南陽改革 大作戦!! ――改革狂想曲 夜の部 優しい小覇王の創り方――
どうも『駄文や拙文を書く程度の能力』 堕落論です(笑)
南陽改革大作戦!! 日々の情景最終章のVS雪蓮さんを書かせて頂きました。稚拙な文章ですが楽しんで頂ければ幸いでございます。
――― 夜半過ぎ 南陽城内に与えられた司馬仲達寝所 ―――
あ~あ疲れました……何か今日は一日色々な事が有り過ぎて、一気に年を取った様な気さえしますよ。(誰ですか。元々年寄りじゃねえかなんて言ってるのは……)午後から夕食時に解放されるまで、正座を強要されていた両足は未だに少し痺れて感覚が鈍いし、昼前に春日さんの鉄扇を喰らったお腹は痛いし、ううっ……昼食時の事を思い出したら胃と十二指腸の辺りが猛烈に痛くなってきましたよ。私大丈夫なんでしょうかね? 何かこのままでは黄巾の乱に進むまでに逝ってしまいそうな気が物凄くするのですが……
ああ、黄巾の乱と言えば、それを未然に防ごうとして張三姉妹の身柄を確保する為に色々な手を打ったのですが、それは全て徒労と終わりそうですね。恐らく、このかなりフリーダムな世界の中で黄巾の乱は回避出来ないイベントの様なものだと思われますねえ。だとすれば今後起こり得る様々な戦いや出来事の中で、どのイベントがスルー出来て、逆にどれがスルー出来ないかを見極めて行く事がかなり重要になってくる様な気がしますね。
まあ兎にも角にも、北郷一刀君は無事に孟徳さんの所へ落ち着いた様ですし、個人的に私が一押しの董卓さんも表舞台に登場されました。そう言えば、彼女が中郎将に任命された事が気になって調べてみたのですが、中郎将の中に皇甫嵩さんと朱儁さんの名はあったのですが盧植さんの名が消えていました。確か史実では董卓さんは盧植さんと共に黄巾の乱に当たった筈なのですが、当の盧植さんは既に袁尚さんの下に軍師として仕官されておられます。
この一連の動きは何を意味するのでしょうか……? 恐らく、これは私見ですが私と言う異分子が、この世界に介入している弊害として盧植さんが黄巾の乱と言うイベントから強制排除の状態になっているのではないのでしょうか……まあ、だからと言ってその後何がどうなるかなどと私に分かる訳でも無いのですがね。
それよりも天水からから出て来たばかりの董卓さんの北中郎将への任官が、これほどまでに素早く行われる所をみると、此処南陽ではあまり目立ちませんでしたが『黄巾』の火種がそこそこで燻り出したのかもしれません……確か陳留で孟徳さんに北郷君が身柄を拘束された時点では、孟徳さんは『大平要術の書』の捜索に出向いていた筈でしたね。
ん~……基本的に真恋姫の原作に沿いつつも、私が介入している事によって間違い無く原作を逸脱しつつありますねえ……基本的にその辺りは充分に踏まえた上で今迄行動をして来てはいるのですが、如何せん、まずは周りの環境を整えてからでないとやっつけ仕事はいつか自分の首を絞めますからねえ……
取り敢えず、洛陽には取り急ぎ私を董卓さんの部隊に推薦して頂く事をお願いしておかなければなりませんねえ。まあ董卓さんの部隊付きの下級官吏ぐらいで良いですから気楽な役職でも与えてもらえる様に、あの年増……いえいえ司徒袁次陽様にお手紙を出しておきましょうねえ。
…………と、言う訳で迫り来る睡魔と闘いながら、洛陽の袁隗様と陳留の細作頭の方に向けてお手紙を書いている最中なのですが……んっ? なんかこの様な出だしを以前にもやったようなやらなかったような……? まあ良いですかね。しかし今日は色々と……本当に色々とありました。何気に今日一日だけが狂乱の宴の様に書かれてましたが、実際は他の日も本日と似たり寄ったりの狂乱模様なんですよ。
「はぁ~、しかし異様に長いモノローグを一体私は誰に向かって話しているのでしょうか? ひょっとして私は憑かれて……いえいえ、疲れているのですかねえ…………」
などと独りごちている時、突然窓の外で何かが当たる音がしました。この部屋の窓は、かなり頑丈な木製の窓であって内側から閂が掛かる様な仕組みになっています。ほらほら某少年サ○デーの少年探偵モノのTVのアイキャッチの所で、ギィ~ッバタンって閉まる扉が有るじゃないですか、そんな感じの窓ですよ。
カツンッ!!
