感情の具現化(1200文字)
その青年は荒々しく扉を開け部屋に戻ると、小さなテーブルを思い切り蹴り上げた。
青年は今日、付き合っていた女性に突然別れを告げられてしまったのである。
しかも、その女性は以前から青年の友人であった別な男と関係を持っていたことも知り、青年はその複雑に混ざり合った感情を、どこにぶつけたら良いのかわからないままでいた。
「あなたと一緒じゃ、食べていけないもの」
それが女性の最後の言葉であった。
確かに青年は他の男達と比べても、頭も運動神経も決して良い方ではなく、仕事も人一倍遅いためお世辞にも甲斐性がある方では無かった。
しかし、それを意中の女性に面と向かって言われて「はい、そうですか」と素直に受け止められる程、器が大きい訳でも無かった。
テーブルを蹴り上げた後も青年の怒りは収まらず、青年は血走った目で辺りを見回すと、壁に飾ってあった木彫りのペンダントに目が止まった。
このペンダントは、かつてその女性と一緒に作ったお揃いのもので、ペンダントには《二人の永遠の愛を誓って》と小さく彫り込みがあった。
青年はそのペンダントを引っ掴むと、テーブルの上に叩きつけるように置き、床にどかっと座り込んだ。
そして忌々しげに彫り込みを見ると、床に落ちていた木の棒を両手で挟むように持ち、そのまま手を擦り合わせる要領で棒をペンダントの中央で回転させた。
何故そんなことをし始めたのか青年にはわからない。ただ、青年の中でそうすることが今の自分の感情を全て吐き出せる唯一の方法だと、心のどこかで確信していた。
それから青年は一心不乱に棒を回転させ続けた。擦り続けられたペンダントからは次第に細かな木屑が出始める。
額からは汗が噴き出し、その顔はみるみる内に真っ赤になっていったが、青年の頭の中ではあの時の女性の言葉が何度も反芻していた。
(あなたと一緒じゃ、食べていけないもの……)
「ウワァァァァァァァア!!!!」
青年の頭の中で何かがはち切れ、爆発した。
咆哮を上げ、その目から大粒の涙を流しながらも、手の動きは止まることはなく、やがてペンダントから黒い煙が立ち上り始めた。
青年はそこで異変に気付き、棒をペンダントから離した。ペンダントの中央は黒ずみ、その中心には赤く光るものがぶすぶすと小さな音を立てながら燻っているのが見えた。
青年は妖しくも不気味な光点を恐る恐る指で触った瞬間、あまりの熱さに飛び上がり、自分の指とその光点とを交互に見た。
まるで何が起きたのか理解出来なかったが、それはまるで青年の中にあった行き場の無い怒気が体外へと具現化したかの様であり、それを見つめる青年の中には、次第に何かを悟った様な自信が満ちていった。
──今からおよそ百万年前、後に『火の神』として讃えられる男の前日譚より。




