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新しい日々  作者: あきら
7/8

7

 外はすっかり暗くなり、雪が音もなく降り積もっている。

 柔らかな感じのピアノのBGM。「おぼろ月」の中は別世界のようだ。

 マスターは忙しそうに、コーヒーを煎れたり、料理をしたり。前、浅葱さんがいたころは、もう少し余裕があって、色んな話ができたのに……。

「ねぇ、バイトは入れないの? こっちにいる間手伝ってあげようか?」

 この店の雰囲気を愛していた僕は、少しでもこの店に関係していたかった。

「バイトなんざ、いらねーよ」

 ぶっきらぼうに言うマスター。きっと浅葱さんが帰ってきたときに、自分の場所がなかったら困るだろう、とか考えてるんだろうな。


 ――彼氏いんのか? ――

 ――このあいだ、別れたばっかりよ。悔しいなぁ、いづるにおごるなんてさ――


 そう言ったきり、黙ってハムサンドを食べているさつき。昼からなにも食べてなかったんだそうだ。

「なんか外出るのやだなぁ」

 いつまでもやむ気配のない雪。見てる分には綺麗なのだが、雪の中を歩くのを考えるとやはり気が進まない。

「なにいってやがる。食うモン食ったらさっさと出て行けよ。今日は客の入りがよさそうだからな」

 さも、うざそうに言うが、目が笑っている。なんだかんだいって、久しぶりに訪れた昔の常連が嬉しいのだろう。

「それとも雪かきでもしてくか?」

「げー、それだけは勘弁して。店の中のことだったら手伝うからさー」

「まったく、それでハタチってんだから、近頃の若僧は……」

「マスターそれ年寄りのセリフだよ」

 さつきが、つっこむ。ナイスだ。

 マスターは、むすっ、とした顔でさつきの前の空いた皿をかたづける。

「ごちそーさま。ねぇ、マスター? 浅葱さんきっと迎えに来て欲しいんだよ」

「ガキが生いってんじゃねー。ほら食い終わったんなら、さっさと出ていきな」

 しっしっ、とするように手を振る。

「はいはい、またくるねー。勘定いくら?」


 雪というのは、桜以上に、はかないと思う。手のひらにのった雪が溶けていくのを見て思った。

 美麗からもらったマフラーをかける。この温もりが美麗のイメージと直結する。

「さて、さつきがおごってくれるってゆーし、ぱーっと飲みに行くか」

「安いトコにしてよね。私だってまだ学生なんだから」

「そういえば、就職は決まったのか?」

「ぜーんぜん。みれっちみたいに才能ないもん……」

 足下を見て歩くさつきが、なんだか自分のように見える。持つものと、持たざるもの。この隔たりは努力だけでは、どうしようもないほどの堅い壁で、できている。ベルリンの壁が破壊されるまでには途方もない時間がかかった。それよりも堅い壁なのだ。

