荘園とけじめ --金田一耕助の時代の源流--
カドカワ祭りで『犬神家の一族』をやっていたので見ていたのだが、積年の疑問であった、「なんで犯人が自殺しないといけないのか?」についての答えがなんとなく分かったので、残しておく。
ようするに、金田一 耕助の時代の事件は『解決』するものではなく『けじめ』をつけるものだったと。
今の時代の我々には想像つかないだろうが、そもそも地方における人の移動というのは戦後に入ってすらかなり限られたものだった。
その人の流れがトラブルを起こして殺人なんて激震に発展したのは、大戦期の動員と敗戦復員が絡むのだが、犬神家にもそれがちゃんと書かれている。
で、生まれてから死ぬまでずっと近所付き合いをする事が当たり前だった田舎において、殺人なんてものを警察という『よそ者』が裁く事自体が忌避されていた。
なぜならば、地方の裁判権と警察権は長く長くその地方(警察ですらない)に任されていたのだ。
それを一方的に中央の権威が裁く。一揆が起こっても文句は言えません。まじで。
wikiにあった、初期金田一作品のコメント『戦前の因習にとらわれた封建的な動機による殺人を、戦後の民主的な精神によって断罪する』だが、その結果出た作品群はそりゃもうかくやといわんばかりの日本的封建制のストーリーだったが、それはその封建制に根本的理由がある。
封建制。
日本においては武家社会と形容した方が良いだろうこのシステムは、武家が武家として名乗る為に絶対に手放さなかったのが二つある。
自領地の裁判権とその執行を担保する警察権、つまり軍事力だ。
これは、鎌倉幕府における守護・地頭の設置から見ても分かるとおりで、鎌倉幕府の本質は行政府ではなく、司法府であるという見方に繋がっている。
荘園とそこから派生した武士という地方豪族が持ち込む大量の訴訟に、当時の朝廷や自社は何もできず、むしろ権力闘争の駒としてこれを利用した結果、源氏と平家という武家が歴史の表舞台にあがる。
そういう流れで見ると、源平合戦というのは、地方から見た中央への反乱である。
で、この武家が日本を動かす事になったのだが、彼らが中央政権でぶいぶい言わせる最低条件は二つ。
一つは信頼できる軍事力を本拠地から展開し維持できる事。
もう一つは権威のお墨付き、つまり朝廷の承認で、この二つは源平合戦から幕末にいたるまでまったく変わっていない。
ここに武家という地方豪族集団の特異性が見える。
ある意味地方の反乱であった武家社会が中央で政治を始めると、本拠地管理は委任される事になる。
室町幕府の守護体制が一番分かりやすいだろう。
あと当時の武家にとっての『天下』とは何か?ってのが前提にあって、あの当時の武家でのイメージは、大内義興や細川政元があげられる。
つまり、室町幕府という権威を利用し操るのが当時の武家の『天下』な訳だ。
この流れで天下を掴んだ人に三好長慶も入れる事ができるだろう。
では、足利義昭追放で決別した織田信長はどうしたかというと、朝廷の権威を利用せざるを得なかった訳で、それは信長以上の成り上がりの豊臣秀吉も継承している。
何で皇室が長く生き残ったのかはまた話が違うからひとまず置いておくとして、この武家と朝廷の関係は源平から幕末にいたるまで、ついに変わることが無かった。
たとえば鎌倉幕府の北条得宗家が末期にはあれだけの権力を持ちながら、官位は信じられないぐらい低かったし、幕末の尊王思想までこれが絡む。
幕末も同じで、黒船による外国との軋轢に悲鳴をあげ、裁判権(幕府にとっては全部が自領というロジック)を治外法権で失い、軍事力を鳥羽伏見……いや、第二次長州征伐で喪失した結果崩壊した訳だ。
で、その遠因に、水戸と井伊の幕府内対立が引き起こした桜田門外の変があり……この国かわってねぇ。
話がそれた。
地方の武家が中央に長く居ると地方の本拠が独立したりする。
下克上である。
これは、武家集団というのが地方の武家(国人衆)が貴種(源氏や平家)をお飾りにした連合体制を取っており、その武士集団の土地の裁判権と警察権はその武家が握っているからである。
で、それを中央から容赦なく押さえつけてなんとか中央の命令を聞かせるようにしたのが、徳川幕府であり、薩長なのだが、本気でそれが可能になったのは敗戦後(つまりGHQ)だったというこの救いの無さたるや。
こういう背景から、地方ローカルルールが中央統一ルールより上位に来る。
これが金田一耕助が活躍した時代の前であり、敗戦によって逆転が発生したからこそ金田一耕助は活躍できたといえよう。
だが、ローカルルールでうまくやっていた地方にとってそれが面白い訳がない。
何しろ事件が解決してもご近所付き合いは続くのだ。
だからこそ、金田一耕助の事件においては、『解決する』事より『けじめをつける』事が求められる。
この場合のけじめは村八分を思い出せば分かるだろう。
火事と葬式だ。
つまり、金田一耕助をはじめとした『館もの』と呼ばれるジャンルで何で館が燃えるかもこの答え、その地域のケジメをつけたのだ。
昔、『名探偵コナン』の話をしていて、「コナンには金田一耕助の事件を解決できない」と主張した友人がいたが、心の底から納得できた。
『真実』なんぞ求めていないのだ。
だから、自殺する『救済』が発生しないとその地域がしゃれでないぐらいガタガタになる。
だからこそ、犯人は自殺するのだ。
ここで、しゃれにならんのが、このローカルルールには封建制の代表たる『家』も含まれる。
家の中のけじめは家の中でつける。
これについてはは、地方のルールも入れない。
そして家の中のけじめは家長の特権であり、家長が『家』ルールにおいての制裁殺人なんて日には、『地域』(中央の介入拒否)と『家』(家の中は家で決める)の二重ローカルルール縛りプレイが待っている。
『犬神家の一族』の舞台である長野県那須市は犬神製薬で持つ企業城下町で、そこがつぶれると那須市そのものが路頭に迷う。
そして、その犬神製薬を率いる犬神家のお家争いは犬神家内部の問題としてかつては処理され、警察ですらづかづかと捜査できないのだ。
そんな背景があるからこそ、犯人が自殺して犬神家は救済されたのである。
封建というか伝統というかローカルルールと言おうか、その脈々と受け継がれたものというのは簡単に剥がれるものではない。
たとえば、犬神家をコナン方式(自殺なしで逮捕させる)で解決だと逆に自殺者が出る。
今でも犯罪者の家族に厳しいのが日本社会。
そういう『ケジメ』は今も脈々と生きているのだ。
ああ。そうか。だからコナンは子供なんだ。
コナン方式で逮捕した後、あれ絶対に「何で自殺させなかった!」と周囲から怨嗟がくるぞ。
「犯人を推理で追いつめて自殺させてしまう探偵は殺人者と変わらない」とか言っているが、これが理解できないよそ者で餓鬼だから言えるんだ。
なお、この流れはそのまま現代も残っており、左派リベラル勢力が切り崩そうとしていまだ切り崩せない保守勢力の源流(実はネトウヨは革新派保守だったりする)に繋がっていたりするから歴史ってのは面白い。
墾田永年私財法からおよそ1200年。そこに住む人たちが未だこの国を動かし続けている。