2話ー①:暴走モード開始
ルシアンとセリスの話を聞いた翌日。
リリアナは思いを巡らせていた。
(もしかしたら、思っていたよりも、”脈アリ”なのかもしれない……)
ルシアンの普段のクールで真面目な様子から、自分に全く興味がないように見えていた。
だけど、昨日のセリスの発言が本当なのだとしたら――
胸の奥から、じわじわと熱い自信が湧き上がり、未来がキラキラと輝いて見えた。
(絶対に、押せばいけるっ……!)
ここから、リリアナの暴走モードが始まった。
◇
リリアナは、学院の寮にある自室へルシアンを呼び出した。
二人は向かい合って座る。
普段なら、豪華に整えられたその部屋には紅茶の香りとともに、穏やかで優雅な空気が満ちている。
だが今日は、どこか張りつめた気配が漂っていた。
使用人が静かに紅茶を運び、二人の前にカップを置く。
最初に口を開いたのは、ルシアンだった。
「あ、あのお話というのは……?」
リリアナは、震えそうになる声を押し隠し、平静を装ってゆっくりと口を開いた。
「私、あれから考えたんだけど、やっぱりあなたは、私のことが――”好き”だと思うの」
ルシアンの肩がぴくりと上がる。
「それは、”違う”と言いましたけど……」
「それは、どうかしら?」
リリアナは、含みのある笑みを浮かべる。
「”忠誠心”という言葉で誤魔化してるけど、その中に潜む”恋心”に気づかないふりをしてるだけだと思うわ」
ビシッと、ルシアンを指差す。
「自分でも違和感を感じてるんじゃない?」
「そ、それは……」
ルシアンは言葉を詰ませ、明らかに動揺している。
(いい感じだわ! 揺れてる、揺れてる……!)
リリアナは休暇中の馬車の件を思い出す。
あの時、ルシアンはちょっと強めに押しただけで簡単に揺れていた。
(クールな仮面を被ってても、もうバレバレよ!)
リリアナは気づいたのだ。
ルシアンは意外と押しに弱くて、
チョロい――ということを。
”とにかく押せばいける”。
そう確信したリリアはさらにルシアンを詰めていく。
「素直になった方がいいと思うわ……」
勝ち誇ったように微笑むと、その視線から逃げるように、ルシアンは目を逸らして俯いた。
その様子を見て、胸の奥で何かが決まった。
(いける! もう一押しすれば、絶対いけるはず……!)
だが、行動に移そうと思うと、指先がかすかに震え、心臓が早鐘を打つ。
(どうしよう……やっぱり緊張してきた……)
一瞬、言葉が喉に詰まる。
それでも、顔を上げてルシアンに向き合う。
リリアナは意を決して口を開いた。
「わ、私も好きなの! あなたのことが……」
言ってしまった。
もう、引き返せない。
鼓動を押し殺しながら、じっとルシアンを見つめる。
「だから、私たち”両思い”ってことでいいわよね?」
心臓の音だけがやけに大きく響き、その一秒が、永遠のように長く感じられる。
(お願い! そうだって言ってー!)
心の中で、そう願いつつ、リリアナはただ、ルシアンの反応を待った。
だが――
ルシアンは一瞬、驚いた表情を浮かべたが、すぐにいつもの落ち着いた表情に戻った。
そして、淡々と口を開く。
「それも、”違う”んじゃないでしょうか?」
「へ?」
――ここから風向きが変わり、攻守が入れ替わった。
ルシアンは、ゆったりと言葉を続ける。
「以前、リリアナ様は、
『男性と接する経験がほとんどなかった』
とおっしゃてましたよね?」
「ええ、そうね」
「初めてまともに接したのが僕だった、と」
「そ、そうだけど……」
「だから、勘違いしてしまったんですよ。
もし学院に同行した使い魔が、僕じゃなくても、同じような感情を抱いていたんじゃないでしょうか?」
「そ、そんなことはないわ!」
「手近にいる、見た目が悪くない相手なら、誰でもよかったんじゃないですか?」
「そ、それは……」
(ぐっ……多少思い当たる気がしてきた……)
リリアナは、痛いところを突かれて、言葉を詰まらせる。
言い返せず黙っているリリアナを見て、ルシアンは微笑む。
「ほら、やっぱりそうでしょう?」
ルシアンは、淡々と諭す。
「失礼ですが、リリアナ様は恋愛経験が豊富ではないですよね?」
「本当に失礼ね! あなたよりはマシよ!」
ルシアンはリリアナ以上に恋愛感情に疎かった。
だが、ルシアンも負けじと言い返す。
「リリアナ様の知識は全部”恋愛小説”からですよね?
