居たいのはあんたらじゃない(side.R)
終われ、終われ、と、願う。まるで呪詛のような、自分勝手な気持ちばかりを込めて。
――ああ、いいなあ。
あの人の隣に並びたかった。対等で、時に優位にも劣位にもなる間合いが羨ましかった。どんなに思っても叶わないと知ってからはそれがもっと膨れ上がって。自分でもバカだなとわかっているのに。
「せーんぱーいっ」
飲み会の席ぐらいだ。寄りかかれるのも、感情をだだ漏れにしても許されるのは。酒の力をこんな風に使ってもいいだろう?
甘えたい。彼女さんはきっといつ甘えても突っぱねられないんだろうなと思ったら、じゃあ自分はこういう時しかという都合のいい一方的な結論が出たのだ。我が儘だな迷惑だなと、欠片だけ残った理性は言う。
「わかったから――おい、潰れるなら端っこ行ってろ。踏まれるぞ」
「先輩いるから全然平気ですよー? 潰れませんって〜」
「はー……水か茶でも飲んどけ。部屋戻れなくても知らねぇぞ」
ほらっ、と手に大振りなグラスを持たされる。そして、ぺんっと額を一叩き。体はあっさり離された。
飲み会の介抱役なんて大体決まってくるもので、彼はその一員でもあった。べらぼうに酒に強くて本当に酔ったところなんか見たことがない。「酔っ払いばっかだと気が張ってるからだ」と以前言っていたけれど。…確かに誰か収捨をつけられないと困る。
「うーーーっ……」
また振られた、としょぼくれながらグラスを見つめる。いつもこうで、彼は誰にだってこうなのだが、勝手な自分は勝手に自分ばかり傷ついていたりする。――ああ、何でこうなんだろう。
「矢橋、どしたの」
気持ち悪い? と声を掛けてくるのはいつも同期で。あんたじゃなくて先輩がいいのにとか、あんたが先輩ならいいのにとか、いつも考えてしまう。
「森矢ぁ、ほっときゃいいって。傷心なう、なんだしそいつ」
「鷹野ってさー……あーもー…お前ほんと口、どうにかなんない?」
「楽だよなーこっちはばれてるから気ぃでかくなるし? あっちは後輩相手に冷たくはできねぇし? ほんと楽なー」
「うっさいなあ――! 楽なわけないやんけっ」
楽なわけがない。惨めなだけだ。
思い人、弥坂先輩には彼女が居る。長年の片思いの末に手に入れたという大切な相手が。
知っているから、苦しい。知っていて無駄に傷つかずに済んだなどとは思っていない。脈無しなのは承知の上だ。彼女に相当熱を上げているらしいとも小耳に挟んでいる。
――こんばんは、初めまして
その彼女とは一度だけ直に会って話した事がある。生まれは香港だという話だったが言葉にも不自由はなかった。(後々鷹野伝手に、片親が日本人でありこちらにいる年数もそこそこらしいと知って納得。)
人好きのする笑顔とほわんとした雰囲気の女の人。はっきり言って色々衝撃的すぎた。綺麗というよりかわいいタイプで、あのクールな先輩がベタ惚れしている要因も彼女と話している内に納得した。「典型的ないい人だ、この人」と。しかも何ですかあのプロポーション。特に胸。(初対面の相手に失礼とは思いつつガン見してしまったのは内緒である。)
こちらの事は"いい後輩"として話が伝わっているらしく、演奏会後の余韻にたっぷり浸っている様子だった。
「矢橋さん、きらきらしてて、かっこよかった。楽器好きなんだなぁって…お話できてすっごく嬉しいです」
などと興奮気味に言われては毒気が抜かれてしまう。彼女は森矢のファンだとも言っていて、鷹野とは面識があったらしくこちらとは違いかなり砕けた雰囲気で喋っていた。そこから自分の事も聞いていたのだろう。(あなたの彼氏を好きな後輩、とはあの様子じゃ聞いていない。)
「何なんやーあんな人おってえぇわけ? 世の中」
「彼女さんは色々別世界な感じするよね」
「そっかー? 確かにまあ、あの人の彼女とか言われたら「えっ?!」ってなるけど」
性格違いすぎ。と鷹野はけらけら笑う。
「天然すぎてほっとけねーってやつかもな」
「弥坂先輩がああだからね」
森矢も笑った。部内でも「あの弥坂が勝てないらしい」と噂になっている。それはいい。こちらに分がないのはもうわかった。だから後輩の立場を利用して甘えたくっているわけで、これぐらいいいだろうと開き直っているのも相手にはバレバレだ。――虚しい。
「くっそー……」
恨み節ばかり叩いていてはいけないと、グラスは置いて缶チューハイのプルタブを開けてぐっと飲み下す。色んな苦い物と一緒に。
「ちょ、ダメだって――!」
森矢が慌てて止める声が、その時聞いた最後だった。
情けない。それでもこの部が好きで、楽器が好きなのだから、今はもうそれでいいやと色々投げっぱなしな一気はやはり強烈だった。
*
お酒は一気飲みしてはいけませんよ、な回でした(´ω`)←違