「紆余曲折経たけど、やっとぷーになれるみたい」

 そう言って笑うさつき。


 飲み屋は見るからに成人式に参加したという感じの二十歳あたりの連中がたくさんいた。

「何名様ですか?」

 事務的に訪ねてくる店員。何回も何回も同じセリフを繰り返した末にすり減り無機質になっていったという声だった。

 なんとか席につけた。二人という人数だったからよかったものの、当初の予定の5人で来たら相当待たされたな。

「すっごい混んでるね」

「成人式と正月だかんなぁ。今日混んでなかったらいつ混んでんだ?」

 寒い中から、また暖かいところに入ると細胞の一つ一つが深呼吸するように開いていくような感覚がある。

「お飲物のほうから先にうかがってよろしいですか?」

 さっきとは別の店員だった。忙しいためか額に汗がにじみ出ている。

「とりあえず、なまちゅー2つ」

 さつきがさっさと決めてしまった。外が寒かったから熱燗でも飲みたいと思ってたのに……。

「そういえば、お前の両親はどうなったの? 離婚したのか?」

 たばこを吸おうとポケットを探す。

「うーん、別居してお互い距離とったら、なんか上手くいっちゃってね。あの人達にはあれぐらい離れてたほうがちょうどよかったみたい」

「へー」

 たばこに火をつけると、さつきが灰皿をとってくれた。

「それで名字も変わらずに来れたってわけね」

「まぁね。母方の名字なんだと思う? 今田なんだよ。あのまま離婚してたら私”いまだ! さっき”ってヘンテコな名前になってたんだから」

「まぁ、そんときは速攻かっこいい名字の男でもつかまえて結婚しちまいな」

 もー、と言いたげな顔で笑うさつき。

「ねぇねぇ、みれっちとつき合って長いんでしょ? やっぱ結婚とか考えてるの?」

 興味津々な顔で聞いてくる。答えに困っていると、

「はい、ビールです。おまちどうさま」

 さっきの汗だくの店員がビールジョッキを持って表れた。

「やっと来たね。かんぱーい」

「かんぱい」

 かちん、と澄んだ音に喉がゴクリとなる。炭酸の刺激とホップの苦みに、つい、

「ぷふぁー」

 と、声を出してしまう。

「んふふ、すっごく美味しそうに飲むんだね」

「まぁな」

「なんか食べる?」

 メニューをつきだして来る。

「さっき、けっこう食べたからなぁ、軽いもんでいいよ」

「じゃあ、揚げ出し豆腐とぉ、焼き鳥盛り合わせとぉ、やっぱエダマメはかかせないよね」

「おっやじー」

 なんだかんだ言って、やっぱ5年って長かったようで短かったかな。僕も全然変わってないけど、さつきも全然変わってない。見た目はちょっとかわいくなったけど……。そんなことは口が裂けても言ってやらん、と頑固に思ってるんだけど。

「そんなことより、みれっちとは、どうなの?」

「どうって?」

「だからー、結婚とか、先のこととか、うまくいってるとか、いってないとか」

「そんなの美麗から聞けよな」

「だって、みれっち全然話してくれないんだもん」

「うーん、別に何も……適度に喧嘩もしてるし……」

 いつだか、同じ様な質問を細野にしたときに、彼が答えたセリフをそのままパクる。

「……これ言っちゃっていいのかなぁ……」

 ぼそっと意味深なことを呟くさつき。

「なんだよ?」

「えーっとね、最近になってね、たまになんだけど、みれっちってなんか深く考え込んでる時があってね。みんなで馬鹿騒ぎしてるときとか、ちょっと目を離してるといつの間にかって感じで」

「それで?」

 ……まぁ、どうせ美麗のことだ。デザインの事なんか考えてるんだろう。

「うーん、うまく言えないんだけど、デザインとか就職とかじゃないって感じなんだよね。もっと深刻なものの様な気がするの。これは女のカンってやつなのかな?」

「はぁ? もっと具体的な理由はないのかよ? 自分が男に振られたからって、周りの人間も同じ様な悩み持ってるなんて勝手に思いこんでるんじゃないのか?」

「ひっどー。まぁ、いづるがうまくいってるって感じてるんなら、そうなんだろうけどさ。でもね、デザインの事で色々考えてる時のみれっちって楽しそうなんだよね」

 ビールを一気に空けるさつき。

「おおう、けっこう飲める口じゃん」

 話題をスライドさせる。

「まぁね。あ、店員さーん。ビールもう一杯追加、あと揚げ出し豆腐と焼き鳥の盛り合わせ、あとエダマメ」

 店員が注文を反復する。

「そっちはどうなんだよ。北海道の高校ってどうだった?」

「えー、もう大変よ。冬なんかそのまま凍死しちゃうぐらい寒くて、朝学校に行くだけで一日のエネルギー全部使っちゃうって感じ」

「どーせ、真面目に通ってなかったんだろ?」

「それがねー、逆境ほど燃え上がるってゆーか、見事に皆勤賞とっちゃった」

「はい?」

「なんかね、人間って不思議よね」

「そんな毎日通いたくなるほどの色男さんがいたわけ?」

 チャチャを入れてみる。

「そんなのいないってー、なにを考えてあんな高校選んだのか今の私には理解できないけど、女子校だったの。私ってなんかボーイッシュだったでしょ? もうモテモテだったんだから……」

「そりゃユリ色の高校生活だったね」

「おかげで、女の子のお手本ってゆーよーな子が多かったから、散々女らしさの研究ができたけどね」

 皮肉めいた顔のさつき。

「研究ねぇ。その成果が成人式での化けぶりだったのか……」

「そうそう、着物きたら自然と女らしくなるんだよ。汚さないようにしとやかに歩いてみたり、髪アップしたせいか背筋もぴーんってね。あれは疲れたぁ」

「女の子って大変だよな」

「ねぇねぇ、いづるの高校生活はどうだったの?」

「吹奏楽から軽音にうつって、適当に……あんまり思い出ってないな」

「えー、つまんなーい」

「ボッチやカズとも何回か遊んで、お約束の学校イベントをこなして……」

「ふーん、なんか全然楽しそうじゃないね」

「楽しかったことねぇ……あ!」

「なによ?」

 思い出したのは、入学した当時隣の席になった男のことだ。

「面白いヤツがいてね。アブって呼ばれてて、自分でそう呼んでくれって言ったんだよ。それで、授業中堂々とゲームボーイとかやってる奴で、でもテストとかになるとちゃんと点はとってるんだ。いつだか先生が切れてね、そいつと問答始めたんだ」

