ループ・ループ(side.R)
※矢橋視点に変わります。
計算などできず、ふって沸いた感情任せで口や手が出るのは自分の嫌いな部分だ。その所為で自己嫌悪に陥るのは何も初めての事ではない。鷹野のようにひょいと出てきてさらりと場を穏便な着地点に持っていくなんて業は望めない。森矢のように無関心でへらりと笑ってもいられない。
やってしまったと冷静になればなるほど自分が憎たらしくなる。恋愛では馬鹿な真似ばかりしてしまい勝手に転んで勝手に傷ついて――何でもっと気楽な相手にぴんとこないのかと項垂れるしかない。
「…アホやんなあもう…」
「うぅん…でも、鷹野君が何か軽い感じにしてくれたんでしょ? 大丈夫なんじゃないかな多分」
駆け込み寺は奈美の所で、昼間っからどんよりと重い空気を背負って一体何がしたいのかと自分で自分にツッコミ。彼女は弥坂に何か言っただろうか。そんな事細々(こまごま)と話さないだろう。いやでも……とぐるぐる同じ所を巡ってしまう。
報われない恋など古今東西星の数ほどあるはずで、幸せな結末なんかほんの少しな気すらするのだ。そこまで考えるなら【さっさと新しい恋に】と切り替えられないのが面倒な所で、しかもそんな相手がいるわけでもない。
「あー絶対馬鹿にしとる」
「え、先輩が?」
「ちゃう。恵亮」
憎たらしい悪友の嘲笑う声がした気がした。バッカじゃねえのと。先日止めに入ってきた時はチャラい顔をしていたけれど、腹の底では違ったはずだ。(あの【全部お見通しです】という雰囲気が腹立たしい。)奈美は「そんな事は…」としか言えないようで、まあ否定する以外どうしようもないなというのもわかっている。
会場で弥坂が彼女といたのを見つけた時は「ああ一緒だったんだな」と思った程度で、何となく目で追っていると最初は出演していた友人と三人で喋っていた。
「後は酒飲んで潰れるだけだな」
「だなぁ。これが楽しみみたいな所はあるね。つか次は君んとこだろ。進んでるの? 弥坂は」
「え、いや、私知らなくて…家で練習とかしないもんね。こーき」
「ああ、そうなの。そりゃあいいとこだけ見せたいのが男ってもんだからかな?」
「…そんなもんなの?」
「違う。いちいち持って帰りたくねぇだろあんなでかい荷物。お前な…こいつにあること無いこと吹き込むなよ」
「無理」
「即答かよっ」
「いやあ、弥坂の顔崩れるのこの子絡みだけだから面白くてついね。多少格好悪い所見られようが今更だろうに。頑張るね、10年選手?」
にやりと笑った相手に、弥坂は憮然とし彼女はぽかんとした後に赤くなっていた。10年選手とはあれだろう。二人の事を知る程度には付き合いがあるからそう冷やかしたのだ。
それだけの間待っていたのだ、あの先輩は。年月の長さを思えばどれだけ思いが強いことか! そしてそんな相手が好きな自分のピエロっぷりといったらない。でも彼女が一人になった時、もう言わずにはいられなかった。今まで一対一を避けてきた分が思わず出てしまったとも言うけれど。
――簡単に持ってかれるほど易い付き合いじゃねぇんだよ
肩越しに耳にしたそれは、鷹野に向けた牽制ではなく自分に対する線引きのような気がした。
「……あかん。何や、あかん…」
「彼女さんに啖呵切っちゃったんだよねりょーちゃん。でも先輩には直接言わないまんまでいくの? 最後まで」
「向こうもう知っとるやろ。こんだけ皆言うんやもん」
「んー何だろ。……私はね、憧れてるだけなんじゃないかなって思う時、あるんだよね。りょーちゃん姉御肌でしょう? 自分がかわいがられ慣れてないからころっと勘違いしてるんじゃないかなーと…」
「なみちゃんざっくり来るなあ今日」
「鷹野君とか森矢君といる時のりょーちゃんの方がね、好きっ!」
「そんな思いっきりええ顔されても!」
何だこのノリは。
奈美が言う事も的外れとは言い難い。確かに弥坂の前で【素の自分】はいないと思う。例えばもし、(可能性ゼロなので本気で例えばなのが悲しい)そういう関係になり慣れていったとしたら。弥坂は自分が素でいられる相手なのだろうか。ぽんぽん言い合う場面など想像がつかない。
「わからん! あかん。でも皆そんなもんなんちゃうん?!」
「えー、うーん……正直私、先輩にりょーちゃんあげたくないなぁって思ってる。彼女さんいるの知ってるからかもしれないけど、追いかけられてもすっごい冷めてるし。りょーちゃんにだけじゃなくて皆【後輩だから面倒は見てます】って空気なんだもん」
元々の性格もあるだろうが、言われてみれば確かにそう見えなくもない。
「あの人が追いかけてきた側なんでしょ。そんな彼女手放すわけないし! いくら好きでも追いかけっぱなしになっちゃうのってしんどいじゃない」
「……実際しんどい」
「でしょう。だからあげたくないのっ! りょーちゃん疲れっぱなしになるの明らかだから!! いい先輩後輩ならずーっと付き合いできるし恋に恋してたと思っちゃえばさ」
諦める方向に流れつつ、でも、とか、そんな簡単な気持ちだったのか? とかうじうじしてしまう。
「あんだけはっきり言うてもーたのに?」
「そこは鷹野君グッジョブ、で納得できない?」
「……どうなんそれ…」
「一回気持ちリセットしちゃったら一気に楽になるかもよ。ただの先輩後輩に立ち戻るとゆーか……そしたら案外気付く事もあるんじゃないかな。…先輩ともさ、もっと気楽に喋ったりできる方が楽しいと思うんだけど」
「そらまあ……そうかもしれんけども…なみちゃん冷静やな……」
「え。私自分でも似たような事あったからかな?――よしそうしよう。善は急げだよりょーちゃん!」
いやまだ何も言ってない!
奈美は妙な所でがっつりばっさり一撃を食らわせてくるので時々ツッコみも忘れてしまう。「いや、でも、」ともたついている間に話は完結に向かいつつあった。呆然としながらも、頭の片隅ではもういいのかもしれないと思い始めていた辺りが自分の疲弊っぷりを表しているようで。
「一回リセットねえ…」
「そうそう。ちょっと落ち着いて」
「……せやなあ、うだうだしとる場合ちゃうもんな。演奏会あるしなぁ…」
鷹野に借りが出来たような気がしなくはないが、このままいくと定期演奏会でも気分がどんよりしたままになるかもしれない。それはだめだ。やるからにはやりきりたいし四回生には笑顔で最後の演奏会で幕を引いてほしい。
あまりにも直情的な自分は客観視する事も必要なのかなと、くったりと椅子に身を預けるしか余力はなかった。
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