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超絶主観実況捜査官『新崎健吾』(6000文字)

 とある豪邸に住む主人が自室で死んでいた。死因は後頭部を鈍器のような物で殴られた脳挫傷によるものだった。


 第一発見者はその豪邸で給仕を行っているメイドであり、発見した時主人はうつ伏せに倒れていて既に事切れていたという。


 今年になって交通課から捜査一課に異動になった僕にとって、今日が初めての殺人現場ということもあり、僕はいささか緊張した面持ちで警部の後に続いて現場へ入った。


 現場には刑事ドラマでよく見る人型にかたどられた白線や、数字の書いたプレートがあちこちに置かれており、僕らの他にも鑑識や所轄の警官がせわしなく動き回っていた。


「で、被害者ガイシャの死亡時刻は?」


 警部が近くにいた警官に聞いた。相変わらず凄みのある低い声に僕は思わず身を固くする。


「はい! 検死の結果、どうやら殺害されたのは昨日の午後十時から午前零時までの間だそうです」


 僕と同じプレッシャーを感じたのか、質問された若い警官もガチガチに緊張しているのがよくわかる。警部がふんと小さく鼻を鳴らした。


「そうか、その時間この屋敷に居た人間は?」


 警部は矢継ぎ早に質問を続ける。若い警官が手に持った手帳を慌ただしくめくる。まるでいつもの自分とのやり取りに見えて、思わず警官に同情心が湧く。


「はい! その時間この家には一階の寝室に被害者の妻が、二階の自室に息子が、そして第一発見者でもあるメイドの女性が帰り支度を台所でしていたということです」


 警官は手帳をぱたんと閉じると、お手本のような綺麗な敬礼をした。


「よし、とりあえずその三人をここに呼んでくれ」


 警部がぶっきらぼうに言うと若い警官は威勢の良い声をあげ、現場から風のように飛び出していった。


 そしてその数分後、警官に連れられ三人の重要参考人が室内へとやってきた。僕はどうしていいのかわからず、とりあえず三回お辞儀をした。


「えー、私は警視庁捜査一課の黒岩くろいわと言います。こっちは部下の新崎しんざきです」


「どうも、同じく捜査一課の新崎です」


 突然警部に紹介され慌てた僕は、またお辞儀をしながら挨拶をした。なんだか赤べこになった気分だ。


「あなたたちはこの事件の重要参考人として集まって頂きました。失礼ですが、これから当日のことについていくつか質問させて頂きますのでお答え願います」

 警部はきわめて丁寧な言葉遣いにつとめた。


「それは、わたくし達を疑っているということかしら?」

 指輪やネックレスでゴテゴテと着飾った夫人があからさまに怪訝な顔を警部に向けた。これも刑事ドラマでよく見る性悪マダムキャラだなと僕は思った。


「いえ、決してそういう訳ではありません。あくまで捜査の参考にさせて頂きたいのです」

 警部は今までこういう経験が多いのか、その言葉はまるで台詞のようにつらつらと流れ出た。性悪マダムは未だ納得していないという雰囲気をありありと出しながら、口元を小刻みに動かしている。


