3話ー①:外堀を埋められる-1
『お付き合い終了』から1週間ほど経った昼休み。
久しぶりに、いつものメンバーがダイニングホールに揃っていた。
リリアナの“爆弾発言”が投下され、テーブルには、不自然な沈黙が落ちていた。
集まっているのは、いつもの気の置けないメンバー。
――のはずなのに。
誰もが言葉を失い、視線だけが宙をさまよっている。
その反応を見て、信じてもらえていないと感じたのか、リリアナは身を乗り出して言葉を重ねた。
「本当よ!
ルシアンが私のこと、好きだって言って、キスしようとしてきたの!」
一瞬。
空気が、完全に凍りつく。
次の瞬間、全員の視線が、ルシアンに突き刺さった。
「いや……“好きだ”とは言ってないよ……」
ルシアンは額に手を当て、どっと疲れたように否定する。
「ちょっと待て……」
ピクルが、引きつった顔で口を開いた。
「じゃあ、キスしようとしたってのは本当なのか?」
「それも、少し違ってて。
……“単なる確認”のためで」
「“単なる確認”!?」
ピクルの声が裏返る。
「それ、“単なる確認”でやることかよ……?
ルシアン、そんなやり手だったのか……?」
「いや、確かに僕もどうかしてた。
でも、違うんだよ。
話すと長くなるんだけど……色々事情があってさ」
「事情って言われてもな……」
言い訳を重ねるルシアンを見ながら、ピクルは、まだ衝撃から立ち直れていない様子だった。
「とにかく、誤解なんだ」
「そ、そうだよな……
ルシアンはそんなヤツじゃねぇよな……」
自分に言い聞かせるように、ピクルは声を上擦らせて答える。
「この場で話すと、余計ややこしくなりそうだから……
後で、ちゃんと説明するよ」
「わ、分かった……」
その言葉に、ピクルは曖昧にうなずく。
そこへ、セリスが楽しそうに割って入る。
「ルシアン、見直したよ!
もっと堅物で、積極性ないやつだと思ってた!」
「いや、だから違うんだって。
とにかく、僕たちはそういう関係じゃないから」
セリスは、ルシアンの言葉をまともに聞いていない。
くるりとリリアナの方を向き、目を輝かせる。
「さすがです、リリアナ様!
やっぱりその美しさを前にしたら、男なら誰でも……!」
「そ、そうかしら……」
セリスに持ち上げられ、リリアナは照れたように視線を逸らす。
だが否定する様子はなく、むしろ口元はわずかに緩み、満更でもない様子だ。
(……全然、聞いてない。
そもそも、この“両思い”って前提から納得してないんだけど。
でも、この話、何度否定しても無視されるんだよな……)
ルシアンは、内心でため息をつく。
(多分、何を言っても無理だな……)
――仕方なく、別の方向から説得することにした。
「そもそもさ。
主人と従者が恋愛関係になること自体、簡単な話じゃないんだよ」
一同を見渡しながら、続ける。
「本来なら、許されない。
家の人に知られたら、どうなると思ってる?」
少しだけ声を強める。
「……立場も、責任もある。
少しは、現実を考えてよ」
言い切って、再度一同を見渡す。
流石に、これで伝わるはずだ。
――そんなルシアン想いは、あっさり流された。
ミラが、屈託のない笑顔で即答する。
「そうなのかなー?
大丈夫だよ。言わなきゃバレないよ!」
(……ああ、ミラちゃんなら、そう来るよね)
「そうよね!
言わなきゃバレないわ!
お互いの気持ちがあれば――!」
勢いづいたリリアナが、身を乗り出す。
「それに、逆境の方が却って愛が燃え上がるもの!」
(また小説と現実を混同してる……)
今度はセリスまで、楽しそうに頷く。
「そうそう!
言わなきゃバレないって!
そこは、うまくやればいいんだよ!」
(……というか、セリスが一番言いそうなんだよな……)
「大丈夫、大丈夫!」
「一緒に乗り越えましょう!」
「そうだよ! 私、口硬いから!」
ニコニコと笑顔の三人が、ルシアンをさらに煽る。
「ちょっ……」
(何を言っても無駄な感じが……
まずいな……このまま勢いに流されそうだ……)
ここで折れたら、取り返しがつかない。
そう分かっていても、彼女たちに響く言葉が、どうしても見つからなかった。
その時。
今まで黙って聴いていたピクルが、静かに口を開いた。
「……やっぱり最初の話に戻さねーか?」
その言葉に、三人は一瞬だけ口をつぐむ。
そのまま、ピクルは静かに続ける。
「俺は――
ルシアンの気持ちを、ちゃんと尊重すべきだと思う」
その一言に、ルシアンは心の底から安堵する。
(よかった……
ピクルくんだけは、僕の気持ちを分かってくれてる……
やっぱり、ピクルくんが一番まともだな……)
――が。
ピクルは穏やかな笑みを浮かべ、ゆっくりと言葉を続けた。
「最近気づいたんだけど……
ルシアンって意外と不器用なんだよな」
「……え?」
「自分の気持ちに鈍感っていうか、素直じゃないっていうかさ」
ピクルは腕を組み、遠くを見つめた後、ルシアンに視線を移す。
嫌な予感が、じわりと胸に広がる。
「だから、自覚するまで、ちょっと時間かかるんじゃねーの?