「はいっ……? 一体なんですか今の音は……?」
カツンッ!!
んっ……? 今度は明らかに木窓に石をぶつけている様な音がしますね。しかしこの部屋って確か三階の角部屋ですよね……普通に考えれば外から私の事を呼んでいるのでしょうが、さて? 私の知り合いにこの様なまどろっこしい事をする方がいらっしゃるでしょうか? いや、いませんね。大体、私の周りの方々は用事が有れば、例え真夜中であろうが早朝であろうが、人の部屋の入口ぶち破って来る方々ばかりですものねえ……
ガツンッ!!
「心なしか先程より音が大きくなった様な気がしますね。まったく誰ですか、こんな夜更けに……」
私は、絶え間なく襲って来る睡魔と今日の疲労とで非常に不機嫌に部屋の窓を開け、階下の闇を見据えるようにします。その時……闇の中より、下を覗き込んだ私に向って何かが真っ直ぐに飛んできました。
ザシュッ!! ヒュルヒュルヒュルッ!! ガシュッ!!
「どぅわっ!! なっ、何ですか一体っ、うわっ!!」
飛んできた物体をすんでの所で避ける事は出来たものの、勢い余って物の見事に尻餅をついてしまうあたりに自分の運動神経の無さを痛感する今日この頃ですねえ。で、何が飛んできたのかを確認する為に、開け放たれた窓を見れば窓の桟の所に鉄鉤が喰い込んでいて、その鉄鉤からは幾重にも編み込まれた縄が伸びています。
「これは……鉤縄? 何でこの様なものが外から飛んでくるのでしょうか? とにかく何が起こっているかの確認を……」
あまりにも突然の事で考えが上手く纏まらない私は、安全を確認せずに下を覗き込むと言う、この状況では一番してはならない行為を愚かにもしてしまいました。すると……
「よっ、とっとっと、よいしょっと!! きゃあっ!!」
「ぎゃふっ!!」
窓の下を覗き込む私に、勢いを付けて下から鉤縄を使い部屋に飛び込んで来る者が体当たりをかます様な状態に……当然なりますよねえ。ちなみに前のシーンで「ぎゃふっ!!」と、言ってるのが私ですよ。改めて聞くと何か情けない声ですよねえ。
「いったぁぁぁぁい……仲達。何で不用心に窓から顔なんて出すのよぉ~。危ないじゃあないのよぉ」
部屋に飛び込んで来られた方は、御丁寧にも人の鳩尾に頭突きかましてくれやがった後に、そこにお前が居るのが悪いとでも言う様に文句を垂れられます。
「いやいやいや、人の部屋の窓に鉤縄引っかけて侵入者宜しく突っ込んで来られる貴女が、それを言える立場ですか。孫伯符様」
「だってぇ、この部屋って城内側から来ようとすると、どうしても曹子孝の部屋の前を通らなければならないんだもん」
「ならないんだもん……じゃあありませんっ!! 堂々と通ってくればいいじゃあないですか。子孝さんの部屋の前を」
「あらっ、良いのかしら……私が仲達の部屋に行くなんて事が曹子孝に知れれば、部屋の前で大立ち回りが始まるわよ」
ああ、確かに華炎さんの孫策さんへの日頃の接し方を考察すれば、強ち孫策さんの言う事も間違いではありませんね……と、私は妙に納得してしまいます。
「ま、まあ、伯符様も次回から気を付けて頂ければ……」
「ふっふぅ~ん。宜しい。ところで仲達?」
「はいぃ? 何でございましょうか孫伯符様」
「客である私に御茶……いや、お酒なんてものは出ないのかしら?」
「はいいっ? 貴女は何いけしゃあしゃあとヌカしてやがりますか。そもそも窓からの侵入者の如く訪問される方を一般的には客と呼びませんがね」
