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1話ー②:第二使い魔

 結局、休暇中、リリアナはルシアンを誘うことはなかった。

 久々の再会を喜ぶ、あの二人の様子を見てしまったからだ。


(私から誘えば、きっと来てくれると思うけど。

 だって……主人の命令だから)


 学校が始まれば、しばらく会えなくなる。

 その時間を邪魔してしまうのが、どうしてもためらわれた。


 同じ屋敷にいる以上、回廊で顔を合わせることは、時折あった。

 けれど、そのたびにセリスも一緒だった。

 二人は顔を寄せ、楽しげに小声で話している。


 リリアナの視線に気づくと、ルシアンは少しだけ気まずそうに目を合わせ、静かに一礼して、そのまま去っていく。

 休暇中のルシアンとの接点は、結局、その程度だった。


(同じ屋敷にいるのに……

 学期中の方が、まだ一緒にいられたなんて)


 学期中は、新しい環境に慣れるだけで精一杯だった。

 体調を崩すことも多く、自分から踏み出す余裕なんて、なかった。


(それに、いくら私が少しあがいたところで、あの二人の間に入れるとは、思えない……)


 胸の奥が、鉛のように重くなる。



 それでも、無理やり顔を上げた。

(学校が始まれば、また今まで通り。

 ……私にだって、まだチャンスはあるはず)


 そう思い込むことで、どうにか前を向いた。

 だけど。

(まさか、こんなことになるなんて……) 



「ねーねー、そういえばルシアンくん、今日お休み?」


 ミラの声で、リリアナは現実に引き戻された。


「ぴーちゃんと一緒にいないの、珍しいよね?」

「あー、それな……」


 ピクルは少し気まずそうに、リリアナに視線を向けた後、ミラにこそっと話す。


「ちょっと後で話すから黙ってろ……」

「えー? どういうことー?」


 ミラは首を傾げた。


「あ! ルシアンくんいたよ! おーい!」


 ミラはルシアンを見つけて手を振る。

 けれど、すぐに手を止め、きょとんとした表情になる。


「あれ? あの子誰?」


 ミラの言葉にリリアナはゆっくり振り返る。


 そこには、ルシアンと

 ――セリスが立っていた。



 ――休暇中。

 複数の使い魔を連れている特別待遇の生徒――アレクのことを知った父が、学校側に抗議した結果、リリアナも使い魔を二人まで連れてきていいことになった。


 突然告げられたその決定に、リリアナは反対する余地もなく、ただ驚くことしかできなかった。



「あ、ミラちゃん、久しぶり」

 ルシアンは普段通りの表情で、何事もなかったかのように話しかけた。


 驚いて固まるミラを横目に、セリスはルシアンの袖を掴み、そばによってイタズラっぽく話しかける。


「ルシアン、私のこと紹介してよ」

「あぁ、そうだよね」


 ルシアンも笑みを返し、優しく言葉を添える。


「彼女は、セリス。

 リリアナ様の第二使い魔で、新学期から一緒に授業に参加するんだ。

 よろしくね」


「初めまして! ルシアンからミラちゃんの話は聞いてるよ! 仲良くしてね!」


 ルシアンに紹介され、セリスはミラににっこり微笑む。

 見た目のクールな印象と違い、柔らかく人懐っこい笑顔を浮かべている。


「そ、そうなんだ……あ、よろしくね!」


 ミラは一瞬戸惑う表情を見せたが、すぐに頷き返した。

 挨拶を済ませると、ルシアンとセリスはリリアナに一礼し、すぐに二人で歩き出そうとする。


 俯いたままのリリアナに気付いたミラが、慌てて二人の背中に声をかける。


「ねぇ、ルシアンくんたちは一緒に食べないの?」


「あ、僕たちはもう済ませたから。

 セリスに学内を案内しないといけないし」


「そっか……」


「じゃあ、また授業でね」



 リリアナは、二人の背中を見送りながらその様子をじっと見つめた。

 ルシアンは自然にセリスのトレイを持ち、そばを歩くセリスも軽く寄り添うような仕草を見せている。

 

