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恋をした相手は、同級生のAV監督でした。  作者: 香坂 蓮
ハンサムは健気で女々しい
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2-3 一生を賭ける覚悟

 前書きに書いた、現実的ではないという部分はこの辺りです。あくまでもフィクションであり、実際のAV業界ではこのようなことはあり得ません。ご了承ください。


 それでは、どうぞ!

『ぶわっはっはっ!さすが香織さん!相変わらず男前だなぁ』


「笑いごとじゃない!君のせいでひどいことになった」


 香織の運転で笑麻と綾香を家まで送り届け、悠斗が家に戻ったのは夜も更けていた。香織の謎のコミュニケーション能力の高さに負けた笑麻と綾香は、結局田島家で夕食まで食べて帰ったのである。


『しかし……あの笑麻ちゃんの口から「監督面接」って。お前の顔が目に浮かぶよ』


 もはや笑いをこらえる気すらない翔太に、受話器越しに殺意を送る悠斗。そもそもこの電話は翔太が香織に余計なことを吹き込んだがために、想像以上に母親とクラスメート二人が仲良くなってしまったことに対する抗議のためのものである。といっても本気で怒っているわけではなくどちらかと言えば愚痴を言っているという感じなのだが。

 

 『監督面接』とはその名の通り、AV監督と女優が作品を作るにあたって事前に行う面接のことであり、『監面』と略されることが多い。さて、なぜ悠斗とその監面が関係するのか。時間は少し遡る。



「実はね……。悠斗は、AVを作るお手伝いをしてるのよ。中学三年生の時からずっと」


 そのあまりに予想外な言葉に、笑麻と綾香は固まってしまう。

 

 そのリアクションを予期していたかのように、香織は紅茶を一口すすり、時間を取る。


「年が明けてすぐかな。悠斗がね、すごく真剣な顔をして夫と私に『頼みたいことがある』って言ってきたの」


 当時の悠斗は家族の前では普通にしているものの、顔から表情が消えることが多かった。それはもしかしたら他人には分からないような些細な変化だったかもしれない。しかし母親である香織には、まだ悠斗の心が癒えていないことが痛いほどに分かった。


「その日の夜にね。家族三人で食卓を囲んで話し合ったの」


――僕を、AV撮影の現場に連れて行ってください。


 父である信二の顔をしっかりと見据えて悠斗は静かにそう言った。あの時の悠斗の大人びた表情を香織は今でもはっきりと覚えている。親に守られるだけの子供ではない、自立した一人の人間としての悠斗の姿。


「もちろん夫は断ったわ。まだ中学生だもの……さすがに早すぎるって」


「ちょっといいですか?旦那さんもその……AV関係のお仕事をされているんですか?」


 慌てるように割り込んだのは綾香である。


「あら?二人は私の夫がAV監督だって聞かされてなかった?」


「そうだったんですか!?」


 「出会いは撮影だったのよー」と少し照れたような微笑みを浮かべる香織。言われてみれば翔太は確かにそんなことを言っていた。ただその後のエピソードが主に悠斗の母に関するものであったため、記憶から抜けてしまっていたのだ。


 驚く二人に香織は話を続ける。


「しばらくの間、夫と息子は話し合っていたわ。その時かしら……初めて悠斗の本音を聞いたのは」


――正直、普通の家に生まれたかったと何度も思った。


 それは当たり前の感情の発露であったし、息子がそういった辛い思いをしていることくらい香織にも分かっていた。しかしそれが実際に本人の口から出たとなれば、とても重い。


「それでね……あの子は言ったの」


――AVという仕事がどんな仕事なのかも知らないまま父さんと母さんを憎みたくないんだ。


 その言葉に香織は横っ面をはたかれるような思いだった。息子が自分を許すことは無いだろうと、それでも息子を愛していこうと勝手に考えていた。しかしそれは親の傲慢だったのだ。息子は自分の足で立ち上がり、親のことを理解しようと懸命に頑張ってくれているではないか。

 

 それに息子には知る権利がある。


 信二も香織もAVという仕事に誇りを持っている。しかしその言葉だけを聞いて納得しろという方が酷である。それは自分の目で見て自分で判断すべきことであり、その判断する力が息子には十分にあるではないか。


 「それで私は、『悠斗の意見を尊重するべきだ』って夫に言ったの」


 そして最終的には信二も折れることになった。

 

 とは言っても、当たり前のことだがAVの撮影現場はそもそも中学生が入っていいような場所ではない。もしも世間にばれてしまえば「虐待」だの「業界のモラルが」だのと非難されることは間違いない。

 

 信二が出した条件は、自分が監督の現場であり、かつ一番馴染みの深いメーカーの作品であること。そして女優がベテランで、人間的に信頼できる人物であることであった。


「それから夫はだいぶ頑張ったみたい。メーカーさんやスタッフさん、そして女優さんに頭を下げてまわったの。何度か私も一緒にお願いしに行ったわ」


 信二は業界で名の知れたベテラン監督ではあるが、それだけでは実現出来なかっただろう。信二の、そして十年以上前に引退したにも関わらずいまだ古株のスタッフの記憶に残る香織の人柄が、彼らを動かしたのである。