口ではブツブツと文句を言いながらも、部屋内の応対用の卓上に酒の用意をしているあたりが我乍らどうかとは思いますが……
「で、南陽臨時都尉の孫伯符様はどの様な御用件で、不肖私、司馬仲達の部屋に、この様な夜半過ぎに御越し頂いたのかお聞かせ願いたいのですがねえ」
「ぶー、ぶー、なんか仲達の口調に優しさが感じられなぁ~い……今日は一日中、春華が内偵してくれていた汚職官吏達の身柄を拘束してきたり、街に巣食う侠の集団を一網打尽にしてきたりと忙しかったのにぃ~」
「忙しかったのにぃ~じゃないでしょ、忙しかったのにぃ~じゃ……元々臨時都尉とは、改革を推し進めて行くうえでの反対派や、利益の既得権を手離さない汚職官吏、そして市井の方々を苦しめる侠の連中などの非常に手が掛かる猛者を相手にしなければならない役職なので、此処南陽で最も荒事が得意な貴女を都尉に推したのですから、激務なのは当たり前でしょう」
「何よぉ、その言い方。それじゃあまるで私が好きで暴れているみたいにしか聞こえないじゃあないのよ」
「おや……違いましたか?」
「あ、傷付いた。今のはふかーく傷付いた」
孫策さんは、私の言葉に多少ふくれた様な顔つきをして一気に卓上の酒を飲み干します。
「乙女を傷つけた罪は重いのよ? さぁあて、どうやって償って貰おうかしら……くすくすっ」
「はああ? 乙女ぇ? 傷付いたぁ? 一体どの口が仰ってるのでしょうか? 馬鹿な事を仰ってないで、そろそろ本題に入りませんか? こんな夜半過ぎに孫家の頭領が態々世間話をしに来た訳じゃあ無いでしょう」
「あら? 仲達って意外とせっかちなのねえ。私はもう少し世間話をしていても良いんだけどなあ」
そういって笑顔を見せる孫策さんですが……孫策さん、いつもの事ですが目が笑ってませんよ。
「いえいえ、貴女との世間話は、この南陽の改革、そしてその後に必ず到来する時代の転換期を、お互い無事に乗り越える事が出来たらゆっくり致す事にしましょう。今はお互いの腹の内にある事を話し合う事に致しましょうか」
私はそう言って、新しい酒の甕と私の酒盃を持って孫策さんの向かいに座りました。
「さて、仲達。ハッキリ言って貴方は何処まで知っているのかしら?」
「これはまた、いきなりな御言葉ですねえ。腹の探り合いも全く無しですか……」
「貴方を相手に、今更腹の探り合いをするなんて無駄な時間を取ってもしょうがないでしょう」
「まあそれはそうですが……」
「でしょう……だから余計な事は一切せずに、私は貴方に聞きたい事を聞くだけよ」
そう言って孫策さんは挑戦的な眼を此方に向けて来ます。その視線は、私に無用な駆け引きを止めさせるには充分でした。
「そうですか……ならば、伯符様のご要望通り全てに御答えしましょう。まずは何処まで知っているのかと言う事ですが、情報の初歩として貴女方孫家の組織構成があります。例えば建業に軟禁状態の孫家を一例にあげれば、貴女の妹君であり次代の孫家の頭領の器である孫仲謀様に側近の甘興覇さんに周幼平さん。そして貴女達の最後の希望である孫尚香様に教育係の張子布殿」
「随分と詳しいのねえ、仲達。貴方は人様の家の覗きが趣味なのかしら?」
孫策さんの口調は私を揶揄する様な口調ではありますが、私を睨み付ける眼光は益々鋭さを増して来ます。
「趣味……と、言うよりは『相手を知り己を知れば百戦危うからず』と言う事ですかね」
「ふうん、其処は相手……と、言うよりは敵って言う所じゃあないのかしら? それとも今の私達は貴方にとって敵にもならない……と、言う事かしらね」