 話の間にビールを飲む。店員さんがエダマメを持ってきた。

「えと、どこまで話したっけ? んで先生が言ったんだ。授業やる気がないなら出て行けって……そしたらそいつ、先生の方こそ授業聞いてない生徒が一人いるぐらいでやる気なくすんだったらやめちまえってね。感動したね」

「なにそれー?」

 けたけた笑うさつき。

「その時、その先生顔を真っ赤にして出ていっちまったよ。出ていった後、教室中拍手喝采さ。後、また違うときなんだけど、英語の単語の小テストだったかな、辞書使いながら答え書いてんの。もちろん先生が注意したんだ」

「うんうん、それでそれで?」

 さつきはエダマメをつまみながら、真剣に聞いてる。

「そしたらそいつ、こんな専門的な単語、アメリカ人だって辞書使って調べるよ。適当にスペル書くことより、そう言う時は負けを認めて正しいスペルを調べるって事の方が正しいんだ、とかなんとか、しち難しいこと言ってんの」

「えー、そんなの屁理屈じゃなーい。だったらテストなんか意味なくなっちゃうよ」

「そう。だけどね、そんときはもう先生の間でもあいつの事かなり有名になってたから、その先生も何も言わなかったんだ。そしたらそれから小テストやる時間は、解らない単語辞書で調べて書いてもいいってなってね。だけどちゃんとテストの時はうちのクラス平均点高いの、単語だけは」

「なんで? なんで?」

「うーん、もともと小テストとかあるからって真面目に暗記してる奴なんて少なくてね。だいたい、テストで点とれない奴って授業以外の時間勉強しないでしょ? 普通に小テストやって、できなかった単語を後でちゃんと暗記し直す奴なんていないし、その時辞書で調べて、なんとなく覚えちゃうんだろうね」

「あー、なんとなく解る! 単語帳作ってる作業の段階で半分ぐらい覚えちゃうモンね。それとちょっと似てる?」

「まぁ、そんな感じの奴と仲良くなって、先生ともあぁだこうだ話してる内に仲良くなったり……そんな高校生だったよ」

「えーなんか楽しそうじゃない? 話聞いてる分には」

「うーん、まぁつまらなくはなかったかな……」

「なんか想像できないなぁ、先生と言い合ってるいづるなんて……」

 そうこう話してるうちに、がんがん飲みあう。

「中学んときも、こうやって飲みながら色々話したことあったよねー」

「あぁ、家出のときな……」

 その時のことを思い出す。なんだかこうやって、またさつきと飲んでいるのが不思議な気がする。

「あの時のホテルまだあるのかなぁ? 後で見に行ってみない?」

「えー? うーん……」

「あれれ? もしかして変な事期待してない?」

 さつきが意地悪そうな顔で笑う。

「ば、ばかゆーな! そんなに俺だって餓えてねーよ」

 慌てて嘘を言ってしまう。

「へぇー、みれっちと、どの程度やってるの?」

 ニタニタ顔で聞いてくる。

「そ、そんなこと言えるわけねーだろ!」

「あー顔真っ赤だよ? ふふふぅ」

「酒だよ、酒。酔ってんだよ」

「ふーん」

 意味深な、「ふーん」。こいつ、もしや知ってるのか?

「まぁ、そんなことよりさ、さつきはなんでデザインなんて目指したんだ? 前は全然そんなの興味なさそうだったじゃん」

「ほら、さっき女子校って言ったでしょ? そこで女らしさの研究してたらさー、まずはカッコからだなとか思った訳よ。そんで服とか色々勉強してるうちにねー。あ、面白いかも……って……」

