2-1 ~ プロローグ 和やかな日常 少しずつ近づく二人~
2章の更新スタートです。
プロローグのため、短めです。それではどうぞ!
季節は過ぎ、しつこかった暑さは嘘のようにその姿を消した。
十一月の上旬、もう少しすればクリスマスに向けた準備が本格的に始まる頃だろうか。涼しいというよりは肌寒い気候の中、駅から桜木高校へと向かう生徒達の制服も夏服から冬服へと変わっていた。夏服とは異なり冬服は男女共に濃い緑のブレザーである。ブリティッシュ調のそれは公立高校にしてはオシャレな代物であり、近隣の中学生から人気を集めている。
「おはよー悠斗くん」
そんな制服に身を包み、トレードマークのエクボを浮かべた笑麻が明るい声をかける。この二か月、笑麻は毎日飽きずに駅まで悠斗を迎えに来ていた。当初は嫌がっていた悠斗であるが、最近はもはや諦めたようである。ちなみに雨の日に迎えに来た際は悠斗が本気で拒絶したため、天気が悪い日はお互い一人で登校している。
「おはよ」
挨拶は返すものの笑麻のほうに一瞥することなく歩きだす悠斗と、その一歩後ろあたりをついていく笑麻。なにが嬉しいのかニコニコ笑っている笑麻の姿に、周囲の生徒達は内心苦笑いをしている。今でこそ見慣れた光景だが、笑麻が悠斗を迎えに行きだした当初は、その光景に愕然とする人間も多かった。
通学路のど真ん中、たくさんの生徒達が行き交う最寄り駅前のロータリーで行われた笑麻の告白は、桜木高校に激震を走らせた。
その日のうちに噂は学年を超えて広まり、「二年の小松笑麻がとんでもない男に騙されている」などという尾ひれがついたものを信じる生徒も相当数いた。そのため、学年の違う一年生や三年生の一部の男子生徒が悠斗の元に殴り込みに来たりもしたのだが、容赦なく相手の心をえぐる悠斗の毒舌に心を折られ退散している。
また笑麻の元にも一人、「君は騙されているんだ」と正義感を振りかざした三年生が現れたのだが、笑麻の逆鱗に触れるという結果に終わり、その後彼に続こうとする者はいなかった。
では同学年である二年生はどうだったかというと、驚くほどにトラブルが発生しなかった。それは偏に、笑麻の告白の直後、教室で起きた出来事に起因する。
「ちょっといい!?」
いつかの朝と同じように、綾香は声を荒げていた。
その声に反応して悠斗は文庫本から顔を上げる。唯一異なるのは、悠斗の表情であろうか。
その表情は少し驚いたように見える一方で、近づくなという拒絶感は感じられなかった。
「ずいぶんと私のことを軽く見てくれたわね」
悠斗の机の前に回り込んだ綾香はそこに手をつき、その真剣な顔を悠斗に近づける。
「私はね、あんたに責任がないようなことであんたを嫌いになるような軽い人間じゃない。ちゃんと本人を見て好きか嫌いか決める」
言葉が出ない悠斗に対し、綾香は続ける。
「『どうせ嫌われる』とか勝手に決めつけるんじゃないわよ。言ったわよね?『あんたと仲良くなってやる』って!」
当初は売り言葉に買い言葉として出た綾香の言葉は、真実になろうとしていた。
苦し紛れに「精々頑張りなよ」などと減らず口を叩いた悠斗に対し、綾香はその後一貫して行動で悠斗への気持ちを示した。笑麻の告白によって、悠斗に対して悪感情を持った生徒は二年生にも相当数いる。しかし彼らが悠斗に対して直接的な行動を起こさなかったのは綾香が動いたからである。
――田島はちゃんと『今は付き合うつもりはない』と気持ちを伝えている。
――嫌な奴だけど、ちゃんと笑麻の告白に対し誠意は見せた。
――笑麻は真剣に田島のことを想っているから、出来れば見守ってあげてほしい。
男女問わず笑麻と悠斗について聞きに来る人に対し、綾香は真摯に対応した。それが笑麻のことを本当に心配している者であろうが単なるゴシップ目当てであろうが、である。