「そう言う意味では全くありません。仮に貴女方を敵とみなすのであれば、始めから貴女方孫家との同盟を公路お嬢様達に秘密裏の内に結んだりはしません。我々は貴女方孫家を良く知った上で貴女方を信用に足る方々だと判断して同盟を結んでいるのですよ」
「ものは言い様ね。良く知った上で……と、言えば聞こえは良いけれど結局は細作を出して人様の家を覗いていると言う事でしょう」
「まあ、そう言う事ですね。ですが、覗くと言う行為に関しては謝罪も申し開きもいたしませんよ。何故なら貴女方も、恐らくは貴女では無くて公瑾さんの指図でしょうが、今現在も我々に対して幾人かの細作を飛ばされてますよね。最も我々からまだまだ情報等は引き出せていない様ですが……」
「ふうん、そうなんだ……」
孫策さんの声のトーンがやや落ちて、纏う雰囲気が剣呑なものに変化してきていますね……まあ丸腰の様ですから、いきなり切り殺されるとかは無いようですが、お互いの体力差を考察すれば気を抜けば私なぞ一瞬の内に縊り殺されるでしょうねえ……
「では次に、我々が把握している南陽以外での貴女方の行動についてですが……今現在に於いて寿春、建業、会稽や長沙等の孫家と関係が深い土地で貴女方が秘密裏に行おうとしている事全般と、そしてそれらの行動を起こす事によって導かれる結果は全て此方側が感知していると御思い下さって間違いありません」
「さて一体何の事かしら?」
孫策さんは素知らぬ顔をして私の言葉を敢て聞き流していますので、私も彼女の応答を全く無視した上で話を続けて行きます。
「まあこれはあくまで推論ですので詳細には多少の誤差が出るでしょうが、恐らく貴女方は機を見て今現在根回しを行っている者達を伴い農民達の一揆等に偽装し、彼の地に於いて武装蜂起を起こそうとされているのではないでしょうか」
「…………」
「恐らく、公路様と張勲さんでは巧妙な貴女方の策を見破る事は出来ずに、武装蜂起鎮圧の為に貴方に討伐隊の指揮を命ずるでしょうねえ」
「…………」
私の挑発的な推論を聞いている孫策さんからは抑え切れなくなっているのでしょうが殺気がダダ漏れとなっています。私はその殺気に当てられて一瞬でも気を抜けば失禁しそうなほどに恐怖を感じますが、ある理由で、寸での所で辛うじて平静でいる事が出来ています。
「しかし、その討伐隊は武装蜂起した者達を討伐するのではなく合流し、とてつもない数となって自分達を殺しに来る事になるのにも気付かずにね」
「仲達っ!!」
孫策さんは、私の事を睥睨しつつ鋭い声音で威嚇をしてきます。
「貴方は一体何が目的なの? 私達の行動を其処まで知っていて私達が何を目論んでいるのか全て理解した上で、完全に私達の味方と言う訳でも無いのに何故、私達が行動し易くなるように便宜を図るの?」
「目的……ですか、目的と言うより何をどうしたいのかと問われれば、私が貴女方孫家……と、言うよりは孫伯符様御自身に願う事は、貴女達孫家が独立を果たした後に必ずやってくる乱世で、私は貴女には旧態然とした愚鈍な支配者になっていただきたくないのですよ」
「愚鈍な支配者……?」
「そうです。愚鈍な支配者と言うのは、民を、ただ統治し易いと言う理由だけで自分達に盲目的な追従を強要したり、己の支配の盤石を図る為に民を無知蒙昧の徒のまま放置する者達の事です」
