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2話ー④:交際開始1日目

 ――”お付き合い開始”1日目。


 ルシアンは約束通り、放課後リリアナの部屋を訪れた。


 向かい合って座り、お茶を飲みながら、しばらく他愛もない会話を続けていたが、ふと、沈黙が落ちる。


 その静けさに、二人の間の空気がわずかに張りつめた。


「あ、あの……」


 リリアナは、俯きがちに切り出した。


「一つ、思いついたわ。”具体的な”こと。

 やりたいこと、というより……その……お願いなんだけど……」



 ルシアンはぎくりとする。


「え……何ですか?」


(また面倒なこと言い出すんじゃないだろうな……)



 ルシアンが身構えていると、リリアナは真っ直ぐにルシアンを見つめ、少し息を整えてから口を開いた。


「敬語で話すのを、やめて欲しいの……」


「え?」


「だって、ミラちゃんやピクルくんには、敬語じゃないでしょう?

 私にだけよそよそしいじゃない?」


「それは……主人ですので」


「でも、”恋人同士”なのに、変よ!」


「いや……」


(そう言ってるのは、リリアナ様だけなんだけどな……)


「ダメ……かしら?」


 ルシアンが困惑して言葉を返せずにいると、リリアナは一度だけ唇を噛み、それでも逃げずに言葉を続けた。


「本当は、ずっとそうして欲しかったの……

 だって、ルシアンとは、”主従関係”じゃなくて、”対等な関係”でいたいから」


 冗談めかしていた声とは違い、その言葉だけは、ひどく真剣だった。


 視線を落としたまま、答えを待つように黙り込むリリアナを見て、ルシアンは思わず言葉を失う。


(そんな風に思ってたんだ……

 節度を持って接するのが、礼儀だと思ってたけど……

 そうじゃないなら――)


 ルシアンの心に、今までなかった感情が動き出す。


(やっぱり、リリアナ様の気持ちは尊重したいな……)


 ルシアンは迷いながらも、言葉を探して口を開きかける 



 ――だが、その沈黙は、リリアナにとっては長すぎた。


 耐えきれなくなったリリアナは、ぱっと顔を上げて、開き直った。


「ダメだっていうなら、もうこれは”命令”だから!

 とにかく、もう敬語はやめて!」


 その言葉に、ルシアンの表情はすっと冷めた。


「”命令”……ですか」


 思わず、ルシアンは大きくため息をついた。


(またそれか。“対等な関係”でいたいって言ったばかりなのに……)


 そのまま、ほんの少し考え込む。


(……まずいな。これ、“命令”って言えば、何でも通ると思い始めてないか……)


 額に手を当て、ルシアンはしばらく黙り込んだ。

 何かを決めるように、ゆっくりと手を下ろし、リリアナへと視線を戻す。


「分かりました。 では、従います」


 ルシアンの言葉に、リリアナは満足そうに頷いた。


「そう、それでいいのよ! 分かった?」


「分かったよ。 これからは敬語はなしだよね」


「そう!」


「じゃあ、その代わり、もう“命令”もなしだよ――


 ”リリアナ”」


「え?」


 その言葉に、一瞬、リリアナは言葉を失った。

 

 リリアナの反応には気に留めず、ルシアンは何気ない仕草でリリアナの方へ向かい、ゆっくりと、その隣に腰を下ろした。


「だって、対等なんでしょ?」


「いや、そうじゃなくて!!

 敬語はなしって言ったけど、呼び捨てだなんて聞いてない!」


 距離を詰められ、リリアナは顔を真っ赤にして俯いた。

 小刻みに肩を震わせている。


 ルシアンはリリアナの顔を覗き込み、少し首を傾けて言った。


「そういう意味かと思ったんだけど……違った?」


 ルシアンの顔が近づき、リリアナは咄嗟に顔を背けて答える。


「だって、ミラちゃんは、””ミラちゃん”って呼んでるし……」


「ちゃん付の方がいいの?」


「ち、違う! このままでいい!」


「そっか、よかった」


 ルシアンは安心したように、穏やかな笑みを浮かべる。



 彼はただ、普段は節度を持ってリリアナに接してきただけで、本来は、無自覚に距離が近いタイプだった――



 リリアナは、ルシアンと視線がぶつかったことで、思わずまた顔を逸らす。


 その反応に、ルシアンは一瞬だけ動きを止め、言葉を続ける。

 

「さっきの約束、ちゃんと守ってくれるよね?」

「へ? 何の話?」


 リリアナは動揺していて、何を言われているのか全く頭に入っていないようだ。


 そんなリリアナを見て、ルシアンは少し考えるように首を傾げた。


「……伝わってないのかな?」


 そう呟いたまま、しばらくリリアナの様子を見つめる。


 視線を逸らして固まっているのを確認すると、一拍置き、確かめるようにそっと彼女の腕に触れた。


 腕に触れられた瞬間、リリアナの体がピクリと震える。


 ルシアンは、その反応に気づかぬまま、ゆっくりと顔を近づけ、逃げ場のない距離まで詰めて、耳元に声を落とした。


「リリアナ、約束だよ。

 “対等”なんだから、もうこれ以上、わがまま言わないでね」


 言い終えると、微笑んだままじっとリリアナの顔を覗き込む。


 その瞬間――

 リリアナの思考は、全て吹き飛んだ。


 こんな距離で名前を呼ばれるのは初めてだった。

 耳元にかかる息、触れられた指から伝わる体温。


 礼儀も節度も立場も、すべて置き去りにされたようで。

 どうしようもなく甘く響き、まるで優しく可愛がられる立場にいるみたいだった。


 逆らうという発想は、すっかり頭から抜け落ち、ルシアンに従う以外の選択肢は残っていなかった。

  

 うっとりと彼を見つめたまま、答える。


「分かったわ……」


 ――リリアナは、完全にノックアウトされていた。



「よかった、約束だよ」


 リリアナの返事を聞き、ルシアンは手応えを感じて、満足そうに微笑む。


「じゃあ、今日はこれで帰るね」


 そう言うと立ち上がり、ゆっくりとリリアナの部屋を後にした。


 部屋の扉が閉まり、ルシアンは大きく息をつく。


(これでおとなしくなってくれるといいんだけど……)


 中のリリアナを想うように、一瞬振り返った後、自室へと帰って行った。

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