笑麻のことを誰よりも知っており、人望のある綾香だからこそ、その言葉は響いたのだろう。二年生の間では二人を見守ろうという空気が主流であった。なにかあれば悠斗に容赦しないという意見も大多数だが。
そして二か月が経った今、悠斗と笑麻の周辺は落ち着いていると言えるだろう。恋人同士でないことは周知されているが、悠斗への思いを隠さない笑麻の様子から「もう付き合えばいいのに」と思っている生徒も少なからず存在していた。
「ねぇ悠斗くん!今週の土日は予定ある?」
笑麻にとって通学の時間は悠斗と話せる貴重な時間である。というのも昼休みになると相変わらず悠斗はどこかに消えてしまう。一度昼休みにどこに行っているのか聞いたことがあるが、「昼休みは一人になりたいから」と断られて以来、今まで通り教室で友人達と昼食を取るようにしている。
下校時も同様で、笑麻のクラスの長いホームルームが終わるころには悠斗は既に帰ってしまっている。
「忙しい」
「もうっ!いつもそうじゃない」
悠斗の名誉のために言うと、決して毎回このような形で断っているわけではない。というのも、翔太から誘われている場合は「今週は翔太と出かける」と伝えるからである。仮に黙っていたとしても翔太経由で情報が伝わり、いつの間にか笑麻と綾香が加わった四人で出掛けることになっているので仕方なく、という理由なのだが。
ちなみにこの二か月の間、四人で遊びに行くことは数回あった。現在の笑麻の目標は悠斗と二人でデートすることである。
「仕方ないでしょ。先約があるんだから」
「じゃあいつなら先約がないの?」
「少なくとも今月の週末は全部埋まってる」
あしらうような悠斗の態度に不満げな顔をする笑麻。これだけを見ると二人の関係性は全く変わってないようにみえるが、最初はこんなに会話が続くことはなかったし笑麻の表情もここまで豊かではなかった。笑麻の毎日の努力が実を結び、少しずつではあるが悠斗も笑麻とコミュニケーションを取ろうとするようになったのである。
「週末に先約って……悠斗くん友達いないじゃない」
例えば、こんな軽口。
当初は悠斗を怒らせるのではないかと不安で、とてもではないが言えなかった。
しかし何度も会話するうちに、このくらいのことでは悠斗は怒らないということが分かってきた。むしろその軽口によって、翔太のように距離を縮められているように感じられたのである。
「別に友達と会うわけじゃないよ」
「じゃあ誰と会うの?」
「言いたくない」
例えば、この「言いたくない」という言葉。
二か月前ならば「君に言う必要が無い」だった。わずかな言葉の違いだが、そこに込められた拒絶感には大きな差がある。それを感じるからこそ笑麻も不用意に踏み込むようなことはしない。
「もう……じゃあいつか教えてね」
少し肌寒い朝の坂道。始業時間まではまだ随分と余裕がある。
ゆったりとした時間が流れる、そんな通学路であった。
駅までわざわざ女子が迎えに来てくれる……悠斗、お前リア充になっちまったんだな。
どうも。リア充になれなかった男、香坂です。
この後書きを書いているのが真夏なんですが、海にプール、そして花火。
行きたかったなぁ……。インスタグラムとか見てると、最近はナイトプールなるものが流行っているのですね。
しかし、自分の水着姿をネットで全世界に発信する……最近の女の子のメンタルの強さには感心します。僕がそれをやる場合、まずは一年間のダイエットが必要となるでしょう。あと整形手術。
作品について。
悠斗が、少しづつ笑麻に心を許していきます。
臆病になってしまっている彼なので、そのあまりにゆっくりな歩みを表現できればなと、考えています。
それでは、第二章もお付き合いください。
香坂蓮でしたー。