「愚鈍な支配者……結構じゃないの。支配者って言うのは善意で民を支配しているのではないわ。自分の欲望があるからこそ支配する民から税を集め、兵站を整え戦をして領土を拡げて行く、それこそが支配者の特権であるのよ。貴方が言う様な自意識を強く持ち私達の支配に異を唱える民を態々増やして、その特権を危機に晒して一体何の意味があるのかしら?」
「意味……意味ですって? 私に言わせれば、民が努力をして知恵を付けた事によって自分の政が上手くいかなくなる事を、自分自身の特権の危機だと考える様な無能な支配者など、全て滅んでしまっても構わないとさえ考えていますよ。仮に己の政が危機に晒されようとしたとしても、それら民の成長を認めたうえで共に歩んで行く様な君主だけが残って行けば良いのです」
支配者の特権……孫策さんが何気なく発した言葉は私の冷静さを無くすには充分な言葉でした。実際この時代の支配層の考え方としては孫策さんの考え方が一般的であって、寧ろ私の考え方が異端であるのを承知してはいるんですが……
「今現在、この国の帝を中心とした支配者階級の大半の者達が、自国の民達に己が護ってやっていると言う虚構を植え付けさせる事で、支配者を支配者たらしめさせる事を当たり前の様に考えて統治が行われている事は御理解頂けていますか?」
「ええ、充分理解しているけれど、それの何が間違っているのかしら?」
「今の時代に於いてはあながち間違ってはいないと思いますよ。ただ、その様な愚鈍な支配者達が覇権を巡って馬鹿な戦いを続ける限り、理不尽な目に遭うのは必ず力無き一般の民。先程私が言った護ってもらっていると言う虚構を無理矢理信じ込まされている可哀相な民達なのですよ。それでも貴女は民達を、一方的に養護してやっていると言う貴女達の言い分だけで貴女の欲望の為だけに利用しますか?」
「利用するだなんて……」
私を睥睨していた孫策さんの表情が多少曇った様に見受けられます。
「良いですか、この国が……今後も『漢』と言う国が続いて行くのか、それとも誰かが新しい国を建てる為の戦を始めるのかは定かではありません。しかしどちらにせよ国を治める方法を従来通りの形に固執するのなら、傲慢な支配者達の愚かな考えで此処に住まう多くの民達には、未来や希望、そして笑顔さえも消えてしまうかもしれない事を、貴女には決して御忘れにならないで頂きたいのです」
私は目の前にある酒盃で喉を潤した後に一呼吸置いて。
「孫伯符様、私は貴女が御持ちの考えを否定は致しません。が、孫家が独立を果たした後に進もうとする道は、貴女方一握りの孫家の者達だけで進むのには非常に困難が伴うでしょう。その様な時こそ願わくば貴女自身の古い考えを捨てて貴女が愛してやまない孫家庇護の民達と共に切磋琢磨し、時には同じ目線で共に物事にあたる様な官民一体の政が成される事を期待しますよ」
「何を勝手に話を纏めようとしているのかしら……私は貴方の話を受け入れた訳じゃないし、ましてや貴方の事を全面的に信用した訳でもないのよ」
孫策さんは卓上の酒盃を持って一気に飲み干します。
「ええ、充分承知をしていますよ。貴女の意志は固く、貴女が背負っているものは重い。私の様な者の繰り事を一度聞いたぐらいで貴方の考えや決意を翻意させる事が出来るとは考えてもいませんし、今まで培ってきた考えを簡単に翻意をする様な方に我々は肩入れは致しませんよ」
孫策さんは先程まで私と正対していた時の様な圧倒的な威圧感は今は無く、以前に孫家の屋敷で御会いした時の様な柔らかい雰囲気に戻られています。そして新たに私が注いだ酒を眺めながら
