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音のする方へ  作者: sen
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つめたいよるは嫌いじゃない(side.A)


 顧みてみれば思っていたよりもあっさりと区切りはついたように思う。話してしまえば気が楽になるというのは女性に限ったことではないらしいなと奇妙な冷静さが胸にあった。そしてやはり自分は、楽器以外に【全部持っていかれる】事はないのだと知らされたような心地だった。



 口にした事で満足したというか、彼女はやはりこうで、自分はそんな彼女が好きだったんだなと納得したというか――報われる報われないの話ではなく、こういう形で一つの区切りがつけられたのだ。「冴えねえの」と笑われた通り、自分にはここで精一杯だったのかもなとやけに淡々としている。

 今まで色んな曲を弾いてきて、最初から最後まで理路整然と成り立っているものもあれば作曲者本人にしか掴みきれないようなものもあった。心の内側など自分の物ですら完全には掴めないのだから他人の物なら尚更だ。想像するしかない。そんな弾き手の試行錯誤と多様な解釈による世界の展開を、その人は画策していたのかもしれないなと思う。



 音楽には「こういうものだ」という構想が皆それぞれにあって。それは耳にしてきた音楽だけでなきく人となりや環境にも影響される。互いの物をぶつけ合ったり練り合わせたり、もしくは誰か一人が練り上げた物を皆で共有して――そういう過程の先に出来上がる空間が好きだ。口は上手くないので、音で体現する方が自分には向いている。

 内側にあるものを譜面に落とす作業を一から全部自分でやるのは初めてだった。時々悩ましいが、主に降ってきたものを弾いてみて書き写す工程。夢中になった。自分の中には伝えたいと思う"何か"でいっぱいで、そういう自分にしてくれたあの二人はとてもいい友人で、好きだなと思っていた。


「……できた、かな」


 実際合わせてみたらまた変わってくるかもしれないけれど、現時点ではこれでひとまとまりになった。(まだ練り足りない感じは勿論あるのだが……)

 改めて見てみれば残された時間は少なくて、けれど自分にできる精一杯を込めたい。どんな反応をするかなと思うと楽しみだった。それぞれ言うことは違うだろうがきっとやってくれるだろう。何とか間に合うと、思いたい。


 ――ピリリリ。ピリリリ。


 着信音がして手元からサイドテーブルに視線を移した。どうやら姉かららしい。

 最近、携帯電話を気にするようになった。かかってくるのは主に身内からの電話で、出ないと向こう側で心配されるからだ。"出ないのが普通"だったから今まで電話なんかしてこなかったくせに。


「うん、大丈夫。何?…ちゃんとやってるよ。心配性だなあ」


 はは、と笑っている弟(または息子)が家族にはどう映っているのだろうか。のんびり屋だからと長い目で眺めてきたのに急に変化があったからか、皆何だか戸惑っている風なのだ。そんなに驚かなくてもいいのにと本人は相変わらずなのに。


「行ってる。そんなに心配しないで。一応僕もう大人なんだから……え? 当たり前じゃないか。やだよそっち帰るなんて。授業まだあるんだし通いのが大変」


 家族は帰ってこないのかと言う。帰ってどうなるわけでもないのに、だ。


「そんなに心配なら姉さんが来なよ。…無理でしょ? もー、僕より旦那さん大事にしたげて。その方が安心――はいはい、夏休みには帰らせてもらいます。……お父さん? 話してあるし、やる事やってるならそれでもいいって言われたよ。だから平気」


 年の離れた姉はもう嫁に行っているのだが、かわいいかわいいとひたすら愛でてきた弟に変化があって何か感じるものがあったようだ。寂しさだとか驚きだとかそういうものが。そんな大袈裟なと笑いながらも、こうして声が聞けて嬉しかった。



 音楽は目に見えない・形のないものだけれど、人の中に残る。耳にすれば引き出される思い出があるわけで、それが"今"を思い出せる切っ掛けになれば嬉しい。

 思っていたよりも、自分は女々しい奴なのだ。「大事な人達に忘れられたくない」だなんていう気持ちをこんな風に訴えかけるだなんて。


「花見? 気が早いなあ。…そうだよ、発表会あるからそっちやらなきゃ。……姉さんまたそんな――うぅん…わかった。録音頼んどくよ。はいはい、じゃあね」


 液晶に表示された通話時間を見て、意外と長かったなと思った。メール数行で済むような用件だ。夜も遅い時間なのに電話してくるなんて、もしかしたら旦那の帰宅がまだで暇を持て余していたのかなと苦笑い。

 窓の向こう側に目をやれば、春はまだ遠いかなと思わせる冷たく暗い空だった。



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