「ではまず最初に昨日の午後十時から午前零時までの間、皆さんはどこで何をしていたか、お聞かせください」


「何よ! やっぱり疑ってるんじゃない!」

 性悪マダムが金切り声を上げた。いや、この人はもうこの際《性悪ヒステリックマダム》と呼ぼう。では、改めて……。


 《性悪ヒステリックマダム》が金切り声を上げた。しかし警部はその言葉に眉ひとつ動かさず冷静に答えた。


「いえ、ですからこれは捜査の材料となる証言をして頂くためのもので、疑っている訳ではありません」

 心なしかさっきよりも警部の語気が荒くなっている気がする。というかもともと警部は短気な性格なので、この程度で済んでいることの方が奇跡なのかもしれない。


「では、改めてお伺いします。犯行があった時間、皆さんはどこで何をしていましたか」

 性悪ヒステリックマダムも警部のプレッシャーを多少なりとも感じとったのか、口を尖らせながらも話し始めた。それなら最初っから大人しく話せと言いたくなる。


「わたくしはその時間、寝室でとっくに寝ておりましたわ!」

 僕はだんだんと性悪ヒステリックマダムのこの憮然ぶぜんとした態度に苛つきを覚え始めていた。そもそも自分の夫が殺されてるんだからもっと捜査に協力しろと言いたくなる気持ちを僕はぐっと抑えて、隣に居るメイドに話しを促した。


「はい。私も昨日は午後十時に帰り支度を終えてちょうどお屋敷を出た所でした……でもまさか、こんなことが起こるなんて……」

 メイドはそこで言葉を詰まらせ、両手で顔を覆うと肩を震わせた。僕はなんだかいたたまれなくなって、思わず声をかけた。


「大丈夫ですか? 少し休んでいた方がいいんじゃ……」


「ふん、わざとらしい。どうせあんたが殺したんでしょ? そうとしか考えられないわ、私の可愛い幸雄ゆきおちゃんがそんなことする訳ないんだし」


 僕の言葉を遮って、性悪ヒステリックマダムが吐き捨てるように言った。この女は一体どれだけ性悪であれば気が済むんだ。しかも言うにことかいて『幸雄ゆきおちゃん』だと?!


 多分このメイドの横にいる息子のことだと思うが、どう見たって三十代後半の髭も髪も絶賛伸び放題中のおっさんじゃねーか!

 しかもこの「親のすねをかじり続けることが仕事です」とでも言いたそうな、どこか人生を舐めてるような顔! そもそもなんでお前はさっきから俺を半笑いで見てるんだよ! むかつくなッ!!



 …なんてことは、もちろんおくびにも出さず僕はつとめて冷静にメイドの女性を壁際に置いてあった椅子へと誘導した。


「では、最後はあなた」

 警部は咳払いすると、息子に視線を移した。


「俺はその時間自分の部屋に居ました。PCのオンラインゲームでメンバーと遊んでたんですよ。なんなら一緒に遊んでたメンバーに聞いてみます? まぁ、そんなことしてもお宅らにとっては時間の無駄以外のなにものでもないですけど」


 早口でそこまでまくし立てると、幸雄ちゃんは再び半笑いで僕を見た。なんて嫌な奴だ。僕は親が親なら子も子だなとつくづく思った。むしろ一番の被害者は殺された主人よりもこんな環境で働き続けたメイドの彼女ではないかとさえ思えてきた。


