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音のする方へ  作者: sen
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ツーカーとかではなく…(side.R)


 合宿序盤は皆元気だ。しかし二日目・三日目となると練習や夜更かしなんかが響いてきて、終盤にはげっそりしている面々も結構いたりする。規則正しく寝起きしている女子や一部の男子でも、ぎっちり音楽漬けで休憩時間にうとうとしているのもいるぐらいだ。指が痛い腰が痛いと苦笑い。しかしそれだけの成果や達成感はあるので、やはり合宿の意義は大きいのだ。



 四日目の夕飯はすき焼きで、残暑厳しい9月半ばにこれはどうなんだろうと言いながらも、若者に肉はやはりありがたいと皆目に生気が戻っていた。


「お、ラッキー。真っ当な飯になりそうな感じじゃん」

「よかったー」


 名前の順でとざっくり決められたテーブルには鷹野・森矢もいて、他に先輩三名に後輩一名。皆悪ふざけしないタイプでよかったと思ったのは自分も同じくだった。


「弥坂先輩と渡辺先輩がいてくりゃ大丈夫っすね。あっちじゃなくてマジよかったですー」


 後輩の男の子も明らかにほっとしていて。名指しされた三回生二人は料理もそこそこできて味覚も正常だとは知っている。悲惨なパターンは去年何回か見ているのでこのメンツはかなりありがたい。


「んじゃ、任せるけぇ頼むわ」


 唯一の四回生・広島訛の戸川は手出しする気は毛頭ないと表明して、自動的に三回生二人が取りかかる。


「えーと、お肉先焼いちゃう? 待つと長いしお腹に入れてからでいいかな」

「そんでいいか。鷹野、肉の皿くれ」

「はいよーお願いしまーっす」

「あ。森矢君と凌ちゃん、お茶お願いね」

「はーい」

「戸川先輩、コップ下さい」

「はいはい、よろしくーこぼすなよー」


 わいわいがやがや時々悲鳴の夕飯。改めて見るとすごい人数だなと思う。マンドリンなんて名前すら知らなかったであろう面々が、同じ大学同じ部活で集まるなんて奇跡的じゃないかと誰かが言っていた。…確かに。


「よかったね。あのメンツで」


 森矢は天然で生活破綻者だが常識はある。一人暮らし組で自炊も気が向けばやっているとは話していたし、こんな場で茶々を入れて夕飯を台無しにする事もない。コップにお茶を注ぎながら「せやなー」と頷いて返した。


「矢橋、席代わる?」


 何を言い出したんだと思って見返すと、彼は手元に目を落としたまま「弥坂先輩の前だから」とだけ。動揺は瞠目でもって伝わったようで、はは、と短く笑われた。


「何か、そんな話聞いたから」

「……あっそ、」


 そっけない返しにも森矢ははにかんだままだ。異性の同期に自分の恋心を知られているというのはどうも痒いしやりにくい。そして周囲にもこれが知られているのも自分で気付いている。多分本人にも知られているだろうとも。


「ええよそんなん。小学生やあるまいに。…ってゆーか明らか負けとるんやからそんなんしてもしゃーないやん」

「ああ、知ってるの?」

「知らんわけあるかい」


 むう、とむくれる。お茶は淹れ終わったがこのままさらっと戻れるほど切り替えは早くないので、顔が戻るまでもう少しここに居たかった。




 情けない話、この恋が叶わないのを知っていてずっと好きでいる。告白などしていないが気持ちはいつの間にかバレていて、しかし自分は"後輩の一人"なのだから相手はあからさまに冷たくはしない。そこに甘えてしまっている自覚もあるし、端から見れば道化だとも理解した上で居直っていると言ってもいい。――いいやん、彼女アリな人が好きでも。

 一つ年上の先輩に思いを寄せたのは入部してからほどなく。最初は単に「あの人カッコいいなぁ」と思っていた。背もそこそこあって今時黒髪なのもよかった所。(見た目も中身もチャラくなくて堅い感じが好みなのだ。)部長副部長のように表立って仕切るのとは違って、性分なのか何かと世話役に回り普段から"ちょっとした気遣い"ができる人なんだなと見ていて思った。仏頂面はあまり崩れないが、稀に笑っていたりするとかなりクる。ギターパートで鷹野に言わせると「あの人、絡むと結構面白い」のだそうだ。同性だと気安く素が見られるのは少し羨ましい。


「アホやなーとか自分でもわかっとるし。ま、楽しんだもん勝ちやろこんなん」

「……まあ、」


 森矢は何ともコメントし辛いようで、少し眉尻を下げてから「矢橋は変なとこ強いね」と言う。


「図太いっちゅーねんで、あたしみたいなんは」

「ははっ、そこでイイ顔すんの?」


 面白いなあと森矢は屈託なく笑い、それに少しほっとした。重い話はこんな賑やかな場所にはあまり似合わない。ちょっと反省。


「あー! ってか肉! 食べられてまうっ」

「あ」


 忘れてた、というのはお互い様で、慌ただしく席に戻る。


「お茶係何しとぉ? 先食うてもーたで」

「第一弾もうないぞ。煮えるまで待機待機」

「え、嘘。鷹野ヒドくない?」

「こーら! ちゃんと取っといたから大丈夫よ!」

「ほら。二人分そっちにあるから食っとけ。卵は好きずきで」

「ありがとうございます。よかった…」

「わーい♪ 先輩さすがやわーいっただっきまーす!」

「矢橋キモイ」

「恵亮うっさい!」

「賑やかやのお、若いもんは」


 会話は切れなくて、おいしい楽しい夕飯だった。明日・最終日は撤収作業が主なので、この後打ち上げと称した飲み会がある。誰が言い出したか花火なんかも買ってあって、それに興じるのが毎年恒例。


 賑やかな夜はまだまだ始まったばかりで、こんな楽しい時間がずっと続けばいいのになと思っていた。続くとも信じていたのは"若いもん"だったからだろうか?



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