1-9 悠斗の過去 ~発覚した母の仕事~
悠斗が心に傷を負った、過去の出来事を描写します。
では、どうぞ!
「僕のことを知れば勝手にどっかにいくさ……清々する」
小さく吐いた言葉は、本音なのか強がりなのかを判断してもらえないまま空に消える。空は高く、雲一つない。
※
小学生の頃の悠斗は素直な少年であった。リーダーシップを取るタイプではなかったが、昼休みにサッカーやキックベースをする際には必ず声を掛けてもらい、悠斗も喜んで参加していた。また『女の子には優しくしなさい』という母からの教えからか、女子に対して意地悪とすることもなく、優しく接していたため人気があった。
そんな悠斗には一年生から六年生までずっと同じクラスだった親友がいた。少子化の例に漏れず、一学年に二クラスしかない小学校であったため他にもそのような友人は何人かいたが、親友と呼べるのはその男子だけだったかもしれない。家も近かったので放課後もほぼ毎日のように一緒に遊び、互いの家を行き来することも頻繁にあった。
そして二人は中学校へと進学する。違う部活に入ったこともあり小学生の頃よりは遊ぶ回数は少なくなったが、テスト前は二人で勉強するなど悠斗とその男子は変わらず親友であった。この頃の話題として多かったのが、その男子の好きな女子の話である。思春期を迎え、『初めてのお付き合い』を始める生徒もチラホラ現れる中で、その男子もなんとか意中の人と付き合えないだろうかと悠斗に相談していたのである。
とはいえ、三クラスしかないにも関わらず、クラスは見事に三人バラバラで、しかも相手は他の小学校から進学してきた女子であった。接点を持つことすら難しく、恋は難航していた。
中学二年生になった。クラス替えにより悠斗と件の女子が一緒のクラス、親友の男子だけが別のクラスとなった。
この時点で悠斗達の作戦は決まる。なんとかして悠斗がその女子と仲良くなり、親友を紹介するという作戦だ。幸いにして悠斗は変わらず女子からの好感度は高く友達も多かったため、自然にその女子に接近することが出来た。ゴールデンウイークの前あたりにはその女子と普通に喋れる間柄になっていたと悠斗は記憶している。
六月の上旬頃、中間試験が迫っていた。自然とテストの話題が多くなる中で悠斗はその女子の間にこんな会話があった。
「田島って頭いいよねー。勉強教えてよ」
「そういや今日他のクラスの奴と一緒に勉強するんだけど……来る?」
結局その女子がもう一人友達を誘い、放課後の教室で男女二人ずつの勉強会が開催されることになった。
悠斗は心の中でガッツポーズをした。これ以上なく自然に親友のことを紹介出来る。後は親友が頑張ってその女の子にアピールし、自分はさりげなくフォローすればよいだけだと。
勉強会はつつがなく終了した。その四人の中では悠斗が一番成績がよかったため、分からないところがあれば悠斗が教えるというスタイルで、非常にスムーズに進行した。勉強会にありがちな途中で雑談を始めて時間があっという間にすぎるということもなく、有意義な時間であったといえる。
――勉強会、またやろうよ
誰からともなくこのような言葉が出て、その流れで四人は連絡先を交換する。意中の人とメールアドレスを交換し、顔がにやけっぱなしの親友を見て悠斗の顔も自然に緩んでいた。
「あっ田島。この後ちょっといい?」
さぁ解散、というタイミングでその女子が悠斗に声を掛ける。ちょっと話したいことがあるんだ、と言うその顔は実に真剣なものだった。
現在の悠斗ならば、というか少しでも勘が鋭ければこの後何が起きるかは予想できただろう。しかし当時の悠斗はこの期に及んでも呑気なことを考えていたのである。
(もしかして……あいつのことをもっと詳しく教えてくれ、とかかな)
悠斗を擁護するならば、この時悠斗は親友とその女子をくっつけるキューピットになることしか頭になかったのだ。そしてそれは自分にとって都合のいい解釈へと繋がる。
誰もいなくなった夕暮れの教室。その言葉は凛と響いた。
「私……田島のことが好き」
悠斗の頭は真っ白になった。目の前の女子が何を言っているのか分からない。この子は親友と付き合うはずの女の子なのだ。
「急にごめん。返事はいつでもいいから!」