「なるほどねー。中身はまだまだって感じだけど?」

 と言ってやる。

「これでもねー、色々変わったんだから。もうむやみに人殴らなくなったし……」

「それって、女らしさとかそういう問題じゃないだろーが」

「そうそう、それでね。前の彼氏にも、お前って友達感覚なら長くつきあえるよな、とか言われちゃうし」

「なんで別れたんだよ」

「だからー、一緒にいても彼女って見れないんだって。だから別につき合う必要ないとかって言われて、私もちょーっと、カチーン、ってきちゃって久しぶりに、拳が出たね」

「おいおい、それじゃ全然変わってねーだろーが」

「まぁそれでも、今でも仲良くしてるよ、元彼と」


 色々話してるうちに、時間が経ち、

「そろそろ別のとこ行く?」

 という話になった。

「そんじゃ、あのホテル探しにいこー」

 まだまだ元気なさつき。


 繁華街はさすがに、知らない店がたくさんあった。昔よく行ってた定食屋がつぶれていたのはショックだった。

 賑やかな通りから一本細い道にはいると、別世界が広がっている。

「このあたりだったよなー」

 ぶらぶら歩き回る。

「あ、あそこらへんじゃなかった?」

 指さした方向にあったのは、ド派手なラブホ。今時のご時世じゃ、あんな地味なホテルじゃやっていけなかったんだろうな……。

「えらく変わったなぁ」

 しばらく二人で建物を見上げていた。近くを他のカップルが通る。お互い恥ずかしくなって、その場を退散した。

「ねぇねぇ。入ってみない?」

 さっきの場所からちょっと離れた路地でさつきが言う。

「あん?」

「だってどう変わったか気にならない? それにけっこう色々あって楽しそうだし」

 最近のこういう所は中でカラオケだの、日焼けだの、ゲームだの、なんでもありって言う話だ。暇つぶすのにはもってこいの場所だよな……。

「いづるが何もしないなら、私も何もしないからさ」

 ウィンクで言う。

 前科があるやつを平気で誘うか? 普通……。何も返事をしないでいると、

「よし、じゃあ決まり」

 とかなんとか言って、さつきは今来た道を戻り始める。

「お、おい」

 しかたがないので、あの時と同じように後ろをついていく。ほんと、何も成長してないな。


「うーん、いまいちかなぁ」

 さつきは部屋に入った時にそう呟いた。やっぱ来慣れてるのかな?

「あれれ? いづるってこーゆーとこは、使ったことないの?」

 などと聞かれても答えることができない。

「んじゃあ、ルームサービスでも頼みますか、何飲む?」

「えっと……」

「ワインでいい? 最近ちょっとハマッてるの」

「あぁ……」

 やばい、こんな意識してたら、気まずくなるな。そんな僕の考えをよそに、部屋を物色しているさつき。

 しばらくカラオケやら、ゲームやら、そこにあるものはかたっぱしからやってみた。

 それから、また色んな事を話した。

「そういや、オレの第二ボタンは? 5年後に返してくれるって言ってなかったか?」

「ああ、みれっちに渡しておいたよ。昔のいづるの話を根ほり葉ほり聞かれちゃった」

「変なこと話してないだろーな?」

「私は真実を話したまでよ」

「なんだよー、じゃあ、あのキスのことまで話したのか?」

「話せるわけないじゃなーい。いづるに襲われたなんて」

 そう言って笑う。

「お、お前ねぇ。襲ったわけじゃないだろー?」

「襲ったも同然よ」

 こうもきっぱり言われると、反論のしようもない。

「ねぇ、おでん味のほうは覚えてる?」

「忘れるわけねーだろーが。なぁ、どうしてキスされて相手をひっぱたいておいて、自分からキスしよーとか思ったわけ?」

「うーん。たぶん、最初の時は悔しかったのかなぁ? ちょっと違うな……。なんて言うんだろ? 卑怯だ! って思ったのもあるし、今考えてもあのときの気持ちなんて解らないよ」

「なんだそりゃ?」

「でもね、あの後美樹のとこ行って、グチったのよ」

「美樹に言っちゃってたんだ」

「うん、それでグチってるうちに訳わかんなくなっちゃってね。何に対して怒ってるのか……。それでね、美樹に言われたの」遠くを見てその当時のことを思いだそうとしている。「いづるのこと嫌いなの? って……それで私ね、好きだからよって言い返してたの。それまで自覚してなかったんだけど、その時初めて、あぁ好きだったのかぁって……」

 めちゃくちゃ爆弾発言を落としてくる。

「じゃあオレはあの時、ひっぱたかれ損だったわけ?」

「そうかもね。でも、まぁ昔の話よね。今更何言ってもさ、あの時には戻れないし」

 ふっと、寂しそうな顔をする。

「オレもあの時、さつきのこと……」言いかけて、やめた。結局、今更なのだ。「やーめた」

「なによ。そこまで言いかけたら何言おうかなんて解っちゃうじゃない。相変わらず中途半端なんだから……」

 そう言うさつきの顔は寂しさと照れがまじった、何とも言えない顔をしていた。

 大切なことは、後になってその大切さが解るだけで、その瞬間には解らない。あの頃は……今でもだけど……ガキだったから気持ちを伝えるとかそんなことより、そばにいるって事のほうが大切で、それを壊したくないばっかりに、がんじがらめになっていたのだろうか?

