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4話ー②:リリアナの気持ち

 さらに数日が経った、放課後。

 その日は、久しぶりにリリアナの部屋を訪ねる約束の日だった。


 先日の出来事を胸の奥に引きずったまま、ルシアンは学院の端にある王立館ロイヤルハウスへと向かった。

 リリアナの部屋は、その中にある。


 教室棟を出て、石畳の道を抜ける。


 王立館前の小庭にさしかかったとき――

 思いがけない光景が、視界に飛び込んできた。


 リリアナとフェリクス。


 向かい合い、楽しげに笑い合っている。

 その姿に、思わず足が止まった。


 耳に届くはずの笑い声が、なぜか遠い。


(……邪魔する理由、ないよな)


 胸の奥で、何かがひどく冷える。


 それ以上、そこに立っていられなかった。

 気づけば、踵を返していた。



 静まり返った寮の廊下を進み、自室へ戻る。

 扉を閉めた瞬間、ようやく少し息が出来た。


 だが、胸のざわめきは消えない。

 部屋の中央に立ったまま、しばらく動けなかった。


(……仕方ないだろ)


 そう言い聞かせる。


 少し考えれば、分かることだ。


(冷静になれ。大したことじゃない)


 自分に命じるように、椅子に腰を下ろす。

 机の上の書類を手に取った。

 だが、文字が頭に入ってこない。

 気づけば、同じ行を何度も追っていた。


 窓の外では、陽がゆっくりと傾いていく。

 遠くで夕刻を告げる鐘が鳴った。

 それでようやく、ルシアンは顔を上げた。


(連絡くらいするべきだったかな……)


(たとえ必要とされてなくても、

 主人との約束を勝手に破るなんて、ありえないよな……

 何をやってるんだ、僕は……)


 自分の動揺ぶりに、呆れてしまう。


 そんな風に思った時、ふと静まり返った部屋に、激しい音が響いた。


 ドンドン、と扉を叩く音だった。

 驚いてドアを開くと、リリアが立っていた。


 ルシアンの顔を見るなり、リリアナは眉をひそめ、怒りを滲ませた。


「なんで来ないのよ?!」


 少し離れた場所から来たせいか、息を切らし、頬を紅潮させている。

 普段は王立館に籠りがちな彼女が、一人でこんなところまで来るとは思わなかった。


「え? どうして……?」


 思わず口に出してしまう。


「ルシアンが約束破るからでしょ!」


 その剣幕に、ルシアンは一歩下がり、彼女を部屋に招き入れる。

 リリアナは躊躇なく室内に踏み込み、ルシアンの前で立ち止まった。


「なんで?」


「いや、もう必要ないのかと思ったので……」


「なんで、そんな勝手なことするの……?」


 少しだけ、間が空く。


「さっきフェリクス様と一緒にいるのを見かけたので……」


 その言葉に、リリアナは驚いて顔を上げる。


「え! 見てたの!?」


「……この前も、フェリクス様とご一緒でしたし」


「え? この前も見てたの!?

 別に……ちょっと聞きたいことがあっただけよ」


 リリアナは言葉を濁し、視線を逸らす。

 ちらりとこちらを窺う目に、ほんの少し気まずさが混ざっていた。


(何か隠してる……?)


 横顔に目が吸い寄せられる。

 視線に気づいたのか、リリアナはまたそっと逸らした。


(ああ……やっぱり)


 胸の奥が、静かに冷えていく。



 ルシアンはゆっくりと息を吐いた。


(リリアナ様からは、言いにくいよな……)


 視線を落とす。


(今まで、ずっと待たせてしまったんだ)


 逃げるのは、もうやめよう。


 喉の奥がひりつく。

 それでも、ぐっと奥歯を噛みしめる。


(最後くらい、ちゃんと自分から切り出そう)


 胸の息苦しさを押さえ込み、顔を上げた。

 

「大丈夫です……リリアナ様」


「え?」

 