「仲達……私は貴方が仕える袁家に反乱を起こそうと思って行動をしている側の人間よ……そんな者達の考えを全て見通しているのに貴方は何で……?」
「ん~、どうして……と、言われればどうしてでしょう?」
「ぷっ……何よそれ?」
「まあ、ぶっちゃけ公路お嬢様と張勲さんは民の事を考えずに好き放題を遣り過ぎていましたから、手遅れにならない内に世間様の怖さを教えておかなければならなかったですからね。今度の南陽の改革はそういう意味では好機到来だったんですよ。私が書く筋書きでは改革の仕上げとして、公路お嬢様と張勲さんの二人には南陽から退場して頂く事になるでしょうからねえ」
「退場って……その後は?」
「嫌ですねえ、何言ってるんですか。後は貴方達孫家の方々に頑張ってもらうんじゃありませんか。貴女以外の孫家の重鎮の方々には今迄それとなくお伝えして来ている筈ですが?」
「え―――っ、何よ――っ、それ!!」
「いやいやいや、何よそれじゃあありませんよ。大体貴女達の計画では、公路お嬢様を追い落とした後は事実上貴女方が南陽の支配者になるんじゃないですかっ!!」
「そんなのまだまだ先の話だって思うじゃないの……貴方がさっき言ってたみたいに私達は今根回しに奔走中なのよっ! 普通に考えれば準備万端整ってから行動に移すものじゃないっ!!」
「では、改革が終了する後一月ほどの間に準備万端整えて下さいよお。そのぐらいは頑張ってやって下さいっ!!」
「それ無理っ!! 第一、此処以外の地域で今迄に苦労して銭も使って纏めた話はどうすれば良いのよ? それに伴って孫家が無理をして融通した多額の銭は意味無くなっちゃったじゃない……それって貴方の所が保障してくれるの?」
「だぁ―――っ! なんでそんな話になるんですかっ!! それに銭を幾ら失ったのかは分かりませんが、孫家の兵と袁家の兵、それに戦に巻き込まれる民達全てが無駄な血を流さなくて済んで何よりじゃあないですか」
先程までの殺気走った遣り取りとは全く違い、喧々囂々とまるで掛け合い漫才の様に孫策さんと私の言い合いが続いた後に孫策さんは急に笑い出して
「ぷっ……くくくっ、あっははははっ……仲達。貴方って本当に不思議な男ね」
「はあ……? 不思議ですか」
「充分不思議よぉ……あ~っと、不思議……と、言うよりは変よね。うふふっ……」
「変って……それはちょっと酷いんじゃないですか孫伯符様」
「雪蓮よ……」
いきなり孫策さんが言った言葉の意味を図りかねて、私は間の抜けた声を出してしまいます。
「はあっ……?」
「今後、私の事は雪蓮って呼びなさい」
「いやいや、それって真名じゃないですか……良いんですか?」
「良いも何も本人がそう呼べと言ってるんだから良いに決まってるじゃあないの」
鳩が豆鉄砲喰らった様な顔をしている私を尻目に、孫策さんは実にあっけらかんとした表情で私に御自分の真名を預けてくれます。
「では私の事も今後は愛将と御呼び下さい。孫……いえ、雪蓮さん」
まあお返しと言っては変ですが、私も孫策さんに真名を預けます。
「愛将ね……愛将と……では愛将。そろそろ私は屋敷に帰るわ」
「はあ……まあ大した御構いも出来ませんで……」
「そんな事どうでも良いのよ。まあこれから度々寄せてもらう事になるだろうし……次回からはもっと良いお酒を用意してくれたらいいしね」
はあ? 何気に今何て言いやがりましたかこの方は……?
