煌めきに満ちた日々(1500文字)
四月七日──
玄関のドアを開けると、春の訪れを告げるかの様な柔らかな風が頬を撫でる。
私は大きく深呼吸をひとつすると、ヨシッと自分に小さく喝を入れ歩き出した。
幼い頃からの私の夢だった小学校の教師という仕事も、今年でようやく三年目を迎える。
最初は子供たちの些細な揉め事や、それに伴う保護者からのクレームの様な“ご意見”に辟易し、辞めようと思うことも何度もあった。
しかし、その度に仲の良い同僚の先生や、学生時代の恩師などに励まされ、歯を食いしばりながらいくつもの壁を乗り越えてきた。
そしてそんな努力が実を結んだのか、なんと私は今年から副担任を外れ、新入生である一年五組の担任を任されることになったのである。
私は自分を認めてくれた事に対する嬉しさや、晴れて担任として子供たちと向き合える事への喜びに胸がいっぱいになった。
少し大袈裟な表現をすれば、目の前の光景が煌めいた様な感じさえしたのである。
そしてその煌めきは私の中で日々光を増していき、入学式を迎えた今日、私の心は一点の曇りも無い実に晴れやかなものだった。
校門へ着くと、そこには保護者に手を引かれた、制服を着ているというより制服に着られていると形容する方が正しいくらい初々しい入学生達がちらほらと見えた。
もしかしたら、私の担当する生徒もこの中に居るのかな、などと考えていると、ふと後ろから声をかけられた。
「お、いよいよ今日から担任デビューする大先生じゃありませんかー。もしかして、この中に五組の生徒が居るかなーとかって思ってる?」
声をかけて来たのは、去年まで私が副担任をしていた三年二組の担任を務める先輩の横山先生であった。
横山先生は、恰幅の良い体とユーモア溢れる授業で生徒の中でも取り分け人気の高い、私の尊敬する先生の一人である。
「あ、いえ、そんなことは……」
あまりにも図星を指された私は咄嗟に曖昧な返事をした。
「ま、初めての担任だからってあんま気負いする事ないぞー。お前だって小学校一年の時の担任との思い出なんてほとんど覚えちゃいないだろう? そんなもんだよ」
そう言って横山先生は、私の肩をぽんと叩いてガッハッハと笑いながら歩き去って行った。
私は横山先生なりの優しさに思わず笑みをこぼし、小さくお辞儀をして再び歩き出した。
そしてその後、入学式での挨拶も無事に終えた私は、遂に一年五組の教室の前に立っていた。
高鳴る鼓動を微かに感じながら、ゆっくりと教室のドアに手をかける。
大丈夫……大丈夫……
私は自分にそう言い聞かせながら、意を決してドアを開けると、新入生達がこちらを向いて一斉に口を開いた。
「せぇんせぇい、おはようございまぁす!!」
私は一瞬、あまりの事に言葉を失ったが、すぐに私の不安や心配は杞憂だったのだと実感した。
「おはようございます! みなさん素晴らしい挨拶ですね」
私の言葉に生徒たちの顔がほころび、一様に笑顔を見せる。
これだ……
私の求めていたものはこの笑顔なのだ……
その時、私の見ている景色の煌めきがより光を増した気がした。
そして私は意気揚々と、教卓に置いてあった出席簿を開いた。
「さて、それじゃあ今から出席を取ります! 名前を呼ばれたら元気良く返事をして下さいね」
再び生徒たちは、はーいと声を揃えて言った。
私は生徒たちに向かって満面の笑みを見せると、視線を出席簿に落とし──
──唖然とした。
「佐藤……獅子成土? 鈴木……寿李愛乃? た、田中……死目樽? 野々村……無駄男?!」
どうやら、私の煌めきは彼らの名前には及ばない様だった。
【この作品はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。】
……念のため。




