉ちゃんに借りるか……」
ブッブッ、とスマホが再び振動する。服のことを一時的に頭の片隅に押し込んで、綾香はアプリを開く。テレビから聞こえていた笑い声はいつしか聞こえなくなっていた。
悠斗の母親である香織の、AV女優としての名前である『三浦ゆう』や、このお話で出てきた『西園寺あおい』。AV女優さんの名前を考えるのって、とても難しいです。なんていうか、それっぽい名前が出てこない(´・ω・`)
実在する女優さんだと、川上奈々美さんや大槻ひびきさんなど、普通の女性名の方も多くいらっしゃいます。
一方で、ユニークな名前の方も多いです。
阿部乃ミクさん
AVで日本経済を元気にしよう!がコンセプト。「アベノミクス」と検索しようとする際、予測変換で画面に現れることが多いそうです。
佳苗るかさん
「貴方の願いを叶えるか」がテーマだそうです。
続いて、思わず笑ってしまう名前も二人ほど。
萌雨らめさん
「萌雨」は「もう」と読みます。下の名前と続けて読めば、名前の由来が分かるでしょう。
緒奈もえさん
「緒奈」は「おな」と読みます。以下同文。
いやぁ……事実は小説よりも奇なり、ですね。
さすがに、下のお二方のような名前は、小説には登場させられないです。あまりにトリッキーな名前だと、小説の中身よりも名前に注意がいってしまうので……。
ではでは、次話もお付き合いください。
香坂蓮でしたー。
8/27訂正
阿部乃みくさんのお名前を間違えて表記していました。お詫びして訂正いたします。申し訳ありませんでした。