埋もれていた真実(2500字)
これは今から数十年程前、私が大学三年生の時に体験した話である。
当時、私はオカルトと呼ばれるものに傾倒しており、暇さえあれば学内や市の図書館へ足繁く通いオカルトに関する記事や写真を貪るように読んでいた。
そんなある日、私はとある講義でSという学生と知り合った。
Sはとても社交的で、何にでも首を突っ込みたがる好奇心旺盛な男だった。私がオカルト好きだという事を話すと、身を乗り出して食い入るように話を聞いてきた。
それから私はしばしば学内でSと行動を共にするようになり、S自身も、私の影響からかオカルトについて興味を持つようになっていた。
そして、大学が夏休みに入ろうかという少し前に、Sがふとこんな事を言った。
「隣のN県にある山の中に、人を騙す妖が出るって知ってるか?」
私がそんな話は初めて聞いたと答えると、続けてSは夏休みに一緒にその山へ行ってみないかと提案してきた。
今まで、知識や噂話程度にしかオカルトに接して来なかった私にとって、このSの申し出は幼い頃の純粋な冒険心をくすぐるには十分なものであり、私は二つ返事で快諾した。
それから夏休みに入って二週間ほど経ち、いよいよ私とSがそのN県の山へ行く日となった。
元々、N県はSの実家のある場所だったらしく、実家へ帰省していたSとはその山のある山道入り口で待ち合わせる予定となっていた。
電車からバスへ乗り継ぎ、停留所から二〜三十分歩いた所にその山道はあった。
私が着いた時には既にSは入り口のところで待っており、私を見つけると軽く手を挙げた。
「ようやく来たな。途中で恐ろしくなって帰ったのかと思ったよ」
Sはそう言って冗談っぽく肩をすくめると、私とSは山道を上り始めた。
山道はけもの道のように細く、辺り一面に生い茂る木々が日光を遮り、昼間でもどこかひんやりとしていて薄暗かった。
初めは辺りの雰囲気に浮かれ、本当に何か出るのではないか、出たらどうするかといった他愛のない会話を交わしながら歩いていた。
しかし、山道の勾配が急になるにつれだんだんと息が切れ始め、全身から汗が滝のように流れ、足も棒の様になり始めた私は、次第にこのオカルトチックな雰囲気を楽しむ余裕は無くなっていった。
私が先を歩くSに残りの道のりを尋ねると、Sはもう少し進めば休憩所が見えるはずだと答えた。
時計を見れば、もうかれこれ山道を歩き始めてから一時間半以上経っていた。普段全くと言っていいほど運動していない私にとって、これ以上進めば、体力的に戻れないかもしれないという危機感を感じ、Sに一旦引き返そうと提案した。しかしSは
「なんだ、ここまで来たら後少しじゃないか。さあ、あと一息頑張って進もう」
と、私の言葉を一蹴した。
それから更にもう十数分ほど歩いたが、私の体力は既に限界を超えており、遂に私は山道の途中でへたり込んでしまった。
少しの間、私が座り込んだことに気付かず歩き続けていたSだったが、ふと後ろを振り返り私を見ると、小さくかぶりを振った。
「もう少しで、見晴らしの良い休憩所が見えてくるんだけど。まぁ、仕方ない、見たところ君の体力ももう限界みたいだし、今日はこれで帰ろう」
Sはため息混じりにそう漏らすと、私とSはそれから一言も会話を交わすことなく、黙々と元来た道をただひたすら戻っていった。
そして、ようやく山道の入り口に着いた時には既に日が沈みかけていた。
私は山道を下りながら、がっくりと肩を落とすSにどう言葉をかけるべきか悩んでいたが、結局上手い言葉が思い浮かばないまま、Sに生返事のような言葉をかけると、Sはそれに応えるように軽く手を挙げた。
「……あと、少しだったのに」
Sはぽつりとそう呟くと、そのまま一人で去っていった。
それからあの日、私がどうやって帰ったのかほとんど記憶に無いが、気がつくと私は自分の部屋のベッドに山道を登った時の格好のまま大の字になって朝を迎えていた。
私はゆっくりと身体を起こすと、まだ朦朧とする意識の中洗面台へ向かった。そして顔を洗おうとした途端、チャイムが鳴った。
ドアを開けると、そこには昨日まで実家に帰省していたはずのSの姿があった。
Sは私の格好を不思議そうに見ると、唖然とした表情でこう言った。
「……お前、昨日どこ行ってたんだ?」
私はSの言葉の意味がわからず、何が、と聞き返すと、Sから思いもしない言葉が返ってきた。
「だって、俺が待ち合わせの時間に10分遅れて着いたら、お前居なかっただろ? それから待ってたんだぞ。なのに一時間以上経っても来ないから、心配になって部屋まで来てみたら帰ってもいなかったし……というか、何で今更そんなハイキングみたいな格好してるんだ?」
Sの言葉は途中から全く耳に入っていなかった。だが、私は不思議と昨日の事を弁解する気は起こらず、それどころか奇妙な満足感が心を満たしていくのを感じた。
そして現在、この話は一つの進展を迎えた。
それは、私が買い物帰りに車でラジオを聴いていた時である。
ラジオでは【今だから言える私の秘密】というテーマで、DJがリスナーからのメールを読んでいた。
「さて、それじゃあ続いてのお便りはと……えー、私は今から二十数年前の学生時代にオカルト好きの友人と肝試しへ行きました。そして、その次の日に友人の家へ行き、昨日自分は一緒に行っていないと嘘をつき、その友人を驚かせた事があります。若かったとはいえ、あの時は少し申し訳ないことをしたと思っています。ただ、私はその出来事がきっかけでその友人と付き合い、結婚まですることが出来ました?!……へぇ〜おめでとうございます! この人も上手いことやりましたねぇ〜ハハハ……では、続い──
私はそこでラジオを切り、帰ったらS……いや、旦那に真相を確かめてやろうと固く決意し、強くハンドルを握りしめた。




