7.異世界生活三十八日目(前編)
八話目。
残酷描写の大部分がここです。
異世界生活も三十八日目になりました。
アーテルと出会ってからもう一ヶ月(地球換算)越えたなんて実感がわかないなぁ。
まだ一ヶ月なのか、もう一ヶ月なのかもよくわかりません。
うん。
今、隣にアーテルがいないんだ。
この世界に来てから今まで、必ず傍にいて離れることなんてなかったのに。
盗られちゃいました。
あの、ルフスって妹神に。
……ははっ
何がアーテルの為の勇者だ、このやろー。
全然手が出なかった。
ルフスを倒すのを躊躇ってしまった。
今更ながらに流され気質な自分が嫌になった。
味方の振りして敵陣に乗り込むなんて常道じゃんねぇ?
でもそれを見抜けなかったし、対処できなかったのが私の甘さなわけで。
超絶自己嫌悪。
一人にさせてもらって、傷の治療もせずにアーテルと二人で寝てたベッドにごろごろしてます。
ルフスに「もう必要ないですよねぇ?」って言われて引きちぎられたピアスをぎゅーっと抱きしめてこの日までの思い出にまどろんでます。
ちぎれた左耳たぶがあの時みたいに痛くて熱いけど、今回は全く気にならなかった。
昨日までは本当に順調だったんだ。
リエフさんは相変わらず私のどこがいいのか忠誠を誓ってくれて、たまに暴走するけどいざって時には支えてくれるし剣の腕も頼りになってた。
マジョルタさんは魔力スーツ―――パワースーツ属性の魔力を他人に付与すること。私、命名。ダサいとアーテルに呆れられる―――に一番に慣れてくれて今では結構負荷をかけても最初のようなことにはならないし、その魔法スキルと知識の充実さでみんなを助けてくれていた。
リーチェは年少組の中では一番のお姉さんで下三人の面倒を率先してみてくれていた。
元とは言え貴族の娘なのにツンケンした所は一切ないし、初めて出会った日の治療にすごく感謝してくれて料理の手伝いを率先してくれるいい子だ。
ポポンはリーチェより少し下の狸っ娘。
少し偽悪的な所があるけど、天下一品の悪知恵と屁理屈はみんなを助けるために使うから可愛らしい。
一番最年少は双子のウットとサット。黒ウサギのウットと白ウサギのサットはとにかく無邪気で癒される。
彼女達がユニゾンではしゃぐ姿は旅の中での清涼剤だった。
ああ、うん。過去形は変だ。
ここまではいいんだ。今もみんな心配して部屋の前にいるのが魔力感知でわかるから。
……一番最年長の元娼婦だった、ロート。
まさか彼女がルフスの分身体の一つだったなんてね。
発覚は些細なことだった。
ロートは元娼婦って設定のためか、何かと私にくっついてくることが多くてよくアーテルを嫉妬させて私にとばっちりがきていた。
だからなるべく二人きりにならないようにしてたんだけど、今日は何故か二人きりになってしまったんだ。
その時にロートがアーテルとルフスの神話を一つ話したんだ。
「コノハ様はご存じですかぁ? この世界に月が二つある理由ってぇ?」
「え、ううん。知らないなぁ」
「うふふ、それじゃあ、教えてあげますねぇ?」
「うん」
話の中身は神話ではよくある話だった。
一つの月を住処にしていた二人はある日、太陽に住む神に恋をし喧嘩となり、一緒にはいられないと元は一つだった月を赤と黒の二つに分けたんだって内容。
ちなみにオチとしては、二人の女神の熱烈アピールに恐れをなした太陽に住む神は今も月を見ると西に逃げてしまうんですよっていう自転と公転を絡めたものがついてくる。
本当によくある話だったから私は何気なく言ってしまった。「ああ、だから二人の名前がアーテルとルフスなのね」と。
「どういうことですかぁ?」
「私の世界の言葉でアーテルは黒、ルフスは赤って意味だから」
「へぇー」
私は特に何か思って言ったわけじゃなかった。この世界って地球の言語のちゃんぽんだなぁって何かの名前を見るたびに思ってたから。
リエフさんだってライオンって意味だしね。
え、何で私がそんなに外国語に詳しいんだって?
