誰得?(800文字)
とある探偵事務所へ、ひとりの若い女性が訪ねて来た。
探偵の男は慌てて散らかった部屋をざっと片付けると、女性をソファーへと案内した。
ソファーに向かい合ったまま腰を下ろすと探偵は口を開いた。
「それで、今日はどういったご用件で?」
「最近、どうも妙な男に付きまとわれている様な気がして……」
そう言うと女は小刻みに震える手を口元に当てながら、小さく俯いた。
「警察にはご相談されました?」
探偵は極めて事務的な口調で女に問いかける。
「はい……ですが具体的な被害が出てない以上、警察ではどうすることも出来ないと……」
女はまるで捨てられた仔犬の様な潤んだ瞳を探偵に向けた。
「まぁ、そうでしょうね。警察も暇ではありませんし」
探偵はわざとらしく肩をすくめて見せると、不安そうな表情を見せる女に向かって胸を張った。
「でも、ご安心下さい。そんな時こそ私の様な人間に需要がある訳ですからね」
探偵の言葉に女の顔は一瞬明るくなったものの、またすぐに表情を曇らせた。
「でも、一体どうやって……」
「実は、あなたの様なストーカー被害を受けた方からの依頼は多いのです。お任せ下さい、一週間もあれば解決して差し上げますよ!」
自信満々な笑みを浮かべる探偵を信じ、女は探偵に依頼をし、その場を後にした。
一週間後──
探偵事務所から遠く離れた場所に住む男は、近所の銀行のATMで無事に報酬が入金されていることを確認すると、口元を少し緩ませた。
そしてその帰り道、男はしばらく不審に思っていた疑問をついぽろりと口にしていた。
「それにしても、変な仕事だったなぁ。知らない女の後を一ヶ月付け回すだけなんて。こんな仕事で一体誰が得するんだか……」