「ねぇ? 今日だけあのころに戻ろうか? しようよ」

 さつきがぽつりとこぼした言葉は、僕にはとても魅力的で魅惑的だった。でもそれはきっと、お互いにとって何のタメにもならない。過去の綺麗な思い出にすがっていたら、現在を否定することになってしまう。美麗を裏切ることになる。

 そう思ったとき、ここしばらく、現状にいらだち、過去に逃避していた自分に気がつく。

 何も答えないでいると……、

「なぁんてね。冗談だよ」

 泣きそうな顔で笑うさつきがいた。

「もしさ……美麗と会ってなかったら、今でもさつきのこと好きだったと思うよ」

 なぜか、慰めにもならない言葉が出てきた。




 あっとゆうまに冬休みも終わり、また日常が始まる。

 美麗はさらに忙しそうになり。僕もまた、バンドに没頭していった。それでも久しぶりにゆっくり話せる時間があると、とても楽しかった。

「ね、今度ねぇ、事務所直営のブティックに置く服のデザインまかされたんだぁ」

 仕事の話をする美麗はとても嬉しそうだ。

「へー、すごいね。どんなやつ?」

「秋服だよぉ」

「へ? そんな先の話を……」

「この業界はね、先の先を先取りしないとぉ」

「なるほどね」

「だから秋服でも遅いぐらいよぉ。もうすぐ一周回ってちょうど来年のデザインやるようになるかもね」

「それって、無意味〜」

 二人で笑うと、それだけで暖かくなる。

「それでね、それでね」

 美麗の話は尽きることはない。熱心さに磨きがかかっていく。今が一番楽しい時期なのかな。

 それでも、最近の美麗は変だ。明るいときは妙に明るくて、そして暗くなる時ができた。

 なにかを考え込んでいる。さつきもそんな様な事言ってた。気になり出したら、それが頭から離れなくなる。

「何考えてるの?」

 じーっと考え込んでいる時に、話しかけてみたら、びくっ、と反応して、

「え? ううん、なんでもない」

 と、なんでもないなんて誰が見ても嘘だと解る顔で答える。

「そう?」

 彼女が話したくないなら、僕は深くは追求しないことにした。それが一番いい方法だと今までの人生で学んで来たのだ。



 その日の朝は、珍しく東京に雪が積もっていた。

 朝早く美麗は出かけ、僕は部屋でウトウトしていた。

 昨日まで、テストの毎日で今日はやっとゆっくり眠れる。朝方見送りのために起きたが、その後2度寝をした。これがまた気持ちがいい。窓の外は一面の銀世界で、朝日がそれを容赦なく照らす。

 夢を見た。美麗と二人でカマクラを作って、狭いその中でおしるこを食べて、カマクラの外は寒くて、くだらない話をしながら、寒い世界を歩く人々をかわいそうだと思って見ている。美麗は、外の人たちにおしるこを配ろうとするけど、誰も気づかない。僕はそれを見ていて、安心していた。変な夢だった。


 …………ぽーん、ぴんぽーん。


 遠くで音が聞こえる。カマクラに誰かが遊びにきたようだ。


 ぴんぽーん、ぴんぽーん。


 それが現実の音だと気がつく。

 んー? 今何時だ?

 目覚まし時計を見ると、すでに昼過ぎ。けっこう寝ちゃったな。

「はぁーい」

 寝ぼけたままで、ドアを開けると、見たことないオヤジが立っている。まだ半分以上寝ている頭で押し売りかぁ? と思う。

 オヤジは、僕をしばらく見ていて、

「君がいづるくんか」と言った。そして続けて「美麗はいるか?」と聞いてきた。

「今出かけてますけど……」

 あくびをかみ殺しながら答える。

「そうか。じゃあこの名刺を渡して、私が来たことを伝えておいてくれたまえ」

「あ、はい。あの……あなたは?」

「今は美麗の上司かな」

 そう答えて去っていった。


 夕方、美麗が帰って来て、その名刺を渡し、

「上司さんがわざわざ来てくれたけど?」

 と伝えた。美麗は急に青ざめた顔になり、

「ねぇ! この人なんか言ってった? いづる、なんか言われた?」

 とすごい剣幕で聞いてくる。

「ん? 別に……」

 尋常ではないその様子に僕は嫌な予感がしてきた。


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