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2話ー①:暴走モード開始

 ルシアンとセリスの話を聞いた翌日。


 リリアナは思いを巡らせていた。


(もしかしたら、思っていたよりも、”脈アリ”なのかもしれない……)


 ルシアンの普段のクールで真面目な様子から、自分に全く興味がないように見えていた。


 だけど、昨日のセリスの発言が本当なのだとしたら――


 胸の奥から、じわじわと熱い自信が湧き上がり、未来がキラキラと輝いて見えた。

 

(絶対に、押せばいけるっ……!)


 ここから、リリアナの暴走モードが始まった。




 リリアナは、学院の寮にある自室へルシアンを呼び出した。


 二人は向かい合って座る。


 普段なら、豪華に整えられたその部屋には紅茶の香りとともに、穏やかで優雅な空気が満ちている。

 だが今日は、どこか張りつめた気配が漂っていた。


 使用人が静かに紅茶を運び、二人の前にカップを置く。



 最初に口を開いたのは、ルシアンだった。


「あ、あのお話というのは……?」



 リリアナは、震えそうになる声を押し隠し、平静を装ってゆっくりと口を開いた。


「私、あれから考えたんだけど、やっぱりあなたは、私のことが――”好き”だと思うの」


 ルシアンの肩がぴくりと上がる。


「それは、”違う”と言いましたけど……」


「それは、どうかしら?」


 リリアナは、含みのある笑みを浮かべる。


「”忠誠心”という言葉で誤魔化してるけど、その中に潜む”恋心”に気づかないふりをしてるだけだと思うわ」


 ビシッと、ルシアンを指差す。


「自分でも違和感を感じてるんじゃない?」


「そ、それは……」


 ルシアンは言葉を詰ませ、明らかに動揺している。


(いい感じだわ! 揺れてる、揺れてる……!)


 リリアナは休暇中の馬車の件を思い出す。

 あの時、ルシアンはちょっと強めに押しただけで簡単に揺れていた。


(クールな仮面を被ってても、もうバレバレよ!)

 

 リリアナは気づいたのだ。


 ルシアンは意外と押しに弱くて、

 

 チョロい――ということを。


 


 ”とにかく押せばいける”。

 そう確信したリリアはさらにルシアンを詰めていく。


「素直になった方がいいと思うわ……」


 勝ち誇ったように微笑むと、その視線から逃げるように、ルシアンは目を逸らして俯いた。

 その様子を見て、胸の奥で何かが決まった。


(いける! もう一押しすれば、絶対いけるはず……!)


 だが、行動に移そうと思うと、指先がかすかに震え、心臓が早鐘を打つ。


(どうしよう……やっぱり緊張してきた……)


 一瞬、言葉が喉に詰まる。

 それでも、顔を上げてルシアンに向き合う。

 リリアナは意を決して口を開いた。


「わ、私も好きなの! あなたのことが……」


 言ってしまった。

 もう、引き返せない。


 鼓動を押し殺しながら、じっとルシアンを見つめる。


「だから、私たち”両思い”ってことでいいわよね?」


 心臓の音だけがやけに大きく響き、その一秒が、永遠のように長く感じられる。


(お願い! そうだって言ってー!)


 心の中で、そう願いつつ、リリアナはただ、ルシアンの反応を待った。



 だが――


 ルシアンは一瞬、驚いた表情を浮かべたが、すぐにいつもの落ち着いた表情に戻った。


 そして、淡々と口を開く。


「それも、”違う”んじゃないでしょうか?」


「へ?」


 ――ここから風向きが変わり、攻守が入れ替わった。


 ルシアンは、ゆったりと言葉を続ける。


「以前、リリアナ様は、

『男性と接する経験がほとんどなかった』

 とおっしゃてましたよね?」


「ええ、そうね」


「初めてまともに接したのが僕だった、と」


「そ、そうだけど……」


「だから、勘違いしてしまったんですよ。

 もし学院に同行した使い魔が、僕じゃなくても、同じような感情を抱いていたんじゃないでしょうか?」


「そ、そんなことはないわ!」


「手近にいる、見た目が悪くない相手なら、誰でもよかったんじゃないですか?」


「そ、それは……」


(ぐっ……多少思い当たる気がしてきた……)


 リリアナは、痛いところを突かれて、言葉を詰まらせる。


 言い返せず黙っているリリアナを見て、ルシアンは微笑む。


「ほら、やっぱりそうでしょう?」


 ルシアンは、淡々と諭す。


「失礼ですが、リリアナ様は恋愛経験が豊富ではないですよね?」


「本当に失礼ね! あなたよりはマシよ!」


 ルシアンはリリアナ以上に恋愛感情に疎かった。

 だが、ルシアンも負けじと言い返す。


「リリアナ様の知識は全部”恋愛小説”からですよね?