オタクだからだよ、言わせんな恥ずかしい。
まあ、だから本当に他意なく言ってしまったわけで。
「ああ、ロートも地球の言葉で赤って意味になるね」
ってね。
言っちゃったんだよね。
そしたらね、ロートさんがいきなり豹変というか、姿がグラマラスなままだけど変化しましてね。
「ああ、やっぱり姉様の勇者様は侮れませんねぇ」
とか言っちゃって、息つく暇なく私を叩き伏せてピアスを引きちぎってくれたのよ。
超痛くて悲鳴が出たよ、うん。
そうしたら当然みんなが来ちゃってね。
その中にはアーテルもいるわけで。
『コノハどうしたの! ルフス、なんで……』
「こっちの姿ではお久しぶりですぅ、姉様ぁ。ずるいですよぅ、こぉんな素敵な魔力の人を独り占めなんてぇ。あたしにもわけてくださいよぉ」
「あー、てる……にげて……」
私はルフスに後ろから抱きしめられる形で、片手で首をしめられていた。
そんな状態でみんなが動けるわけもなく、私だってそれをわかっているのにみんながやりもしないだろうことを言う。
「あ、だめですよぉ。今、コノハ様は死にそうなんですよぉ? ちゃーんと殺してくる相手のこと考えないとだめじゃないですかぁ?」
「ぐぶっ、うぇ……」
『ルフス! やめなさい!』
首の拘束が更にしまる。爪が食い込むのがわかった。急な圧迫に傷ついた喉が中から出血し、口から血液を滴らせる。
アーテルの懇願を聞いて、ルフスは銀に煌めく紅の瞳を細めにんまりと笑い、私の血まみれの唇を舐めた。
「あ、ああぁあああ!」
『コノハ!』
右耳だけじゃなく脳の半分が焼ききれるような痛みに包まれる。アーテルとパスを繋いだ時とは万倍も違う痛みに私の口から意図しない声が漏れる。
対してルフスは楽しそうで嬉しそうだった。「姉様が羨ましかったからパス繋いじゃいましたぁ」と話す彼女の左耳には血のように赤い水滴を模した石が銀に縁取られて飾られていた。
「これでコノハ様の居場所はどこにいても丸裸ですねぇ、うふふっ。さあ、姉様。そろそろ遊びは終わりにしましょうよ」
『……わかったわ』
アーテルは私から目をそらすことなく言った。私はまともに出ない声でダメと言いまくったけど、聞いてくれやしなかった。
『コノハ、巻き込んでごめんね』
アーテルは私を見つめたまま、一筋涙を流して謝った。
やめてよ、泣かないでよ。私まで悲しくなっちゃうじゃんか、と思ったけど、私は何故か泣けなかった。
展開の早さに理解が追いつかない。
全部ルフスの掌の上だったの? 初めからこうなる運命だったっていうの?
初恋は実らないっていうけど、余りにも無惨な壊され方じゃないか、これ。
すぐにルフスはアーテルを連れて消えてしまった。
気に入ったとか言っときながら私は連れて行ってくんなかった。
曰く「もっともっと足掻いている所を見せてくださいねぇ」だと。
とんだドSだ、あの女。
私は力の入らない体をリエフさんに支えられ、マジョルタさんの治療を断り、年少組達に心配されても何も返せず、今こうやってアーテルと一緒に寝ていたベッドに引きこもっている。
うん、超絶情けないわ。
いい加減、痛みも鈍くなってきたので頭を切り替えてこうなった要因を考えてみる。
流され人間は切り替えが早い。
今までもどんな理不尽があっても、仕方ないしょうがないで済ませてきた。
木の葉が大きな川の流れに勝てるわけがないと割り切ってきた。
その性格のせいで、お前は人間味が足りないと親にまで言われてきた。
でも今回のことは仕方ない、しょうがないで済ませたりはしない。
たとえ自分の為であろうと、ただの木の葉を捕まえて大切にしてくれた私の女神様を理不尽ごときに奪わせたりはしない。
絶ッッッ対に、取り戻す。
そこで考えるに私は甘かったのだろうと思う。
ロートだったルフスを殺せなかったことだけじゃない。
自分が死ぬかもしれないということに対しても、私の認識は甘かった。
自分の能力はチートだから。死ぬわけがないと油断していた。
だから急な痛みに脳も体も動かなくなってしまった。
とんだ頭お花畑の甘ちゃんだ。
だからその考えをどうにかしなきゃならない。
「……よし」
私はふらつく体で部屋を出た。
二人減ってしまったけれど、私の仲間は思い思いの格好で私の復活を待っていた。
「コノハ様! ご気分は、その……」
「最高とは言えないけど、なんとか浮上したよ」
「コノハ様、傷の手当ては?」
「治療は受けるけど、回復魔法はいらない。傷は残すから」
リエフさんとマジョルタさんの言葉に返すと、二人は色々思う所はあるだろうけど全部飲み込んで頷いてくれた。
「ですが、コノハさま。その、お耳が……」
リーチェが私の左耳を見て躊躇いがちに話す。
うん、確かにちぎれてヒドい見た目なんだろう。
「うん、わかってる。でもまだ治さないよ。治すのはアーテルを取り返してから」
きっぱりとした私の言葉にもう誰も何も言わなかった。
少しだけみんな息を飲み、それから大きく頷いた。
「でもコノハおねーさん、血ぐらいは足しといた方がいいよ」
ポポンが鏡を私に見せながらにまっとした笑みを浮かべる。
鏡に映った私はゾンビかというくらい真っ青な顔をしていた。
「……そうね」
話し合いはマジョルタさんの治療を受けながらとなった。