逃げるように教室を出る姿に声を掛けることすら出来ない。告白されたばかりにも関わらず、悠斗の頭にあるのは「あいつになんて言おう」という思いしかなかった。
たっぷり十分は立ち尽くしただろうか。悠斗はのろのろと帰り支度を始める。ドアを開けるとそこには親友の姿があった。
「……ふざけんなよ」
その一言で悠斗は全てを悟る。
(違う!そんなつもりじゃなかったんだ)
(僕はあの子と付き合うつもりなんかない)
(お前があの子と付き合うことしか考えてなかったんだよ)
弁解の言葉は心の中だけで空しく響く。
怒りと寂しさがあふれる親友の後ろ姿に、悠斗は動くことすら出来なかった。
………
……
…
翌朝、悠斗は重い身体を引きずるように学校へと向かった。前夜は考えることが多すぎてほとんど眠れなかった。まずは告白をちゃんと断ろう、そのうえで親友に誠心誠意説明しよう。そう結論づけたのは朝方だった。
教室に着くと、なにやら雰囲気がおかしい。妙にこちらを見る視線が多い。男子の目はなんとなくニヤニヤとしていやらしく、女子からは軽蔑されているような視線を感じる。もしかして昨日告白されたことがなにか誤解を上乗せされて広まったんじゃないだろうか、そんな不安が頭をよぎる。すると普段はあまり話さないような“ヤンチャ”なタイプの同級生数人がこちらに近づいてきた。
「よう田島ー。お前のかあちゃんってAV女優の三浦ゆうなんだってなぁ?」
「……えっ?」
この時悠斗は自分の母親がAV女優であることを知らなかった。またAVそのものも観たことが無く、それこそ父親が買ってきたスポーツ新聞のアダルトコーナーに赤面するくらいに初心だったのである。状況を把握出来ないままに、目の前の同級生達はニヤニヤと笑いながら下品な言葉を続ける。
「お前も母ちゃんに筆おろししてもらったんじゃね?」
「マジかよー。俺もお願いできないか頼んでくれよ」
思わず顔をしかめてしまうような言葉を浴びせかけられ、ようやく悠斗は再起動を果たす。
「違う。僕の母さんはAV女優なんかじゃない」
喉の奥からかすれた声が出る。
「でもよー。これどう見たって本人だろ?」
にやつく同級生の一人がスマホを取り出し二枚の写真を見せる。一枚目は自分の知っている母の姿。中学に入学した時に親友と三人で撮った記念写真。そして二枚目は……。
「『僕の姉は友達の奴隷』……田島ー、お前のかあちゃん奴隷だったんだなぁ」
それはAVのパッケージ画像だった。服が煽情的にまくり上げられ、大きく形のよい胸を露わにしながら切なげにこちらを見るその女性は、今よりか随分と若いものの間違いなく自分の母親であった。不思議と周囲の囁くような声が大きく聞こえる。
(AVだって……やだ不潔)
(マジかよ、今度見に行こうぜ。実物みてから作品見るとか最高じゃん)
この時、上手く笑い話に出来れば、あるいは男子からは人気者になれたかもしれない。性に関する好奇心が芽生え始めたばかりの年代の男子にとってAVに関する情報を多く持つものは一目置かれるからである。しかし自分の知らない母親の過去を突き付けられたばかりの悠斗にそれを求めるのは酷であろう。
「おーす、着席しろー。ホームルーム始めるぞー」
のんびりとした担任の声が響き、生徒達はいそいそと席に着く。まるで糸の切れたマリオネットのように悠斗も力なく自分の席に座った。
その後のことを悠斗はよく覚えていない。なんとなく、休み時間にからかいに来た生徒がいた気がする、という程度である。
実際、何人かは悠斗に心無い言葉を掛けに来たのだが、あまりの反応の無さにしらけてどこかに行ったのであった。時間はあっという間に過ぎ、気付けば悠斗は放課後の教室に一人座っていた。
「……帰ろう」
まだ夢の中にいるような感覚で悠斗は教室を出る。神様のいたずらなのか、そこでバッタリと目が合ったのは、昨日悠斗に告白をした例の女子生徒であった。
「……!」
まるで何か怖いものを見たかのように見開かれた瞳。次の瞬間、その女子生徒は全速力で悠斗から逃げ去っていった。前日までは普通に仲良くしており、自分に告白してくれる程に好意を持ってくれた相手のその行動は悠斗の心に大きく響く。意識が覚醒するかのように記憶が巻き戻り、前日の親友とのいざこざが走馬灯のように頭を駆け抜けたところで、悠斗は気付いてしまった。
(なんで……あいつらがあの写真を持ってるんだ?)
