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音のする方へ  作者: sen
20/38

ループ・エンド 3(side.R)



 正面の窓ガラスに写る自分の顔は泣いてすぐ後なだけあってかなりひどいものだった。


「あー……ひっどい顔、」


 マスカラはウォータープルーフなのに手でぐいぐい拭ってしまったので滲んでいるし、目は赤い。


「はあぁ……」

「大丈夫?」

「んー、気持ち的には」


 でも顔はあかんわ、とへらり。森矢もくすりと笑って「すっとしたならいいんじゃないかな」と言う。化粧が崩れた顔を見られても今更だなと思うが、ぐずぐずな鼻はハンドタオルで押さえておかねば。さすがに恥ずかしい。


「ごめんなー、冷えたやろ」

「いいよそんなの」

「いやいや、また体壊したらあかんやろ」

「ははは。そんなに心配しなくてもいいよ。大丈夫」

「あんたの大丈夫は信用ならんしなぁ…」

「ひどいな、」


 苦笑いはぎこちないもので、彼は本当に顔に出すのが苦手なのだなと思わせる。

 ふあ、と欠伸が出てきて、ただでさえ演奏会直後で疲れていたのに泣いて更にきたなと感じる。色んな意味で張りっぱなしの神経が一気に緩んだらしい。


「そろそろ寝てまおかー」

「だね、……上、まだやってるのかな」


 天井を仰ぎつつ、森矢は椅子から立ち上がった。どんちゃん騒ぎとまではいかないが、上から微かに人の喋り声はする。


「毎年のこっちゃしな。まーええんちゃう? 来年ウチらがああなるんやろ」

「はは、かもね」


 さて戻ろうかと自分も腰を上げたところで「あ、そうだ、」と言いながら森矢はジャケットに手を突っ込む。


「これ。今年もお疲れ様って事で」


 そうして差し出してきたのは小さな紙袋だった。掌に受け取って、え、何コレ? と森矢を見やる。


「色々心配かけたし、お詫びも兼ねて。何かしないとなーと…」

「えぇっ、そんなんえぇのに」


 そんなん言うたらあんたもお疲れさんやん、としか出てこなかった。「お疲れ様」とか「次もよろしく」と同期同士でプレゼントし合うのは確かに見かけるが――まさか森矢がという驚きが半端無い。あわわ、と柄にもなく慌てている自覚はあった。


「嘘やん、用意ないでこっちは」


 何か渡すなら来年にと思っていたのだ。だろうね、と彼は笑いながら頷く。


「えぇー……あれ、鷹野にはもう渡したん?」

「あいつに【ありがとう】とか、何か渡すとかしても気味悪がるでしょ。…逆だったら寒気しない?」

「確かにー!」


 いない所で笑い種にしようが鷹野は痛くも痒くもないだろう。そういう奴だ。


「気に入るかどうか自信ないけど、よかったら開けてみて」

「う、うぅん……」


 そのはにかみ顔で促されては開けないわけには……という妙な圧力を感じつつ包みを開く。あら、と思わず声が漏れた。


「ピアスー! わー、わーっ、かわいいなあこれっ」

「反応いいなあ、」


 控え目に笑う声を聞きつつ、出てきたピアスに目が釘付けになる。オレンジの石に一回り小さなパールがくっついている。シンプルだがかわいらしいそれに、喜びでいっぱいになった。


「わ~ありがとぉ。何や悪いなあ…」

「いやいや。安物でスミマセンって感じなんだけど…」

「付けてええ?」


 え? 今? と森矢はきょとんとして。しかしすぐ「じゃあ、是非、」と微笑んだ。今着けている物を外して着け替えるのはあっと言う間だった。


「わーい、おニュー♪」

「うん、似合うよ」


 貰ったのは自分なのに森矢の方がにこにこしている。かわいい、と嬉しそうに笑うのにこちらは嬉し恥ずかしな照れ笑いだ。


「そうか、天然タラしかあんた」

「えっ?! どこら辺がそんな…」

「へにゃへにゃ(わろ)たらあかんっちゅーのよ。こっちが恥ずかしなるなぁそのゆるゆるな顔…」

「え、ハイ……スミマセン…?」


 そこに怒られるのかと彼は困惑しているようだが、天然って恐ろしいとこちらは冷や汗ものだ。

 新しい物は気分が変わる。今は純粋に嬉しい。


「御利益ありそうやなぁ」

「? 何の」

「あんたがくれたんやし、楽器、(うま)なるような気ぃするなーと…」

「またそんな……面白いなぁ、矢橋は」

「えー? そんだけ切実なんやて。あんたには全っ然追いつかんねんもん。うー…ガンバろーっ…!!」

「そんな大層なもんじゃないけどなあ…」


 自分への評価はまだ低いままらしい。こちらはずっと追いかけっぱなしなのに、そんなものは目に入っていないのだろうかと少し悔しくなる。


「ありがとぉな、色々」

「ん。…元気出たなら、よかった」


 矢橋は元気なのがいいよ、と森矢は目を細める。もしかしたら彼は自分が思っていた以上に心配してくれていたのかもしれない。


「来年奮発するしな! 楽しみにしときぃ」


 お返しは忘れずに。にっと笑ってみせると、彼はただいつもみたいにはにかんでいた。



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