 逸らしていた視線が、思わずこちらに戻る。

 さっきまでの気まずさが、そのまま戸惑いに変わる。

 意味がつかめない、と言いたげに瞬きをする。


 ルシアンは、止まらなかった。


「僕のことは、気にされなくても」


「フェリクス様なら、すごくいいお相手だと思います。

 優しくて優秀で、容姿も整っている。

 旦那様もきっと気に入られるでしょう」


「……僕なんかより、ずっとお似合いです」


 言葉にした瞬間、胸の奥がきしんだ。


(ちゃんと言い切らないと……)


 少し息を吸う。


「フェリクス様なら、きっと――

 リリアナ様を幸せにしてくださいますよ」


 自分に言い聞かせるように、そう締めくくった。

 微笑んだつもりだったが、うまく出来たか分からない。


 そのまま彼女の顔を見続けることができず、そっと目を逸らした。


 それで終わりにするつもりだった。

 彼女が幸せになるなら、それでいい。

 そう思うと決めたはずなのに。


「……本当は」


 喉が勝手に震える。


「いつか、僕がそうしたかった」


 言葉が、こぼれ落ちた。


 はっとして、唇を押さえる。


 恐る恐る顔を上げると――



 リリアナは、キッラキラの笑顔をルシアンに向けていた。

 ――まるで、探していた答えを見つけたような笑顔だった。


「やっと自分の気持ちに気付いたのね!!」


「え……あの……」


 ルシアンが固まる。


 リリアナは満足げに頷く。


「さすが、フェリクス! 言った通りだったわ」


「どういう意味ですか?……」


「前から相談に乗ってもらってたの。

 『ああいうタイプは押しすぎるより、少し控えめにした方がいいよ』って」


「えー……

 それじゃあ今までのって、全部わざと……?」


 ルシアンは気が抜けてぐったりする。


「だって、ルシアン全然態度変わらないんだもの。

 待ち切れなくなっちゃって」


「しかも……少し控えめって程度ではなかった気が……」


「全然効果が見えなかったから。

 控え方が足りないのかと思って、どんどん大袈裟にしてみたんだけど」


「相変わらず、訳がわからない……」


「でも、その方が効果あったわ!」


 得意げに胸を張るリリアナを見て、ルシアンはしばらく言葉を失った。


 ……ということは。


 胸の奥が、そわりと落ち着かない。


「あの……じゃあフェリクス様とは……?」


「何もないわよ。最初からそう言ってるじゃない。

 まさか見られてるとは思わなかったけど!」


「では、この前はその”相談”を?」


「ふふふ。それだけじゃないのよ」

 リリアナはニヤリと笑う。


「彼は身分より気持ちを選ぶ人だから。

 お父様に進言してくれるよう頼んだの!」


「へー、それはすごい。

 ……それで旦那様はなんて?」


「学生の間はいいんじゃない?って言ってくれたわ」


「え……軽っ……。

 本当ですか?

 そんな簡単に許されるはずないですよね?」


「まぁ、最初はかなり渋ってたんだけど。

 フェリクスがうまく説得してくれて」


「『恋を知らずに人は動かせませんよ。

 上に立つ者ほど、恋を経験すべきです』って」


「さすがフェリクス様……」


「それでもまだ渋ってたから、

 『許してくれないなら……私、駆け落ちします』って言ったの。

 そうしたら、最後は頷いてくれたわ。

 ……私だったら本気でやりそうだって、わかってくれたみたい」


(あー……あの小説……”愛の逃避行”だっけ……

 こんなところで役に立ったのか……)


「二人の愛を邪魔する者は、何人たりとも許されはしないのよ!」


(これ、多分、本気で言ってるんだよな……)


 ルシアンは大きく息を吐く。


(僕が悩んでるだけの間に、さすがというか……なんというか)


 緊張の糸が、ぷつりと切れ、体から力が抜けた。

 立っているはずなのに、足の裏の感覚がどこか遠い。


 それでも、胸の奥だけがまだ強張ったままだった。

 


(本当に……もう、諦めなくていいのか……?)


