父の秘蔵っ子(2700字)
ホラーテイストが少々。
私は大のサッカーファンである。
学生時代はサッカー部のエースストライカーとして活躍し、地元のJリーグチームからもユースとしてスカウトされた程の実力を持っていた。
しかし、ある練習試合のさなか相手のスライディングが足首に直撃し、私は靭帯を激しく損傷してしまった。
幸いにも一年後には復帰することは出来たのだが、その時の私は怪我のトラウマに悩まされ続け、思うようなプレーが出来ず、結局プロのサッカー選手になることは叶わなかった。
私は全てに絶望していた。そして、自分に怪我を負わせた選手にも例えようのない恨みを抱いた。これまでの自分の人生が丸ごと否定されたような衝撃と、真綿で首を絞められるようなジワジワとした苦しみが自分の心を日々侵し続けていた。
だが、今の私は希望に満ち溢れている。
なぜなら五年前、妻との間に子供が出来たからだ。それも昔の私によく似た男の子である。
(この子なら、私の果たせなかった夢を実現してくれるかもしれない……)
子供が産まれてから私がそう思うまで、さほど時間はかからなかった。
次の日から私は、子供のおもちゃは全てサッカーボールに統一した。子供が走れる様になってからは毎日のようにボールを蹴らせ続けた。テレビアニメも、私が小さい頃見ていたサッカーを題材にしたアニメしか見せなかった。
いつしか妻はそんな私に嫌気が差し離婚を申し出たが、私にはこの子の親権さえあれば後は別段どうでも良かった。
私の熱意もあってか、我が子は日を増すごとにめきめきと上達していった。
息子は今年、小学校に入学したばかりだったが、もはや上級生に混ざっても遜色ない程の実力は持っているだろうと確信できた。
そして、今日は息子の所属するチームと他校のクラブチームとの練習試合があるため、私は近所の市営グラウンドへと応援に駆け付けていた。
私は事前に用意していた三脚にビテオカメラをセットし、息子の登場を今か今かと待ちわびていると、いよいよお互いの選手たちがグラウンドに入ってきた。
やはり私の息子は一年生ながらも、スタメンとして起用されていた。観客席からも、周りと比べてひときわ小さい息子の姿を見てざわめきが起きている。
私は思わずほくそ笑んでしまうが、この後の息子の活躍を想像すると更に胸は高鳴った。
そして試合開始のホイッスルが鳴った。
息子は俗に『ボランチ』と呼ばれるピッチの中盤でボールをコントロールする攻守にバランスの取れたポジションを任されていた。
しかし開始五分、私はある異変に気がついた。息子の方に全くボールが回って来ないのである。
明らかにフリーな位置に立っているにも関わらず、チームメイト達はまるでそこに誰も居ないかのように、別の場所へとパスを出す。
最初はただ単に、ボールを持っている選手が周りを見ていないだけかと思ったが、それでも一向に息子へパスが来ない展開に私は業を煮やしていた。
「おい! 今パス出来るだろ!」
私はビテオを撮っているにも関わらず、つい声を荒げてしまった。
そして前半も三十分が経とうかという所で、その事件は起きた。
ボールを持った味方の選手に向かって息子が一気に駆け寄ると、その選手の足元めがけて強烈なスライディングを決めた。
私は一瞬、過去の苦い記憶が蘇り顔を歪めてしまった。
場内に大きなどよめきが起きると、主審がホイッスルを鳴らして走ってきた。スライディングを受けた選手が足を押さえてうずくまっている。
すると息子はうずくまる選手の側に立ちゆっくりと足を振り上げると、その選手の頭を思い切り蹴り上げたのだ。
場内には悲鳴と怒号が次々に飛び交い、息子は即座にレッドカードを出され退場となってしまった。
私はしばらく唖然としながら事の成り行きを見ていたが、ふと我に返ると、ベンチで監督に怒鳴られている息子を見つけ急いで駆け寄った。
「ちょっと、すいません!」
私は監督の言葉を遮って息子の前に立ちはだかった。
「……あなたは?」
監督は訝しげに私の顔をじろじろと見たが、私が父親だと名乗るとみるみる顔を赤くした。
「あんた一体どういう教育してるんだ! 今のを見てただろう! あれは決して許される行為じゃないぞ!」
その言葉に私の鬱憤も爆発した。
「お前こそ、どんな戦略を立てているんだ! 息子にパスを出せばもっと攻められるチャンスが作れただろ! この能無しめ!」
私と監督は周りの人間によって引き剥がされたが、私はどうしても怒りが収まらず、息子の手を引いてそのままグラウンドを出て行った。
だが、息子は監督に怒鳴られてる間も何も言わず、私と言い争っている間もじっと前を向いて黙ったままだった。
「ねぇ、もうサッカーおしまい?」
家路の途中で息子がふいに口を開いた。
「そうだ、お前にはもっと相応しいクラブがあるからな。今度はそこへ入ろう」
私はまっすぐ前を向いたまま答えた。
「そっか……つまんないな」
息子がぽつりと呟くと、顔を上げ私の方を見た。
「でも、どうしてボクは退場になったのかな?」
私は思わず足を止め息子の顔を見返した。息子は自分がどうしてレッドカードを貰ったのか本当に理解していないようだった。
「どうしてって……お前……」
私は言葉に詰まった。しかし息子の言葉は止まらない。
「だってボクはずっとボールがもらえなかったから……だから代わりにボールを蹴っただけだよ。前にテレビでも言ってたんだ『友達はボールだ』って、だから、だからなんだよ。友達はボールだからね。お父さんも変だと思うでしょ? ボクはただボールを蹴ったんだ。なのにーー
堰を切ったように話し出す息子の言葉は、途中から私の耳には入っていなかった。
気付けば私はひたすらに喋り続ける息子の目に釘付けになっていた。
息子の瞳は子供とは思えない程真っ黒で淀みきっていた。
そして全く生気の欠片も感じられないその目からは、息子のどんな感情も読み取ることはできなかった。
私は絶句した。
私が目指していたのは、こんな息子の姿だったのか?
……違う……
今までの私は何か間違っていたのだろウカ……
ならバ私がこれマで耐えてきた絶望や苦シみはドうなル……?
あれカら全てヲこの息コに捧ゲたじん生はなんだっ田のだ……?
私ハ……わたshi……ワタ……死……
男の両手がゆっくりと息子の首筋を掴んだーー
高橋○一先生ゴメンナサイ。。。