「そうですか……わかりました」

 警部は三人から話を聞き終えると、手帳を取り出して何かを走り書きした。そしてそのページを無造作に破ると、先ほどの若い警官を呼んで手渡した。

 メモを受け取った警官は再び綺麗な敬礼を見せ、部屋を飛び出した。一体どんなことが書かれていたのだろう。

 そして僕は果たして何のために来たのだろう。そんな疑問が頭をよぎり始めていた。


「あ、そういえば」

 幸雄ちゃんがいきなり喋り出した。僕と警部は思わずそちらに視線を向ける。


「昨日の午後十一時頃だったかなぁ、俺がトイレ行こうとして一階に行ったとき、あんたを見かけた気がすんだけど」

 そう言うと幸雄ちゃんがメイドを指差した。メイドの顔がさっと青ざめる。


「えっ?! 何を仰っているのかわかりません。私はその時間には自分の部屋に着いていました!」

 メイドはおろおろと視線を泳がせている。僕はその瞬間、幸雄ちゃんがニヤリと笑ったのを見逃さなかった。


「あら、なぁに。それじゃああなたは幸雄ちゃんが嘘をついているとでも言うつもり?」

 幸雄ちゃんの援護にすかさず性悪ヒステリックマダムが参戦した。僕は心の中で、そうあくまで心の中で盛大に舌打ちをした。

 メイドは今にも泣き出しそうな表情を浮かべてパニックに陥っている。僕はこの状況を見るにみかねた。


「ち、ちょっと待って下さい! 今の話は全て個人の主観による証言であって、証拠はありません。ここで言い争っても水掛け論になるです」

 僕はレフリーよろしくメイドの女性と、マダム・幸雄ちゃん連合の間に飛び込み両手を広げた。


「は? 俺が見たっつってんだろ! そいつが犯人なんだよ!」

 突然幸雄ちゃんが荒ぶり、謎の覚醒をみせた。まさにわがままな坊ちゃんをこじらせたような無茶苦茶な理屈である。


「だから、それはひとつの証言であって証拠には……」


「なによ! 幸雄ちゃんがそう言ってるんだから、この証言だって証拠と変わらないじゃないの!」



 一体なんなんだこの家族はァァ……!



 僕は心の中の牢屋を今にもぶち破ろうとする、悪魔いかりを必死に落ち着かせることで精一杯だった。


「まあまあ、二人とも落ち着いて。もう少しの辛抱ですから」

 警部が性悪キ○ガイババアに近づきながら、なだめるように言った。え? 呼び名が違う? もうこの際呼び名はこれで十分だろう。差別用語? 知るかッ!


 だがしかし、今の『もう少しの辛抱』とは一体どういう意味だろう。警部が先ほど渡したメモと何か関係があるのだろうか。

 僕は少しの間考えを巡らせた。


「ふんっ! そうね。どうせこの女が捕まるのも時間の問題だわ。さっさと捜査を終わらせてこの女を逮捕して頂戴!」


 警部の言葉の意味を勘違いしたのか、性悪キ○ガイババアは嫌味ったらしく声を張りあげた。マザコンすねかじり虫の幸雄ちゃんもやたらニヤニヤしている。なんていやらしい笑い方だ。


 一方のメイドの女性はというと、二人の『猛口撃もうこうげき』をまともに喰らい、もはや目の焦点があっておらず放心状態になっている。というかこれは精神的な暴行ではないのか。仮にこの親子が事件に関係なくても後で絶対彼女に謝らせてやる。僕はそう心に誓った。


「警部! わかりました!」

 若い警官が息を荒げ、部屋に転がり込むように入ってきた。なにやら警部にひそひそと耳打ちをしている。

 いよいよ僕はこの捜査において蚊帳かやの外に出されたような気がする。


「わかった、ご苦労」

 警部は警官の肩をぽんと叩くと、警官の顔がぱあっと明るくなった。


 ……よし今だ、出るぞ、出るぞ!


 はい、出ましたー。敬礼出ましたー。

 一瞬、この人はリモコンか何かで遠隔操作されてるロボットなんじゃないかと感じた。確か最近読んだSF小説がそんなような内容だったのだ。


 僕がそんな捜査とはなんの関係もないことを考えていると、警部はひとつ大きな咳払いをした。僕は慌てて居住まいを正す。


「幸雄さん……でしたね。ひとつ確認させて下さい」

 警部が目をギラリと光らせ、幸雄ちゃんを見た。これは来たのか! ついに警部のターンが来たのか!


「な、なんだよ」

 ここにきて初めて幸雄ちゃんが狼狽うろたえた。僕の心の中に言いようのない期待感が高まる。


「あなた、先ほど犯行時刻は部屋でテレビゲームをしてたと仰いましたね?」


「は? ちげぇーし、オンラインゲームだから。間違えてんじゃねえよ」

 人一倍機械に疎い警部に対して宣戦布告とも取れる幸雄ちゃんの軽はずみな発言に、僕は思わず声をあげそうになる。


 警部の眉間に青黒い血管が浮かび上がった。これはヤバイ。僕は手で首筋の冷や汗を拭った。


「そ、そうですか。そのオンラインゲームで友達とやり取りをしていたと」


「メンバーね、メンバー」


 もう黙れ幸雄ちゃん! それ以上警部を刺激するんじゃあない!