 自分が恐れていたものは、もう何もない。

 フェリクスとの誤解も解け、リリアナの父からも認めてもらえた。


 そして――自分が彼女を想っていることも、はっきりした。


 残るのは、ただ一つ。



 一度深く息を吸い、視線を落として指先を少し握る。

 心臓の音がやけに大きく響く。


 散々振り回されてきたせいで、どこまでが本気なのか、最後の一歩が掴めない。


 ちゃんと、彼女の口から聞きたかった。


 顔を上げ、目の前で得意げに笑うリリアナを、じっと見つめる。


 ルシアンの真剣な眼差しに気付き、リリアナの表情もぴたりと止まった。


 息を整えるように、ほんのわずかに間を置いてから――


「リリアナ様は……

 まだ、僕のこと、好きですか?」


 彼女は一瞬だけ瞳が揺れ、それからふい、と視線を逸らした。


「……そんなの……

 当たり前、じゃない……」


 小さく、唇が尖る。

 けれど次の瞬間、言葉が続かない。



 だから、ルシアンは続けた。


「でも……最近は、気持ちを確認されることもなくなったし」


「それは……」


 リリアナの声が、かすかに震える。


「私だって……毎回、否定されて、

 それでも聞き続けられるほど、強くないもの……」


 ルシアンはその言葉を聞いて、胸がぎゅっと締めつけられた。

「いつも、そう……ですね。

 不安にさせてしまって、すみません……」


 あのときも。

 その前も。


 彼女は、冗談めかして笑っていたけれど。


 本当は、ずっと不安だったのだ。


 気づいていたはずなのに。



 抑えきれず、ルシアンは彼女との距離を縮めた。


「でも、よかった……

 すごく、嬉しいです……」


「まだ、僕を好きでいてくれて」


 その言葉が、胸の奥に深く落ちる。


 失っていたかもしれないものが、まだここにあるのだと知って――

 込み上げるものを、抑えきれなかった。


 後悔と安堵が、胸の奥で絡まり合う。


 今すぐ、この腕で確かめたくなる。


 彼女が本当に、ここにいるのだと。


 気づけば、もう一歩踏み込んでいた。

 手を伸ばせば、触れられる距離。

 そのままじっとリリアナを見つめた。



 ――その瞬間。


 ルシアンに真っ直ぐに見つめられ、リリアナの心臓が、どくんと跳ねた。


(え? 何か思ってた反応と違う……!)


 ルシアンが自分を好きだと、ついに認めた。

 それで、もう自分の勝ち。


 あとは勝利宣言をして、軽くからかって、いつも通りのやり取りで終わるはずだった。


 ルシアンも、普段のあの呆れた顔で、観念したように淡々と負けを認める。


 ――それで終わり。

 そういう筋書きだったのに。



 ルシアンの、嬉しさを噛み締めるような表情。

 逃げ場のないほど真っ直ぐな視線。


 本気の色を帯びたそのすべてが、真正面から容赦なく降り注ぐ。


 息が、うまく吸えない。

 胸が熱くなり、まともに顔が見られない。


(……こ、こういう時ってどうしたらいいの……)



 ――このままじゃ、無理。

 そう思って、リリアナは一歩下がり、ルシアンから目を逸らす。

 そして、わざと明るい声を作った。


「でも、意外よね?」


「え?」


「フェリクスと、たった1日一緒にいただけで。

 婚約したわけでもないのに、”幸せにしてくれる”とか……

 突っ走りすぎよ」


 リリアナは自分の動揺を誤魔化すように、ルシアンを茶化す。


「あなたって意外と嫉妬深くて、独占欲が強いのね」


 そう言いながら、イタズラっぽく笑ってみせる。

 たぶん、引きつってはいない。……はずだ。



 ルシアンは一瞬、驚いたように目を見開き――やがて静かに微笑んだ。


「そう、なのかもしれませんね……」


 その声は、からかわれたことを気にする様子もなく、ひどく素直だった。


「あなたの気持ちが離れてしまったと思ったら……

 他に何も考えられなくなって」


「あなたといると…… 自分が自分じゃなくなるみたいです」


 淡々と、しかし確かに熱を帯びている。



「へー、そうなの?」

 

 またルシアンの反応にどうすれば良いのかわからなくなる。

 余裕たっぷりにうなづいて見せたが、本当は何も考えられなくなっている。


「じゃあ、本当のあなたは別人なのかもね?