「いやいや、今後の事も考えれば部屋に足を運んで頂くのは、まあ良いとして……まさか訪問される度に貴女はタダ酒をかっ喰らって帰りやがろうとしますか!!」
「あははははっ! それも良いかもねえ」
そう言うと孫策さんは身を翻して窓枠の鉤縄を手に取り、来た時と同じ様に窓から帰ろうとします。
「良いかもねぇ~じゃありませんよっ! それとちゃんと出入り口からお帰り下さいっ!」
「うふふっ、いやぁ~よぉ。だって今扉から出て行くと外には、ちょっと前から怖ぁ~い性悪女が立ってるじゃない。そんな危険な所からは帰れないわ。って事で、それじゃあね愛将」
孫策さんは、そう言うと素早く窓の外へと消え去り身軽な動作で鉤縄を伝って降りて行きます。部屋に残された私はやれやれと一息ついて、先程から扉の外にいらっしゃる方に声を掛けます。
「お気遣いありがとうございます華炎さん、助かりましたよ。でもやっぱり雪蓮さんも気付いていたみたいですね。そりゃあそうでしょうねえ、殺気とか人が発する氣とか、そう言う事に鈍い私が気付いたくらいですからねえ……」
華炎さんは、私と孫策さんの話の途中ぐらいから、私達の話を邪魔しない様に部屋の外で待機してくれていました。先程孫策さんの殺気がダダ漏れになった時に、辛うじて平静を保てていた理由は、ひとえに部屋の外側から華炎さんが孫策さんに対して圧力を掛けていてくれたからであります。
「毎度毎度の事とは言え、全く君と来たら……」
扉を開く音だけではなく、足音さえさせずに華炎さんは部屋の中に入って来て、私の背後に立ちます。
「まあ、なにはともあれ当初の目的の半分以上ぐらいは目処が立ったみたいですねえ。こうして雪蓮さんとも有意義な話し合いが出来たし、多少は此方の考え方も理解して頂いたようでしたよね。まあ真名の交換迄は予想外でしたがね……これで今後、より一層孫家の方々と雪蓮さんを筆頭に懇意になる事が出来ますねえ。良かった良かった」
孫策さんとの会談の緊張が去った事と、自分が心を許せる仲間である華炎さんが側にいる事、それに酒が心地よく体内を巡っている事でついつい饒舌になってしまっていた時、不意に悪寒が走り抜けたので恐る恐る振り向いてみれば
「不意の訪問である為にアレを部屋に招き入れたまでは、まあ仕方ないし、君の危急の折りに君を庇い護るのは僕の仕事だ……でもね、一つ間違えば君だってタダじゃあ済まない相手と真名を交換し、剩、僕の前でこれ見よがしに何度もアレの真名を呼ぶのは如何なものかと思うんだけれどね……」
其処にはもう何度も目にして見慣れた感のある華炎さんの見る者誰もが引き込まれる様な素晴らしい笑顔、でも眼が少しも笑っていないバージョンで愛用の戟を携えて、私の目の前に立っていらっしゃいました。
「か、華炎さん……ど、どうみても先程の雪蓮さんよりも貴女の方が非常に危険な感じがするのは何故でしょうか?」
「ほぉ~う、またアレの事を真名で呼んだね……」
いやいやいや、マジで怖いっすよ華炎さん。貴女何処からどう見たって俗に言われるヤンデレ状態ですよ。まあ病みばかりでデレている所なんぞちっともありませんけれど……そう思いつつ、私はジリジリと入口方向に向かって移動して行きます。あれれ? 今回も私結構頑張ってましたよねえ? 前回、前々回に引き続いてそこそこにシリアスしてましたよね。なんでその結果が戟を突き付けられているのでしょうか?
「いやだから、怖い怖いっ! 戟を私の方に向けないでっ! 月の光を受けて物凄く不気味に光ってるのも怖いし……」
「君はいつもそうだ……僕達が君の事をどれだけ心配してるかを、ちっとも分かっていない……フフフ。それに何処に行こうとしているんだい?」
「華炎さん……? 何故か貴女の目が先程より虚ろになっている様な気がするのですが……それに何ですか、その渇いた笑いは……」
「やはり……もう少し僕や春日や優希、三人の力で君の事を再教育しなければいけないのかな……フフッ」
「いやいや、フフッ……じゃあないですからっ! ちょっと……とにかく……たぁ~すぅ~けぇ~てぇ~~~っ!!」
「ああ、こら仲達っ! 一体何処へ行く気だい? 待ちたまえよ」
久方ぶりの『逃げの仲達』のスキルの発動によって、華炎さんよりも一瞬早く部屋から飛び出して真っ暗な南陽城の廊下を無言で全速力で駆け抜けます。あぁ~しかし、毎度の如くですがこの際ですので一言言わせて下さい。
「ああっ、もうっ……理不尽だぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
はいどうも。少しは楽しんで頂けたでしょうか?
これで取り敢えずは南陽編残す所、後一回となりました。最後は南陽編であるのに殆ど登場してこなかったあの蜂蜜主従との御話となる予定ですので宜しければ次回も御付き合いの程を宜しくお願い致します。
それでは次回の講釈で…… 堕落論でした