――ジローさんの頼みだったら断れないよ。ゆうちゃんのなら尚更だ。


――もしバレたらみんなで謝りましょうや。


 少しややこしいが、信二の監督名が“古谷ジロー”であり、香織は“三浦ゆう”という名前だったため、このような呼び名となっている。

 

 監督としての信二、そして女優としての香織に向けられたそれらの言葉は、改めて信二と香織に仕事への誇りを感じさせてくれた。息子に見せても、なにも恥ずかしくない。二人の覚悟が真に決まったのは、実はこの時だったのかもしれない。


「いろんな人に協力してもらって悠斗は現場を見学出来たの」


 AVの現場は余人のイメージとはおおいに異なる。限られたスケジュールの中で撮影を完了しなければいけない以上、それぞれが次のシーンを考えて準備しなければならないため、常にバタバタを忙しい。よくある疑問として「撮影現場でスタッフは興奮しないのか?」というものがあるが、その答えは「興奮などしている暇がない」というのが正解である。

 

 また、女優にしてもただセックスをしていればよいわけではない。自分の身体がどのように映っているかを常に計算し、通常ではあり得ないような、身体に負担のかかる体勢をとることもざらにある。台本の通りに動かなければ撮影は混乱するが、台本を「棒読み」するセックスをしてはならない。AV女優とはある種の職人であり、職人になれてこそ一人前なのである。


「実際に現場を見学して、あの子なりに色々と感じたんだと思う。何を感じたのかはあの子にしか分からないけど……とても真剣だったわ」


 それは悠斗にとって自分のルーツを知るための場であり、プロとして働く父親の顔を初めて見る機会でもあった。

 

 もちろん、全ての現場が素晴らしいというわけではない。しかし幸運にも悠斗が見学した現場は、携わる者全てが「いい作品」を作るという目標のために全力を尽くす、一つのチームのような現場であった。この現場を見学したことが、悠斗の現在を形作る礎となったことは間違いない。


 それでね、と香織が続ける。


「現場見学から二週間くらい経ってからかな。悠斗が夫に一冊の台本を持ってきたの」


 それは、悠斗が見学した現場で主演を務めていた女優のための台本であった。


「内容はすごく王道。とにかく女優さんの魅力を引き立てることを最優先した、オーソドックスなものだったわ」


 その女優は千本以上の作品を出している、間違いなくレジェンドといえる存在であった。当然そのような内容の作品も既に何本も撮影している。


「ただね……プロである夫が見てもその台本は素晴らしかったの。もちろん初めて書いた台本だから粗いところはあったけど、それを差し引いても作品にする価値があるものだったわ」


 女優のどんな魅力を引き出したいのか。そのためにはどのような行為をどのようなカメラワークで撮影する必要があるのか。悠斗の台本にはそれが細かく、そして分かりやすく書かれていた。それを成すために必要なのは女優の魅力を見抜く観察眼と、作品完成図をイメージする創作力。その両方が悠斗には備わっていたらしい。


「そこから先は……根競べみたいな感じだったかな」


 香織は当時を思い出し苦笑いを浮かべる。


「悠斗はね、それこそすぐにでも現場に出たいって言いだしたの。でもまだ中学生でしょ?夫はあと五年待てって言って断り続けたの」


 常識的に考えて信二の判断が当然である。どこの世界にアダルト業界で働く中学生がいるのか。それは法律以前の問題である。しかしそれでも悠斗は諦めなかった。何本もの台本を書き、毎日のように信二に頼み込んだ。


「それでね……ある日、夫が私に言ったの」


――『AVに人生を賭けたい』……だってさ。大人になったよなぁ。


 一つの仕事に自分の人生を賭ける。どんな仕事であれその覚悟を決めることは大人でも難しい。日々「辞めたい」と思いながら、それでも生活のために惰性で働き続ける人間など数えきれないほど存在する。

 

 中学生にしては早すぎる、しかし間違いなく一人の男としての覚悟。


――親として、あいつにしてやれるのは『守ってやる』ことじゃなくて『見守ってやる』ことなのかもな。


 親としての在り方に正解など無い。

 

 それは人生に正解が無いのと同じである。夜が更けて、空が白むまで夫婦の話し合いは続いた。


「結局私たちは、あの子がAV業界で働くことを応援することにしたの」


 その答えは他人から見れば間違いのように思えるだろう。当人達ですら正しかったかどうか分からないのだから。ただ、信二も香織もあの時の決断を後悔していない。


「とはいってもさすがに中学生の悠斗を現場で働かせることは出来ないから……少し特別なやり方であの子は働かせてもらってるの」


 AV撮影の現場で中学生である悠斗がメガホンをとることはさすがに出来ない。世間にバレれば問題になるということもあるが、それ以前に中学生が監督では女優やスタッフに与える動揺が大きすぎる。悠斗には年齢、経験、貫禄の全てが足りなかった。