 意外と真面目でもなかったりして?」


 軽く追い打ちをかける。

 せめて少しでも主導権を取り戻したい。


 すると、ルシアンはふっと笑った。


「そうですね……真面目なつもりでいたんですが、もしかしたら違うのかもしれません」


 その言葉に、リリアナは小さく息を呑んだ。


 次の瞬間――


 ぐっと距離が縮まった。


 視界がふいに塞がれ、肩に温もりが落ちる。


「……っ」


 抱きしめられている、と理解するのに、一瞬遅れた。

 腕に込められた力が、ほんの少し強い。



(え! 急にそんなっ!? 嬉しいけど、心の準備がー!)

 

 心臓が暴れる。

 鼓動の音が、自分のものか分からなくなる。



「……ダメですか?」


 その不安そうな声に、胸がきゅっとなる。

 気持ちを確認するように、さらに抱きしめる力が強くなる。


(そんな風に言われたら……反則よー!)


 耳元で、低く落ちる声。

 吐息が、肌をなぞる。

 何も考えられなくなる。――でも、ここで止まったらだめだ。


 固まりそうになる思考を、無理やり引き戻す。

 必死で、声を絞り出した。


「だ、だ、ダメじゃないわ……!」


 声が少し震えてしまう。

 でも、拒んでいると思われるのだけは嫌だった。


 わたわたしながら、それでも勇気を振り絞って、ルシアンの背に腕を回した。


 その反応に、ルシアンは小さく息を漏らす。

 

「よかった」


 安心したように、少しだけ腕の力を緩め、抱きしめたままゆっくりと距離を取る。

 その視線は喜びに満ち、リリアナをしっかりと受け止めている。


 そして、そっと額をリリアナの額に押し当てる。

 

「!!!」


 あと少しで唇が触れそうな距離。


(待って、待って……! そんなの聞いてない……!)


 思考が止まり、息さえうまくできない。


 それでも――逃げるな、と自分に言い聞かせる。


 ゆっくりと、ルシアンの唇が近づく。

 あと、ほんの少し。


 ――でも。


(やっぱり……無理っ……!)


 気づけば、反射的に顔を逸らしていた。


 抱きしめる腕が、少し緩む。


 ルシアンは、わずかに目を見開く。

 ほんの一瞬、きょとんとした表情になった。


「ダメじゃないって言いましたよね?」


「言ったけど、その確認だとは思わなくって……」


「前にリリアナ様からしてきたのに」


「それはそうだけどー!」


 ルシアンは、ふっと笑った。

 楽しそうに。心の底から嬉しそうに。


 愛おしむように目を細め、じっとリリアナを見つめる。


「『時間がかかる』のは、僕だけじゃないみたいですね」


 その言葉の意図が分からず、黙って見つめ返す。

 視線を返したことを確認すると――


「もう少し待ってあげますよ」


 そう言って、静かに額へ口づけた。

 

 静かな温もりが、額に触れた。


 触れられた瞬間、頭の中が真っ白になる。

 鼓動だけが、やけに大きい。


(な、な、な……なに、いまの……)


 逃げなかった彼女を見て、ルシアンは小さく息を漏らし、真っ赤に染まる頬を、ただやさしく見つめる。

 今はこれで十分だとでも言うように。



 そして余裕を崩さぬまま、満足げに微笑んだ。


 そんな彼を前に、リリアナは顔を熱くして立ち尽くすしかない。


(あれ? こんなはずじゃ……)



 ――こうして。

 何度も繰り返してきた恋の攻防戦は――

 最後の最後で、ルシアンに軍配が上がったのだった。




ー終わりー




 ここまでお読みいただきありがとうございました!


 もしご興味ありましたら、本編も読んでいただければ嬉しいです。


 ありがとうございました。

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