 僕はあわや叫び出す所だったのをすんでの所で飲み込んだ。

 警部は眉間に深い皺を刻み、ギロリと幸雄ちゃんを一瞥した。ようやくことの重大さに気がついたのか、幸雄ちゃんは警部の顔を見ると黙ったまま俯いた。


「今、捜査員が当日のテレ……オンラインゲームの参加履歴を辿った結果。確かに犯行時刻、あなたの友……メンバーはあなたとゲーム内でやり取りしていたことを認めました」

 警部の言葉に気を良くしたのか、幸雄ちゃんはこれ以上ないくらいのドヤ顔で僕の方を見た。そもそもさっきからこいつは何で僕の方ばっかり見てくるのだろう。


「ほらな、だから時間の無駄だって言っただろ?」


 幸雄ちゃんが小馬鹿にしたような笑い声を上げた。そんな……まさかさっきの敬礼警官ロボコップはアリバイの裏を取っただけの報告をしたのか? 警部! これで終わりじゃないですよね?!


「……いえ、そうとも限りません」


 警部は不敵な笑みを浮かべた。




 警部キターーーーー!!




 そうだよ、そうに決まってる! 警部が何の勝算もなく戦いを挑むはずがないじゃないか。僕は己の思慮の浅さを恥じた。幸雄ちゃんはぽかんと口を開けたままになっている。


「確かに、あなたはメンバーとゲームを楽しんでいました。しかしその時使用されていたパソコンを辿ると、あなたがログインしていたのは自室のパソコンからではなく、駅前の漫画喫茶のパソコンからだったんですよ。つまりこれは第三者があなたのパスワードを使い、あなたになりすましてログインした可能性もあるということです」


「なっ?!」

 幸雄ちゃんの顔色が明らかに変わった。いいぞ警部! 幸雄ちゃんにダイレクトアタックだ!


「そんな! 俺は確かに自分の部屋のPCからログインしたんだ!」

 幸雄ちゃんが駄々っ子のように両腕を左右に振った。これが五歳児ならまだしも四十代に片足を突っ込んでるような成人男性がやるものだから、見ている方にとっては精神衛生上、非常に良くないものだった。


「警部! 息子さんの部屋から血痕の付着したTシャツと金槌が見つかりました!」

 各部屋を調べていた捜査官が、声を上げながら現場へ入ってきた。


「う、嘘だッ! 俺じゃない! やってないんだ!」


「……幸雄さん、署までご同行願えますか」


 警部は目を細めると、少し間を置いてから腹に響くような重低音で言った。

 し、渋すぎる……普段は恐い警部が今日ほどかっこいいと思ったことはなかった。


「幸雄ちゃん! 幸雄ちゃぁぁん!」


 性悪キ○ガイババアが床に崩れ落ちるように座り込んだ。残念だったな、幸雄ちゃんのライフポイントはもうゼロだ!


「ママぁ! この人達おかしいんだよ! 助けてママぁぁ!!」


 必死の叫びも虚しく、幸雄ちゃんは両脇を警官に抱えられ引きずられるように部屋を出て行った。


 現場にはわんわん声を上げて泣き喚くババアと、椅子に座り両手で顔を覆ったメイドの女性が残された。僕はメイドの人が気の毒になり、ポケットに入っていたハンカチを彼女に差し出そうとした。






 だが、その時僕は見てしまったーー



 両手の隙間から見える彼女の口元が明らかに笑みを浮かべていたのをーー







「おい、新崎。署に戻って取り調べだ、行くぞ」


 警部の言葉で我に返った僕は、彼女になんの言葉もかけることのないまま、ただ茫然と警部の後ろをついて行くことしか出来なかった。




 どうやら僕にとって最初の事件はまだしばらく解決を迎えそうにないらしい。



 

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