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4話ー①:ルシアンの気持ち

 放課後。

 あの日から、ちょうど一週間が経っていた。

 ルシアンは、リリアナの部屋の扉の前に立っていた。 


(……結局、リリアナ様のペースだよな)


 思わず、苦笑がこぼれる。


 二人の気持ちが近づいたあの日――

 お互いの気持ちを確かめ合い、穏やかな時間が流れた。


 このまま、ゆっくりと今の関係が続いていくのだと思っていた。


 ――けれど。

 その帰り際、リリアナが唐突に切り出したのだ。



「毎日、ですか……?」

「そう!」

「”待つ”って言ってたばかりじゃないですか……数分前の話ですよ?」


 呆れ顔のルシアンに、リリアナはなんでもないように言う。


「だって私たち元々“友達”でしょ?

 友達と毎日会うのがそんな変なことかしら?」


「そう、とも言えますね……」


「一緒にいる時間が長ければ、自然に自分の気持ちに気づくはずよ!」


(結局それか……

 一人でゆっくり考える時間も必要だと思うんだけど……)


「ダメだっていうなら、もうこれは”命令”だから!」


「分かりましたよ、従います。

 ほんと、いっつもそれですね……」


「だって、これが一番効果があるもの」


 リリアナはルシアンの方を向き、満面の笑みを浮かべた。

 瞳がキラキラと輝き、全身から嬉しさがあふれ出すようだった。


 ルシアンは思わず自然に頬を緩める。


 こんなに素直に、嬉しい気持ちを出されてしまったら――

 断れるはずがない。


(別に”命令”だなんて言わなくてもいいのに……)


 あの時の笑顔を思い出し、ルシアンは小さく肩をすくめる。


 ――あれから、もう一週間。

 毎日のように、ここへ通っている。


 目の前の扉を見上げる。


 ノックしようと拳を上げた、その瞬間――


 扉が内側から開いた。


「いらっしゃい、ルシアン!」


 いつもなら使用人が応対するはずだが、今日は違う。

 声は奥の部屋から響いている。


 中へ進むと、リリアナはすでに肘掛け椅子に腰掛けていた。

 その頬は、隠す気もないほど緩んでいる。


「くだらないことに魔法を使うと、また先生に怒られますよ」


「相変わらず、そっけないわね!

 ねぇ、そろそろ気づいた? 自分の気持ちに!」


 ルシアンはため息をつく。

「”まだ分からない”です」


「もー。まだなの? 仕方ないわねぇ」


「まだ一週間ですよ……

 これ、毎日確認するんですか」


「えー、だって気になるもの。

 まぁいいわ、ルシアンも座って。

 今日は勝てるかしら……」


 リリアナに促され、ルシアンも向かいの椅子に座る。

 目の前には使用人に用意させたお茶や菓子、そしてチェスのセットが置かれていた。


 待つと約束した通り、部屋に入ってすぐの質問以外、リリアナは以前のように友人として接してくれる。


 放課後、こうして数時間二人きりで過ごす。

 お茶を飲み、チェスをしたり、たわいもない話をするだけ。


 それでも、リリアナはいつも楽しそうに笑っている。

 その笑顔を見るたびに、胸の奥がやわらかく揺れる。



「チェックメイト」


 ルシアンが静かに告げると、向かいのリリアナが大げさに肩を落とした。


「えー、またルシアンの勝ち? 

 少しは手加減してくれてもいいんじゃないの?」


「それは、また”命令”ですか?」


「違うわよ! ”お願い”よ! もっと優しくしてってこと!」


「最初からそう言ってくれればいいのに」


「言わなくても分かってよ!」


 膨れた顔を見て、思わず笑ってしまう。


 以前なら、信じられない光景だ。

 こうして向かい合い、軽口を交わし、同じ時間を分け合っている。


 ただそばにいるだけで、それだけで十分だと思えた。


 そっとリリアナを盗み見る。


 リリアナには「まだ分からない」と答えた。

 けれど、本当は――

 あの時の自分の行動を思い返せば、答えの輪郭は既に見えていた気がする。


(きっと、心の奥では……ずっと、好きだったんだろうな)


 確かな喜びが、静かに広がる。

 

 けれど――

 それを、そのまま口にしてしまっていいのか。

 まだ迷っていた。


(僕なんかが、リリアナ様の相手に相応しいんだろうか)


 立場も身分も違う――主人と従者。


 彼女の隣に立つ資格が、自分にあるのか。

 自信が持てなかった。


(それに、旦那様に認められるなんて、到底思えない)


 それでも――

 あの日の彼女の涙を思い出すと、胸の奥がぎゅっと痛む。

 自分の曖昧な態度が、彼女を傷つけてしまった。


 もう二度と、あんな顔はさせられない。


 伝えるべきだと分かっている。

 それでも、踏み出す勇気がまだ足りなかった。


 隣に座るリリアナをじっと見つめる。


(もう少しだけ……待ってください)


