1-11 ~ エピローグ 一途な天使の告白 ~
1章のエピローグのため、短めです。
知らされた悠斗の過去。笑麻の答えは?
では、どうぞ!
朝早く、まだ人もまばらな電車は駅を追うごとに乗客の数が増えてくる。桜木高校の最寄り駅に近づくころには満員とまではいかないまでも十分に車内は混雑していた。
そんな普段と何も変わらない車内の変化に、悠斗の意識が引き付けられる。普段ならば本の世界に没頭している通学時間であるが、今朝は活字が頭に入ってこない。早々に文庫本を鞄にしまい、目を閉じた悠斗であったがその意識は覚醒したままであった。
電車のドアが開き、同じような年代の若者たちが電車から吐き出される。比較的女子が多い時間帯だ。特徴的な緑のベストに赤と紺のチェックのスカートをまとった少女達が明るい声をあげながら学校へと続く坂道へと向かう。その群れに飲み込まれることのないよう、悠斗はいつものように歩くスピードを速める。
「……悠斗くん!」
大勢の人が行き交う駅前のロータリーの中で、その声はまるでスポットライトのように悠斗を照らす。思わず足を止める悠斗。声だけで誰か分かるほどに、笑麻の声は悠斗にとって馴染み深いものとなっていた。
何事もなかったかのように動く人混みが、悠斗の目には早回しのモノクロ映画のように感じられる。その中で一人、鮮明な光を放ちながらこちらに向かって歩いてくる笑麻は、まるで映画のヒロインのようであった。
「おはよう……悠斗くん!」
その時の笑麻の笑顔を悠斗は一生忘れないだろう。
太陽のように輝く。そんな笑顔であった。
「……こんなところで何してるのさ?」
「悠斗くんを待ってたんだよ。学校まで一緒に行こう?」
いまだ動揺したままの悠斗が絞り出した問いかけに笑麻は平然と答える。
「いや……そもそも君は徒歩通学だろ?なんでこんな所にいるのさ?」
笑麻の家からこの駅まで向かった場合、その途中で学校を通り過ぎてしまう。にも関わらず当然のように悠斗を待っていたと言う笑麻に思わず呆れたような声が出る。
「黒木くんの言ってた通りだ。『ああ見えて悠斗は人の事を良く見てる』。寂しがり屋さんなんだね」
普段はかわいらしさを引き立てるエクボが、イタズラっぽく笑顔を彩る。
要領を得ない、それでいて会話の主導権を渡さないような笑麻の回答に、悠斗は必要以上に苛立ってしまった。
「意味の分からないことを言わないでくれる。っていうか下の名前で呼ばないでくれるかな」
「やだ。『悠斗くん』って呼ぶって決めたから」
即座に返された否定の言葉に悠斗は思わず息を詰まらせる。
出会ってから昨日まで、悠斗が拒絶の意思を示せば申し訳なさそうな顔をしてその言葉に従っていた笑麻である。悠斗は笑麻を気が弱い人間だと評価していた。しかし今目の前に立つ笑麻は悠斗すらひるませるほど強い意志を感じさせる目をしていた。
「中学の頃、何があったか教えてもらったよ?悠斗くんがなんで友達を作ろうとしないのかも」
笑麻の真剣な目が悠斗の瞳をまっすぐ捉えている。
「私はあなたを裏切らない。ちゃんと悠斗くん自身の事を見てるから」
短い言葉に込められた万感の思いを、全て察することは出来なかった。言葉の奥に在る本当の気持ちを察するにはまだ時間が必要である。
ただ一つだけ悠斗に分かったことがある。悠斗の過去を知り、生い立ちを知ってなお、笑麻は変わらぬ好意を持ち続けてくれたということだ。
「あなたが好きです。今は信じてくれなくていい。ただ、私にあなたの信頼を得るためのチャンスをください」
今の感情が、喜怒哀楽のどれに当たるのか、悠斗には理解できない。ただ笑麻の言葉は悠斗の心を震わせたのは間違いなかった。
同時に悠斗は、心の中で笑麻を突き放す。それは、裏切られる未来を想定した無意識の防衛反応である。
「僕のことをよく知らないのによくそんなことが言えるね?君の気持ちはそんなに軽いんだ」
口から出るのは刺々しい言葉。
気を抜けば、それが罵詈雑言になりかねない程に、悠斗の気持ちは高ぶっていた。
「そうだね……確かに私はまだ悠斗くんのことをよく知らない」
そんな悠斗の、幼子が癇癪を起したかのような視線を、笑麻はそのまま受け入れた。
臆することなく、そして侮ることのない瞳。そこに宿るのは、母性であった。
「だからこれから悠斗くんのことを知っていきたいと思っている。もしかしたら、悠斗くんの嫌な部分を知って好きじゃなくなっちゃうかもしれない」
「……」
「でもそれは、悠斗くんのことだけを見て決めるから」
心まで見透かすかのように、笑麻は悠斗を見つめる。
いや、もはや笑麻は、心しか見ていなかったのかもしれない。
「家族がどうとか友達がどうとか関係ない。たとえどんなことがあっても、私は悠斗くんの傍にいる。好きか嫌いかは私が決めるから」
笑麻自身、自分の告白が踏み込み過ぎたものであることは理解している。笑麻を動かしたのは、恋心と母性であった。
他人を信頼出来ず、意識的に遠ざけている悠斗。しかし笑麻には、その固く閉ざした殻の中で悠斗が孤独に苦しんでいるように感じられた。
だから笑麻は、その殻をこじ開けようと思いきり悠斗の心に踏み込む。苦しむ悠斗に寄り添うために。
「私に……チャンスをください」
もう一度、笑麻は言う。
カラカラに乾いた口を開き、悠斗は声を絞り出した。
「僕が誰かと付き合いたいなんて思わない。それはこれからも変わらない」
その言葉は、まるで自らに言い聞かせているかのようであった。
もしも笑麻が悠斗から離れたならば、きっとこの声は言うのであろう。『だから言ったじゃないか』と、自嘲的な声で。
「大丈夫。その気持ち……私が変えてみせるから」
少しおどけた、そして挑戦的な笑顔。
悠斗は胸の高鳴りを隠す。その表情は、ただ男を惑わすだけの蠱惑的なものではなかった。
「好きにすれば」
照れを隠すかのように視線を外し、悠斗は学校へと続く道を歩き始める。
その少し後ろを、足取り軽く、笑麻が歩き始めた。
これにて1章が終了です。
いやぁ……笑麻ちゃんが一途過ぎて……。書いてる作者が、「こんなに想ってくれる人はいたら幸せだよなぁ」とか思っちゃいました。ある意味、悠斗にとって笑麻は、神様からの贈り物なのかもしれません。
さて、第二章ではさらに悠斗の背景を詳しく描写していきます。
しかし、第二章の主役は、悠斗&笑麻ではありません。
ハンサムです!
ハンサムが、いかにしてハンサムになったのかを語りつくします←(嘘)
それでは、2章からもぜひお付き合いください。
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