 

 かといって経験を積むためにアシスタントから始めるにしても問題が多すぎる。一番は労務関係について。アシスタントとなれば基本的にはどこかの制作会社に雇用されることになるが、当然中学生を雇用することは出来ない。フリーの制作スタッフという扱いにする手も無いわけではないが現実的ではなかった。

 

 様々な試行錯誤を繰り返した結果、悠斗の勤務形態は徐々に固まっていくことになる。まずは女優との監督面接。これによりその女優の魅力などを悠斗が見極め、どのような作品を撮影するのかを決定する。なお悠斗が作品に携われる女優は、ある程度のキャリアがあり女優が所属するプロダクションやAVを作るメーカー、さらには監督やスタッフからの信頼を得ている女優に限られる。これは中学生である悠斗がアダルト業界に関わっていることが出来る限り表に出ないための措置である。

 

 監督面接を終えた悠斗は台本を書く。悠斗の恐ろしいところはドラマの脚本も書けるということである。というよりも、むしろそっちが得意分野であった。通学中の電車や学校で常に本を手放さないのは、脚本を書くための勉強という面も持っているのだ。

 

 出来上がった台本は信二に渡され、『古谷ジロー監督』名義で撮影されることになる。悠斗自身が現場に行くことが出来ないため、台本受け渡しの際に出来るだけ細かく打ち合わせをすることで、悠斗の意図は信二に伝えられる。

 

 そして最後の仕事が、出来上がった作品を基にして行われる反省会である。これにより事前の打ち合わせでは共有しきれなかった悠斗と信二の意識をさらにすり合わせることが出来る。また監督として大先輩である信二の助言を聞くことが出来るのも、悠斗にとって貴重な時間である。


 本音を言えば、悠斗は作品の編集作業にも携わりたかったのだが、さすがにそれは早すぎると信二が許可を出さなかった。


「悠斗が監督見習いのようなことを始めて……ううん、あの子が『AVで生きていく』って覚悟を決めたときからかな。あの子の雰囲気が変わったのは」


 そして悠斗は中学三年生を迎える。親のこと何を言われようが、悠斗の心が揺らぐことは無くなった。それは親の仕事を理解することが出来たから。そして自分もその道を歩んでいくと決めたからである。

 

 その強さが香織には頼もしくもあり、同時に怖くもあった。あまりに早く大人になりすぎることが果たして悠斗にとっていいことなのだろうかと。奇しくも進路を考える時期であった悠斗に、絶対に高校に進学するよう勧めたのは香織である。


「そうだったんですね……。じゃあ、今朝もお仕事に行くところだったんですか?」


「そうよ。今日は女優さんと面接してるわ」


 そもそも監督面接は平日に行われことが多いが、悠斗の場合学校があるため時間が読めないことがある。このため悠斗の面接は週末に組まれることが多い。


 ここで問題となるのが、昨今ではAV女優にもアイドルのような活動が求められており、週末は多くの女優が様々な場所でイベントを行っていることである。特に人気女優ともなれば毎週末は全国を飛び回っている。


 このため悠斗は、女優が関東近郊でイベントを行う際にそのイベント会場まで出向き、休憩時間などの隙間時間を利用して面接を行っている。


「中学生の頃から同年代のお友達は翔太君しかいなくて、ずっと大人とばかり過ごしてきたからかな。どこかひねくれたような物の見方をするようになっちゃったの。それも悠斗らしさだと思うようにしてきたけど、やっぱりどこかバランスが悪いんだと思う。だからね?笑麻ちゃんと綾香ちゃんには出来ればこれからも悠斗と仲良くしてあげて欲しいの」


 優しい笑顔だった。それは断っても責めることはないという意思の表れ。これほど重い話を聞かされ、友達でいることを拒絶することは難しいだろうという香織の気遣いであった。

 

 しかしどうやらその気遣いは不要であったらしい。笑麻と綾香は、悩む素振りを一切見せずに首を縦に振った。

 

 まるで娘が二人出来たような賑やかな時間。それは悠斗が帰宅するまでずっと続くのだった。


 本作を書くにあたって、多くのAV女優さんのTwitterを拝見しました。


 いやぁ、面白い!


 人によって個性が出るものですね。


 例えば、AV女優としての自分を演出している方。


 Twitterにも積極的にセクシーな写真などをあげることで、AVファン層に自分を知ってもらおうとしているのでしょうか?なんとなく、事務所からの指示もあったりするのかなぁ、なんて思います。


 また、人妻女優さんの場合、『これから旦那のご飯をつくります』みたいな呟きが多いです。


 仮に、実際は結婚していないにも関わらず、人妻という設定を守るためにこのような呟きをしているなら、見事なプロ意識だなぁと感じますね。


 僕のように「小説の参考にするため」とうがった見方をしなくても、AV女優さんのTwitterは普通に面白いです。是非一度、フォローしてみることをオススメします。


 それでは、次の話もお付き合いください。


 香坂連でしたー。

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