実体験ではないでしょう?
あまり変わらないと思いますが?」
「ぐっ……!
そんな意地悪なこと言う必要ある?
そんな人だとは思わなかったわ……!」
「ほら、別に僕のことなんて、何も知らないでしょう?
それで”好き”だと言うのが無理があると言ってるんです」
「そ、それは……」
(そうなの……かしら……)
ルシアンの強い言葉に、リリアナは自信が揺らぐ。
(なんか、だんだん分からなくなってきた……)
ついさっきまでの確信が、砂みたいに指の隙間から零れていく。
混乱する頭の中で、ふと気づいた。
(あれ? これってもしかして……)
そう。
自分自身もまた、
押しに弱く、
――びっくりするほどチョロいという事実に。
(あっぶな……! いいように丸め込まれてるところだったわ!
それは絶対ダメ! このまま終わるわけにはいかないっ……!)
リリアナはもう後には引けなくなっていた。
「きっとこれから、リリアナ様にはもっと相応しい方が現れますよ」
優しく諭すルシアンの言葉を断ち切り、リリアナは、キッと顔を上げてルシアンとまっすぐに向き合う。
「じゃあ、どっちの意見が正しいか勝負しましょう!」
「勝負?」
「そう。
私は――私たちは両思いだと思ってる。
でも、あなたは違うって思ってるのよね」
リリアナは、ふっと小さく笑った。
その瞳には、迷いよりも挑む色が宿っている。
「そのどちらが正しいか、勝負しましょう」
リリアナの言葉に、ルシアンは一瞬身構える。
「……どうやって?」
「”お付き合い”すれば、わかると思うの!」
「え?」
「私たち、お互いのことを知らなさすぎると思うの!
深く知り合えば、どちらが正しいか分かると思うわ!」
リリアナは高らかに宣言する。
(どう!? ”どさくさに紛れて、恋人同士になってやる作戦”よ!)
リリアナの宣言を聞き終えると、ルシアンは一瞬だけ固まった。
だが次の瞬間、何事もなかったかのように表情を整える。
そして、淡々と息を吐いた。
「……とりあえず、旦那様に報告しましょう。
それで了承が得られれば……」
「ちょっっ、それはダメー!!」
「さすがに僕の独断では、決められませんから」
リリアナの父はリリアナを溺愛しており、過保護。
こんなことを耳に入れれば、絶対に反対されるに決まっている。
「あなた、私のことを裏切る気!」
「そうではないですけど……」
(ど、どうしよう……何かいい方法はないかしら……)
リリアナは必死で考えを巡らせる。
そしてふと、一つの策に辿り着いた。
リリアナの唇が弧を描く。
ゆっくりと顔を上げ、ルシアンを見据えた。
「ねぇ、少し考えてみて。
あなたは私の従者よね?
あなたの主人は誰だったかしら?」
リリアナは、不敵な笑みを浮かべる。
「お父様ではなく――私よね?」
その声に、確信めいた色が滲む。
「これは“お願い”じゃなくて、“命令”よ」
驚いた表情のルシアンに、リリアナは思わず目を逸らす。
(卑怯だってわかる……。 でも、これしかないの!)
それでも最後の切り札を切る。
「……主人の“命令”が聞けないの?」
一瞬沈黙が落ちる。
リリアナが思いついた策とは、シンプルに”権力”を使うことだった――
「……卑怯すぎませんか?」
「だって、手段を選んでられないの!」
ルシアンは一瞬呆れた顔をし、小さく溜息をつく。
だがすぐにいつもの調子に戻り、淡々と返事をした。
「……あくまで“勝負のため”ということですよね?」
「そうよ!」
「わかりました。リリアナ様に従います」
「やったわ!」
リリアナが勝ち誇った笑みを浮かべると、ルシアンは小さく苦笑を漏らす。
こうして、ルシアンが渋々お付き合いを了承し、二人の交際がゆるっとスタートしたのだった。




