ひとつの末路(2400文字)
目覚まし時計からけたたましいアラーム音が鳴り響くと、青年はパチリと目を開け手際良く時計のスイッチを押した。
そして布団から起き上がると、いつもの様に掛け布団、敷き布団の順に丁寧に畳んで押入れに閉まった。
それから青年は、部屋の一角にある扉に目を向けて正座をした。そろそろ朝食が来る時間だと青年は時計を見て知っていたためである。
ツカツカと扉の向こう側から人の足音が聞こえてくる。青年は思わずゴクリと唾を飲み込んだ。
すると、扉の下に取り付けられた小窓が開き、朝食の乗ったお盆がスライドしながら現れた。
青年は思わず身を乗り出したが、過去にいきなりご飯に飛びついて厳しく叱られたことを思い出し、なんとか平静を装いながら正座したまま待っていた。
小窓が閉まり、人の足音が遠くへ行くや否や青年は朝食の方へ小走りで向かった。
今日の朝食はトーストと牛乳、そしてレタスの上にベーコンと目玉焼きが乗った、それなりに豪勢な食事であった。
青年は早速朝食に手を伸ばしたが、ここでも以前、扉の前でガツガツとご飯を食べて叱られたことを思い出すと、青年はお盆を両手で持って部屋の中央までキチンと運び、そこにある小さなちゃぶ台の上にお盆を置いた。
そして、青年はお盆の前で正座をし、ぎこちなく両手を合わせるとたどたどしい言葉で呟いた。
「イ、イタダ……キマス……」
この言葉は果たしてどういう意味があるのかは青年にはわからない。ただ青年は、一度面倒臭がってこの言葉を言わずに食べた時に、扉から入ってきた男たちにご飯を無理矢理取り上げられてしまった苦い経験があったため、しぶしぶ言っているだけなのである。
こうして青年は数々の手順を踏まえ、ようやく朝食にありつくことが出来た。中でもベーコンと目玉焼きは青年の好物であり、真っ先にペロリと平らげると、トーストはチビチビとちぎりながら牛乳で流し込むようにして食事を終えた。そして青年は再び手を合わせ、本人にとっては何が何だかよくわからない言葉を口にした。
「ゴチソ……ウサマデシッタ」
朝食を終えると青年はお盆を扉の前に置き、壁に取り付けられてあるデジタル式の時計を見た。
そこには大きな字で『九月十日・水曜日・午前七時四十六分』と表示されていた。
青年はその『水曜日』という表示だけを見て、ほんの少し眉をひそめた。水曜日の日課は他の日に比べて面倒なことが多いためである。
青年は諦めたように鼻から大きく息を吐くと、自分の寝起きする和室から隣の部屋へと移動した。
隣の部屋は和室よりも少し大きめで、青年が五人ほど寝転がってもまだまだ余裕のある広さがあり、床も艶のあるフローリング仕様になっていた。
青年はその部屋にあるクローゼットを開け、水曜日用の衣装を取り出した。この服の名前はよく知らないが、この衣装は“ニンジャ”と呼ばれる人が着る服だということだけは知っていた。
青年はモゾモゾと寝間着である甚平を脱ぎ、衣装へと袖を通した。そして最後に目元だけを露出した頭巾を被って無事に着替えを完了させた。
その後はなんということはなく、ただ部屋の端っこに飾られている模造刀を手に持って、お昼ご飯が来るまでの間適当に振り回していればいいだけなのである。
ただ、青年にはこの時間が一週間の中で一番苦痛であった。
もちろん、この作業も途中で止めたり、サボっている素振りを見せようものならすぐに叱られるし、場合によってはお昼ご飯の分量を極端に減らされることは青年も重々理解していたので、青年は一生懸命さを少しでもアピールするために時折「やぁ!」や「えい!」など適当な掛け声を言いながらやることにしている。
部屋の中は快適な温度や湿度が保たれてはいるものの、口元を布で覆われた状態で動き続けているため徐々に呼吸が乱れ、身体中から玉のような汗が吹き出す。それでも青年は食事のため、文句も言わずに刀を振り回し続けた。
するとしばらくして、青年の目の前に金髪の少年とその父親が現れた。と言っても、その間には壁一面もある大きさの特殊なガラスを隔てているので実際に青年はその二人に触れたりすることは出来なかった。そしてそのガラス窓はこの部屋だけでなく、隣の和室にある壁にも同じようにこの大きなガラス窓がはめ込まれているのである。
少年は一心不乱に刀を振り回す青年を見ると、父親に向かって興奮気味に叫んだ。
「すごいや、パパ! 僕“日本人”なんて初めて見たよ!」
「そうだろ! 純血の日本人が見られるのは州ではこの動物園だけだからな、ハハッ。ほら、ニンジャだぞ、ニンジャ!」
父親は少年の頭にぽんと手を置くと得意げに笑った。
そして、そんな会話を交わす二人の隣にはひとつのプレートが設置されていた。
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『Japanese〜日本人〜』
西暦二千年を過ぎてから、兼ねてから日本で問題とされていた日本人の少子高齢化、更には外国人の日本への移住は増加の一途を辿り、西暦二千五百年を過ぎてからはついに純血の日本人は世界で十数人だけとなってしまいました。
そこで、世界政府は西暦二千五百三十二年に『日本人保護法案』を採択、素晴らしい文化を誇る日本人を絶滅させないために保護し、現在(西暦二千六百二十年時点)では世界で百人近くまで増やすことが出来ました。我々はこの貴重な日本の文化を絶やさぬ様、日本人を尊重し、また、共にもう一度繁栄の道を歩んでいけるように協力していかねばなりません。
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青年は手を振る少年に手を振りかえしながらも、頭の中では既に今日のお昼ご飯のメニューについて思案を巡らせていた。