もっと、ゆっくり待ってやれよ」
「ちょっと待って。
ピクルくんまで、“僕がリリアナ様を好き”って前提なの?」
ピクルは答える代わりに、ルシアンの肩をポンと叩き、優しく微笑んだ。
「俺は、わかるぜ……ルシアン。
”恋愛”ってそういうもんだよな?
なんかあったら、相談乗るわ」
――完全に“先輩ヅラ”だった。
ミラと恋人同士になったことで、ピクルは恋愛に対して謎に自信を持ち始めたようだ。
すっかり恋愛上級者になった気でいるらしい。
少し前まで、あれだけ悩んでいたというのに――
ルシアンは、なんとも言えない気持ちでピクルを見つめる。
(なんでいきなり、みんな“恋愛脳”になるんだよ……)
ルシアンが困惑していると、ミラが不思議そうに声をかける。
「でも、ルシアンくん、リリちゃんに厳しくなったよね。
前は激甘だったのに」
「そうなのよ! あんなに優しかったのに」
リリアナも賛同する。
「それはリリアナ様が、僕の話をちゃんと聞いてくれないから。
最近、急に強引になりましたよね……?」
ルシアンも思わず棘のある声で言い返す。
「だって、全然素直に認めないから!」
「違うのに無理やり認めるわけにはいきませんよ」
噛み合わない言葉だけが行き交い、空気が少し張りつめる。
そんな中、二人を見比べていたミラが、きょとんとした顔で口を開いた。
「ルシアンくん、本当にリリちゃんのこと、好きじゃないの?」
「そうだよ。全然そういうんじゃないから」
「違うのよ! ルシアンは、自分の気持ちに気づかないフリをしてるだけよ!」
またルシアンとリリアナは、お互いの食い違う発言を聞いて顔を見合わせる。
ややピリついた空気の中で、ミラだけが、少し首を傾げていた。
「二人とも言ってること真逆だね。
どっちの意見が合ってるのかなぁ?」
「僕だよ!」
「私よ!」
またもやルシアンとリリアナは食い違い、不満そうに顔を見合わせる。
ルシアンはリリアナから視線を逸らし、むっとした様子で溜まりかねてミラに言う。
「ミラちゃん、僕のことなんだから、僕の認識が正しいに決まってるよ」
ルシアンの言葉に、ミラは少し考えたあと、ゆっくり口を開く。
「そっか。
じゃあ、ルシアンくんに質問!」
「うん?」
「ルシアンくんは、リリちゃんのこと、
”ぎゅーってしたい”って、思ったことある?」
「え?」
「思ったことあったら、好きだと思うんだよね!
これで絶対分かるよ!」
ミラは、いいことを思いついたように、いたずらっぽく笑う。
「私はぴーちゃん以外に、“ぎゅーってしたい”なんて思わないもん。
そういうのって、好きな人にだけでしょ?」
「そう、なのかな……?」
ルシアンはミラの考えに戸惑う。
「絶対そうだよ! ね? ぴーちゃんもそう思うよね?」
「え、あぁ……
そ、そうだな……言われてみれば、そうかもな……」
急に話を振られ、ピクルは照れて動揺しつつ、ミラの意見に賛同する。
「だよね!」
ミラはそう言って、早速ピクルに抱きついて見せる。
ピクルの方も、言葉にするのは照れるくせに、こうしてくっつかれるのは平気らしい。
嬉しそうに、慣れた様子で受け止めている。
気づけば話の筋など消え失せ、周囲には甘ったるい空気が漂っていた。
(また、この二人は、どさくさに紛れて……)
ルシアンが呆れていると、ミラがにこにこしながら続ける。
「どうかな?」
横では、リリアナが目を輝かせてこちらを見ていた。
二人に見つめられ、ルシアンは思わず言葉に詰まった。
一瞬、沈黙が落ちる。
気づけば、いつの間にかピクルやセリスまでも、ルシアンの返事に注目していた。
「ねぇ?」
「どう?」
一同の視線。
(き、気まずい……)
耐えきれず、ルシアンは口を開いた。
「……そんなこと、一度も考えたことないよ!」
「「えー……」」
ミラとリリアナは、そろってがっくりと肩を落とした。
ルシアンは静かに時計へ視線を移した。
「そろそろ午後の授業始まるよ」
「あ、ほんとだ」
ミラを皮切りに、全員が慌てて席を立つ。
ルシアンは、セリスの方を振り返った。
「じゃあ、今日の実技授業もセリス一人で頑張ってね。
ちゃんと言った通りにやるんだよ」
「うん! 任せてよ!」
ルシアンは軽く微笑んで、セリスの頭をぽん、と叩く。
セリスも嬉しそうに笑顔を返した。
最近は、第二使い魔として授業に同行するのもすっかり慣れ、ルシアンが授業に出なくても、セリスひとりで安心してサポートできるようになっていた。
「あ……ルシアン」
リリアナが声をかけかけた、その時。
「それでは、失礼します」
ルシアンは静かに言って、リリアナに一礼する。
そして、みんなとは逆の方向へと歩き出した。
呼び止められそうな気配に、一瞬だけ足が鈍る。
だが結局、ルシアンは振り返らず、そのままその場を後にした。