  ――友人以上の親しさ。

 その距離感に、リリアナは思わず胸がざわついた。

 気づけば、無意識に拳を握りしめている。


 視線を逸らそうとしても、なぜか目が離せない。

 けれど、これ以上見ていたら――何かが壊れてしまいそうで。

 ふいに俯く。

 胸の奥が、じくりと痛んだ。


(……やっぱり、二人の間に入るなんて、絶対無理……)


 二人の姿が視界から消えたあとも、しばらく顔を上げられなかった。


 その場には、しんとした沈黙が落ちる。

 ミラとピクルがちらりと顔を見合わせる。

 次の瞬間、二人は肩を寄せ合い、ひそひそと何かを囁き合い始めた。


「なんかちょっと特別な感じだね」

「だよな」


「距離感が近いっていうか……どういう関係なの?」


「いや、俺も使い魔の仲間だとしか聞いてなくて。

 生まれた時からずっと一緒にいるらしくて……」


「えっ……それは……」


 二人は言葉を失い、視線だけがリリアナに向けられた。


(うっ、明らかに同情されてるっ……めちゃくちゃ気まずい……)


 リリアナは顔をあげ、何でもないふうを装った。


「あ、大丈夫よ。事前に話は聞いてるから

 お父様からの依頼だって」


 その言葉に、ミラは少しほっとしたような表情になり、取りなすように続けた。


「大丈夫! 距離が近いからって、好きとは限らないよ!

 そういう子、いるよね?」


「いや、ミラちゃんがそれ言う……?」

 でも、まぁ、そうよね!

 仲良いからって、それが恋愛関係とは限らないものね」


 ミラに励まされ、気持ちがほんの少し前を向く。

 理屈はさておき、気遣いはちゃんと伝わっていた。

 それだけで、肩の力が少し抜ける。


 それを見たミラが、すかさず声を張り上げた。


「うん。そうだよ!

 多分、単に一緒にいる時間が長いってだけだよ!」


 ミラの言葉に、今度はピクルも頷いて続ける。


「そ、そうだよな。

 別に長く一緒にいりゃ、特別な関係になるってわけでもねーだろ?」


「そ、そうよね!」

 

 リリアナも慌てて同意した。

 二人の言葉に、沈みかけていた気持ちが、ゆっくりと軽くなっていく。


「そうそう。

 それに、仕方なく一緒にいるってパターンもあるんじゃねーの?」


 ――その軽い調子で放たれたピクルの一言で、場の空気が、一気におかしな方向へ傾いた。


 ミラの表情がさっと強張る。

 不安そうにピクルを見上げ、ぎゅっと手を握り締める。


「え? そうなの……? 

 ずっと一緒にいても、”仕方なく”なの?」


 その瞳が揺れる。


(あれ? なんか話変わった……?)

 リリアナは目を瞬かせた。


 ミラの表情を見て、ピクルもようやくはっとする。


「いや、違うって。ルシアンは、って話。

 俺は違う!」


 ミラの方に真剣な表情で向き直り、両肩に手を置いたまま、ピクルは深く息を吸った。


 ――ピクルの瞳に迷いはなかった。

 その目は真っ直ぐにミラだけを見つめる。


「俺は、ミラが好きだから一緒にいる」


(え? 何か始まった……!?……どういう展開……?)

 リリアナの胸に、言いようのない違和感が広がる。



 その瞬間、曇っていたミラの顔がぱっと花が咲いたように明るくなり、勢いよくピクルの胸に飛び込む。


「私も大好き!」


 ぎゅっと抱きつかれて、ピクルは思わず息を詰め、そのままそっと腕を回す。


(いや、ちょっと! 待って! 待って!)