 実体験ではないでしょう? 

 あまり変わらないと思いますが?」


「ぐっ……!

 そんな意地悪なこと言う必要ある?

 そんな人だとは思わなかったわ……!」


「ほら、別に僕のことなんて、何も知らないでしょう?

 それで”好き”だと言うのが無理があると言ってるんです」


「そ、それは……」


(そうなの……かしら……)


 ルシアンの強い言葉に、リリアナは自信が揺らぐ。


(なんか、だんだん分からなくなってきた……) 


 ついさっきまでの確信が、砂みたいに指の隙間から零れていく。

 

 混乱する頭の中で、ふと気づいた。


(あれ? これってもしかして……)


 そう。


 自分自身もまた、

 押しに弱く、

 

 ――びっくりするほどチョロいという事実に。


(あっぶな……! いいように丸め込まれてるところだったわ!

 それは絶対ダメ! このまま終わるわけにはいかないっ……!)


 リリアナはもう後には引けなくなっていた。



「きっとこれから、リリアナ様にはもっと相応しい方が現れますよ」

 

 優しく諭すルシアンの言葉を断ち切り、リリアナは、キッと顔を上げてルシアンとまっすぐに向き合う。


「じゃあ、どっちの意見が正しいか勝負しましょう!」


「勝負?」


「そう。

 私は――私たちは両思いだと思ってる。

 でも、あなたは違うって思ってるのよね」


 リリアナは、ふっと小さく笑った。

 その瞳には、迷いよりも挑む色が宿っている。


「そのどちらが正しいか、勝負しましょう」


 リリアナの言葉に、ルシアンは一瞬身構える。


「……どうやって?」


「”お付き合い”すれば、わかると思うの!」


「え?」


「私たち、お互いのことを知らなさすぎると思うの!

 深く知り合えば、どちらが正しいか分かると思うわ!」


 リリアナは高らかに宣言する。


(どう!? ”どさくさに紛れて、恋人同士になってやる作戦”よ!)


 リリアナの宣言を聞き終えると、ルシアンは一瞬だけ固まった。


 だが次の瞬間、何事もなかったかのように表情を整える。


 そして、淡々と息を吐いた。


「……とりあえず、旦那様に報告しましょう。

 それで了承が得られれば……」


「ちょっっ、それはダメー!!」


「さすがに僕の独断では、決められませんから」


 リリアナの父はリリアナを溺愛しており、過保護。

 こんなことを耳に入れれば、絶対に反対されるに決まっている。


「あなた、私のことを裏切る気!」


「そうではないですけど……」


(ど、どうしよう……何かいい方法はないかしら……)


 リリアナは必死で考えを巡らせる。

 そしてふと、一つの策に辿り着いた。

 リリアナの唇が弧を描く。

 

 ゆっくりと顔を上げ、ルシアンを見据えた。


「ねぇ、少し考えてみて。

 あなたは私の従者よね?

 あなたの主人は誰だったかしら?」


 リリアナは、不敵な笑みを浮かべる。

 

「お父様ではなく――私よね?」


 その声に、確信めいた色が滲む。


「これは“お願い”じゃなくて、“命令”よ」


 驚いた表情のルシアンに、リリアナは思わず目を逸らす。


(卑怯だってわかる……。 でも、これしかないの!)


 それでも最後の切り札を切る。


「……主人の“命令”が聞けないの?」


 一瞬沈黙が落ちる。



 リリアナが思いついた策とは、シンプルに”権力”を使うことだった――


 

「……卑怯すぎませんか?」


「だって、手段を選んでられないの!」


 ルシアンは一瞬呆れた顔をし、小さく溜息をつく。

 だがすぐにいつもの調子に戻り、淡々と返事をした。


「……あくまで“勝負のため”ということですよね?」


「そうよ!」


「わかりました。リリアナ様に従います」


「やったわ!」


 リリアナが勝ち誇った笑みを浮かべると、ルシアンは小さく苦笑を漏らす。


 こうして、ルシアンが渋々お付き合いを了承し、二人の交際がゆるっとスタートしたのだった。


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