中継は俺じゃない(side.K)
クラブ内で仲良し三人組と言われる自分達だが、最初からそうだったわけではない。中学時代から腐れ縁のような物が自分と他二人にそれぞれあり、森矢と矢橋は大学から知り合った同士である。
「鷹野ーサボるなよー」
入部して間もなく、練習にゆっくり遅れて行った時最初に鉢合わせたのは森矢だった。一年生は自分のパートを決める事から始まり基礎練が主な時期なのだが、経験者かつマイ楽器まである自分と森矢は「まあ、自由で」との言葉に従っていて。
「違うっつの。見学したいっつー奴連れてきた」
「そうなの?」
「どうも、」
「あ、どうも…」
会釈し合う二人。ぎこちなさ満点だ。
「こいつ森矢。前言ってた奴な。こっちは矢橋。中学の同期だった奴」
「初めまして。えーと…見学なら中、どうぞ」
森矢はにこにこと人のいい笑顔で、矢橋は珍しく緊張している様子だった。彼女は楽器の経験など皆無で「あんたまだギター続けとったんや?」から始まり「ちょっと見せて」とくっついてきただけなのだが――そうとは言わずに済ませたいようなので、こちらもそのつもりでいる。ひとしきり満足したら帰るだろうとしか踏んでいなかった。
部室はそこそこ人で埋まっていたので、ギターだけ担いで適当な場所に移動した。森矢もいたので丁度いい。
「森矢ぁ、付き合えよ」
「え、何かやるの?」
「とりあえず聞きたいっつって来たから。こないだやったやつやろ」
「ええっ…どれそれ」
「わからんやろそんなんで」
二人とも怪訝な顔が同じだった。
とにもかくにも、さっさと弾いてさっさと帰らせたかった。「そんじゃ、いつでも」と森矢に言って、するりと一曲。短い映画音楽だ。弾いている間矢橋はやたら目がきらきらしていて、興味津々に聞き入っているのはどう見ても明らかだった。そういえば中学時代は人前で弾く機会なんかなかったなと思い出す。初めて見る物は誰しも胸が躍るものだ。
終わってみればたかが数分。しかし彼女がマンドリンという楽器に惹かれるには十分だったようで――非常に面倒な事に、「すごい! いいなあコレっ」と拍手までして「あたしでもできるよーになる?」なんて森矢に聞いてしまった。
「うん。大学から始めた人が大半だって言ってたよ、先輩達。一回生も譜面読めないけどやってみたいって来た人もいるし。やったら楽しいよ」
「吹奏やっとったからそこはいけるわ。大丈夫。わー、こんな楽器あったんやねぇ知らんかった」
「やる? いいよ。鳴らして」
はい、とあっさり。構え方から何からをさくさく教えて、せーので開放絃一音。
「わー、鳴るやん!」
「うんうん。じゃらん、じゃなくて、すとんって振り切って――そうそう。下ー上ー下ー…そうそう、いい感じ」
「ほー……こんなほっそいのよぉ切れへんね」
「金属絃だし切れたら"ばちーん!"だけどね」
こんなんになる、と森矢は右腕を見せる。先日やらかしたという蚯蚓腫れの跡だ。
「怖っ、痛っ」
「まあそう切れないからだいじょーぶ。えーと…音階やってみる? 教えるよ」
「え、いーの?」
「いーよいーよ」
ものすごく気楽な空気で、何とも言い難い居心地の悪さを感じていたのは自分だけだった。こいつらは入るし入らせる気なんだろうなという予感は当たって、矢橋もその日の内に仮入部届けを出してしまった。
帰りしなもわいわい話していて、二人とも初対面なくせにもうすっかり馴染んでいるのに面食らった。覚えている限りで言えば、自分との初対面からそれなりの仲良しの域に至るまでそこそこ探り合いだのなんだのがあったような気がするのだが。
*
実家暮らし組の矢橋と途中で別れ、やれやれとひと心地。夜道を自転車を押して歩きながら、森矢はいつもより楽しそうに見えた。
「悪かったな。付き合わせて」
「え? いいよそんなの。鷹野の友達だし」
「ダチってわけでもないんだけどなあ…」
「中学の同級生なんじゃないの? 三年間。仲良さそうに喋ってただろ?」
「まあ、」
「じゃあ友達なんじゃない」
「んー……」
友達と言うのとはまた違う気がしていて、しかしこんな事をいちいち議論するのも面倒に思えた。矢橋には蹴りか怒鳴り声しか食らった覚えがない。(中坊の時期は色んな意味でやんちゃ盛りでチャラかったよな、自分。)
「ああいうのってさ、新鮮だよね。一所懸命な感じが」
「俺ら長いもんなーあんなんいつの話かっつう…」
種類は違えど、お互い相棒の楽器との付き合いは人生の半分以上にもなる。だからああして一つ一つを楽しんで、もっともっととやりたがる矢橋らを見ると「こんなだったな」と何か懐かしいものを感じるのだ。
週何回かレッスンに通い、コンクールなんかの発表の場に立つのが普通になると違う種類の感覚に陥る。必死さや焦りだとかが出てくるとどうも楽しくない。森矢はそうでもなくて、ただ純粋に場を楽しみにして思い切りやって楽しんで帰ってくるタイプだ。そこは羨ましい性格してるなと思う。
「あの子いいなあ」
不意に呟かれた言葉に、は? と目を剥いた。
「――ああ。面白い子だなって意味だよ」
心配しないで、と森矢は軽快に笑い飛ばす。――おい、今何を感繰った?
「言っとくけどあいつヒドいぞ。女として色々、無い」
「ははっ。歴戦錬磨のお前が言うなら当たってるんだろーね」
「そこか!」
「んー…まあ、仲間はいた方が楽しいからいいんじゃない? よかったよ鷹野がいて。僕はほら、楽器無いと間が保たないから」
「普通に喋ってただろオマエも?」
「一対一と三人じゃ違うもんだよ」
女の子慣れしてる鷹野はわかんないだろうけどと余計な一言を寄越して、森矢は軽く笑ってみせる。彼と知り合ってそこそこ経つが時々よくわからない。
面白くなりそうだなあと森矢は終始上機嫌で、新しいものに出会って胸が躍ったのは矢橋だけじゃなかったんだなと思わせる横顔だった。
*
一人暮らし同士、部屋飲み会の席なんかで後輩に昔話をする機会があって。入部した時はああだったこうだったという話をしていた時だった。こんな話をする事になるとは思っていなかったが、酒の席だからまあいいかと思い出し思い出しの語り口。
「出会いからして鷹野先輩あっての三人って感じですね。聞いてると」
今もそんな感じですけどと後輩はばっさりそう言い切って、否定できないのがまた困り物だったりする。二人だけにすると森矢は楽器絡みの話に横流れしがちで、矢橋は矢橋で吸収したい盛りな所為かそれにぐいぐい食いつく。普通の雑談しないのかこいつら、と端で聞いていて呆れるほどだ。もっとこう……何かあるだろうに。
「あれはあれで巧いことなってんだからいんじゃね?」
「やっぱ先輩いないとダメなんですよー三人いないと何か物足りない感じしますもん、俺らでも」
「子は鎹ならぬ、って奴じゃないですか? キューピッド? あれ、違うな…」
俺は奴らの子でも仲人でもねぇよ、と、他人に散々言われてげっそりした夜。
*