 完全に置いて行かれたまま、リリアナは目の前の光景を呆然と見つめる。


 二人は至近距離で見つめ合ったまま――

 完全に二人の世界に入る。


(……ちょ、ちょっと! 二人とも、絶対私のこと忘れてるでしょ……!)


 リリアナはしばらく黙ってその様子を眺めていた。


「「あ!」」

 今さら気づいたように、二人がこちらを振り向く。

 そろって照れくさそうな顔をしていた。


「ごめん、ごめん」とミラが笑う。


 ピクルが気を取り直すように続けた。


「とにかく。 ルシアンの口からはっきりしたことを聞くまで、まだ何も決めつけることねーって」


「そうだよ! それに、リリちゃんとルシアンくんだって、結構仲良いと思うよ」


 二人の気遣いは、痛いほど伝わってくる。


「そうね、ありがとう。

 それに、ツッコミすぎて、少し気が紛れたわ……」


 思わず笑いがこぼれる。

 さっきまで胸を締めつけていた不安が、いつの間にか少しだけ遠のいていた。


(そうよね。決めつけるのは良くないわ。まだもう少し頑張ってみよう……)


 また前を向ける気持ちが戻ってきた気がした。


 ――だが


 新学期以降、実技授業では、ルシアンではなくセリスが前に立つようになった。

 ルシアンは後方に下がり、必要な時だけ前に出る。


「セリス、リリアナ様には後ろに下がってもらって。

 前方の対応は君がお願い」


「分かってるよ」


 不慣れな部分は、ルシアンがすぐに口を挟む。

 小さなミスには即座にフォローが入り、うまくいけば、すぐに褒める。


「そう、その調子。

 合間に治癒魔法で、リリアナ様の様子も確認してね」


「うん!」


 セリスに向ける声は柔らかく、的確で、楽しそうなやり取りが自然に交わされる。


 楽しそうにやり取りを交わす二人を、リリアナは、ちらりと盗み見る。

 けれどすぐに目を伏せて、大きく息をついた。


(そうなっちゃうのね……これじゃあ、どうしようもないわ)


 見てしまうのに、見続けられない。

 そんな仕草が、最近増えていた。


 胸の奥で、言葉にならないものが静かに膨らんでいく。

 嫉妬なのか、不安なのか、自分でもよく分からない。


(そばで見てるのは、辛すぎる……)


 二人のすぐそばに行く勇気はなく、気づけばいつも、ほんの少しだけ距離を取るようになっていた。



 ――だが、その「ほんの少し」は、周囲から見れば明らかだった。


 その変化に、最初に気づいたのはミラだった。


 授業中も、休憩時間も。

 リリアナは二人から距離を取っている。


 セリスが懸命に話しかけても、返事は必要最低限。

 表情もどこか曇っている。


 けれど、本人は何でもないふりをしている。


(……リリちゃん、無理してそう。大丈夫かな……)


 そう思ったミラは、ある日、セリスに声をかけた。


「ねーねー、セリスちゃんって、ルシアンくんと仲いいよね?」


「うん。生まれた時から一緒だし。

 それに……気が合うんだ」


「気が合う?」


「趣味とか、嗜好とか。

 お互いの気持ちを分かり合える感じで――」


「セリス」


 言葉の途中で、ルシアンが割り込んだ。


「図書館に行きたいって言ってたよね。

 今から行こうか」


「え、でもミラちゃんと話してて――」


「ごめんね、ミラちゃん。連れていくよ」


 ルシアンは半ば強引に二人の間に入り、セリスの腕を引いてその場を離れた。



「……何だ、今の?」


「珍しいよね。ルシアンくんがあんな強引なの」


 ミラとピクルは顔を見合わせる。


 それからというもの、ルシアンは何かあればセリスと二人だけで行動するようになった。


 二人で話し、

 二人で移動し、

 気づけば、いつも隣にいる。


 ――まるで、意図的に距離を作るかのように。

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