 不安と罪悪感を抱えながら、心の中で呟く。


 ルシアンの視線に気付き、リリアナも嬉しそうに微笑んで視線を返す。

 その穏やかな空気に触れ、少しだけ勇気が湧いた。


 ルシアンも、そっと微笑み返す。

 まずは隣に立って、少しでも役に立てるよう頑張ろう――そう思った。




 それから、数週間が経った。


 以前は毎日のように訪れていたリリアナの部屋も、最近は「忙しいでしょう」と言われ、週に何度か顔を出す程度になっていた。


 最初は、彼女なりの気遣いだと思った。

 無理をさせたくないのだろう、と。


 だが――。


 会えば会ったで、どこか様子が違う。

 最初は些細な違和感だった。


 いつもよりもおとなしい、控えめな程度だった。

 普段のリリアナの様子を思えば、それくらい抑えてくれる方がむしろありがたいくらいだった。


 だが、それは日を追うごとに、少しずつ形を持ちはじめた。

 笑顔は減り、すぐに視線が逸らされる。

 リリアナから話しかけられる頻度が減る。


 そして今となっては――


 向かいに座るリリアナは、さっきからずっと俯いたままだ。

 ルシアンの方を一瞥もしようとしない。


「あの、次リリアナ様の番ですよ……?」

「え、あぁ、そうだったわね……」


 声をかけると、一瞬笑顔を浮かべたが、すぐに真顔に戻り、視線をルシアンから外した。

 まるで、距離を置かれているように感じた。



 ――ただ。


「あれ……? おかしいわね」

 思わず零れたような声だった。


 その声に、ルシアンも慌てて盤面から顔を上げる。

「どうかしましたか?」


 リリアナは、何か言いたそうにルシアンを見つめていた。

「……いえ、なんでもないわ」


 ほんの一瞬、戸惑ったように眉を寄せる。


 だが結局、何も言わずに駒を動かした。


 そして、また先ほどと同じようにルシアンから視線を逸らし、俯いて顔を盤面に向ける。


 最近、こういうことも、度々あった。



(やっぱり、変だよな……)


 俯いたままのリリアナを、そっと窺う。


 以前のように、無邪気に笑ってくれることがなくなった。


 もしかすると、気持ちが離れかけているのかもしれない――。


 けれど。

 冷静に考えれば、当然だ。

 

(曖昧な態度のまま、ずっと待たせていたのは――僕自身だ)


 そんな思いがよぎり、胸がぎゅっと締め付けられる。



(そう言えば最近、あの質問もされなくなったな……)


 ――「ねぇ、そろそろ気づいた? 自分の気持ちに!」


 胸の奥に、言いようのない空白が広がる。



 そしてその日の帰り際に、リリアナに声をかけられた。


「あ、あの……来週は、ちょっと予定が立て込んでるの……

 だから無理して来なくていいわ」


 言いづらそうにする彼女の姿を見て、ルシアンは最近の様子と結びつけた。


(あぁ、やっぱり……)


 胸の奥がひりつくように痛む。動揺と落胆が押し寄せる。

 けれど、顔には微笑みを浮かべるしかなかった。


「わかりました」


 それだけ言って、ルシアンは静かに部屋を出て行った。




 数日後。

 授業後に、ルシアンが学院から寮へ戻る途中、中庭でリリアナの姿を見かけた。


 迎えの馬車の前に立っている。

 そして――

 その隣にいたのは、フェリクスだった。


 二人は、学院の外へ出る支度をしているようだった。


 馬車に乗り込もうとしたリリアナに、フェリクスが手を差し出し、彼女がそれを軽くいなす。

 そんな些細なやり取りが、やけに親密に見えた。


 何か言葉を交わし、リリアナは楽しげにフェリクスを見上げる。


 

 その顔を見た瞬間、ルシアンは息を呑んだ。


 弾けるような笑顔だった。

 嬉しくてたまらない――そんな笑顔。


 ――あんな顔。


 最近は、もうしばらく見てない……。


 胸の奥が、ひやりと冷える。

 まるで何かを失ったような感覚だった。


 だが、不思議と取り乱すことはなかった。

 すぐに、頭の中が静かになっていく。



 そうだよな。

 別におかしなことじゃない。

 当然だ。


 好意を向けられることが、当たり前のように続くと思う方が間違ってたんだ。


 フェリクス様なら、家柄も申し分ない。

 旦那様も、きっとお認めになる。


 リリアナ様の隣に立つのは、ああいう方なんだろう。


 並んでいても、違和感なんて全くない。

 お似合いだ。


 ――自分より、ずっと。



 それ以上考えるのは、やめた。


 ルシアンは視線を落とし、何事もなかったかのように踵を返す。


 そのまま、静かにその場を立ち去った。

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