母親と親友と三人で撮った写真。あの写真を持っているのは当然ながら当事者の三人のみだ。それが突然クラスに出回り、しかもクラスの大半が朝一番の段階で悠斗の母親がAV女優であったことを知っていた。おそらくはSNSか何かで情報が共有されてのだろう。そもそも、悠斗の母親がAV女優の三浦ゆうと同一人物であることに気付くほど、悠斗の母親と何度も顔を合わせている人物など一人しかいない。
(あいつが……やったのか)
脳裏に浮かぶは親友の顔。不思議と怒りは湧かなかった。この痛みは自分が親友を傷つけたことへの報いなのだと。
悠斗はただ哀しく、そして孤独であった。
………
……
…
「これが、悠斗が中学生の頃に起きた出来事なんだ」
翔太が語った悠斗のエピソードに、笑麻と綾香は無言であった。
当時翔太はまだ悠斗と仲良くなっていなかったため、又聞きの部分が多い。しかし、その後の長い付き合いの中で悠斗本人の口から真相を聞いているので、その内容は概ね事実であった。
また余談ではあるが、この頃、父親がAV監督であるということはほとんど広まらなかった。中学生にとっては、『母親がAV女優』というニュースがあまりに衝撃的かつ煽情的すぎて、父親のことまでは広まらなかったのだ。
「その後しばらく悠斗は学校を休んだらしい。出てきた後もしばらくはいじめられてたみたいなんだ」
悠斗にとって不幸だったのは、母親がAV女優であったことが発覚した時期が少し早過ぎたことである。まだ思春期に入ったばかりのタイミングで、特に女子にAVを許容する力がまだ備わっていなかったのだ。「女の下ネタは男よりエグい」というが、それはもう少し大人になってからの話だったのである。
女子からは本気で拒絶され、男子からは下ネタでからかわれて無言でうつむいている。悠斗がいじめられるのは必然だったのかもしれない。一時は机に落書きをされるなど、露骨な攻撃を受けていた。
潮目が変わったのは中学三年生になってからのこと。
まずは悠斗の態度が変わった。なにか開き直ったかのように堂々としており、からかってきた相手を冷たい目で睨み付けるようになった。これが現在の悠斗の人を寄せ付けないオーラの原型である。
また、あることがきっかけで翔太と仲良くなったことも大きかった。クラスどころか学年の中心であった翔太が公然と悠斗を「自分の友達だ」と宣言したことで、イジメはほぼ終息を迎えたのだった。
とはいっても、いじめられていた人間が急に元のようなポジションに戻ることは出来ない。腫物に触れるかのような扱いのまま悠斗は中学三先生の一年を過ごし、同じ学校の生徒は誰も受験しないであろう遠く離れた公立高校である桜木高校へと進学することになる。
「信じていた奴に裏切られ、周りが一気に自分と距離を置いたことがよっぽど堪えたんだろうな。あいつは人と付き合うことをやめたんだ。元は人懐っこい奴だったらしいのにな」
俺だってたまたま仲良くなれただけだし、と翔太は続ける。
「きっとあいつはまた裏切られることが怖いんだよ。だから諦めてるんだ。どうせ仲良くなっても自分のことを詳しく知ればみんな去っていくってね」
そして悠斗は両親と深いつながりのあるAVの世界へと没頭していくことになる。同世代の仲間を作ることよりも、家族を理解する道を悠斗は選んだのだ。
「あいつは父親のことも母親のことも、それからAV業界のことも大切に思ってるんだよ」
その言葉に、翔太がどれだけ悠斗を大切に思っているが溢れ出ていた。
再び三人の間に訪れる沈黙の時間。しかしそれは気まずいものではなかった。今はひとまず気持ちを落ち着けて悠斗の過去に向かい合う必要がある、それを三人全員が理解していた。
お読みいただきありがとうございます。香坂です。
AVをしていたことをどうやって子供に打ち明けるか。難しい問題ですね。
しっかりと目を見て話すのか、それとも一生隠し通すのか。
悠斗のように、他人から知らされるのは辛いだろうなぁと思います。
しかし、この逆のパターン。すなわちAVをやっていることを親に打ち明ける時もまた、難しいそうです。
親子喧嘩は勿論のこと、絶縁されることもあるとか。
例えば、澁谷果歩さん。
AVへの出演が親に発覚した際には、「この子は精神病に違いない」と病院につれていかれたそうです。
一方、全く逆のパターンで印象的だったのが、南梨央奈さん。
AV出演をお母さまに打ち明けたところ、『ママもやってみたいわ~』と笑っていたそう。
家族全員から、すんなりと応援してもらえたそうです。まぁお父さまは少し複雑だったそうですが(笑)
AVがデリケートな仕事であることは間違いありません。
場合によっては家族の理解を得られない場合もあるでしょう。
第一線で活躍し続ける女優さんには、覚悟が必要だということですね。
それでは、次話もお付き合いください。
香坂蓮でしたー。
参照記事
http://lite-ra.com/2016/07/post-2440.html